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最終部 異世界デジタル化チーム、新たなフェーズへ
第41話 天使の母親、襲来
しおりを挟む3月……徐々に暖かくなり、梅のつぼみもほころぶ季節。 社会人的には、年度末である。
弊社への年度報告書やら、個人の成果報告書やらを記入する為に、俺は珍しく、日本側のオフィスに出社していた。オフィスの窓からは、美しい瀬戸内海と、行きかう船が見える……3月と言えば……卒業の季節……ではなく、遥の誕生日だな!
これは、これは重要なイベントである。12歳であった遥が、13歳になるのである。もちろん今は12歳、中学1年生でかわいい盛りであるが、そこに、少しずつ女性の成熟という、エッセンスが加わるのだ。
あんなに小さかった遥が……こんなに大きくなって……成長を喜ぶとともに、一抹の寂しさという複雑な感情が…………遥は飛び級して、春から高校生となるが、高等部の制服は……ブレザーなんだ……セーラー服姿が、もう見納めとは……俺は、言いようのない淋しさに心を震わせていた。
その時、スマホが僅かに振動した……ん? 珍しいな、メールか。
”へーイ! ナオ君! セリーヌさんデース! 研究がひと段落したから、日本に戻るね~、今日の16時に空港に着くから、お迎えよろしく~”
「って! セリーヌ伯母さん!? 日本に戻ってくるのか? 今日? いきなり?」
セリーヌ伯母さんとは、遥の母親だ。現在はイギリスの大学で研究者をしている。 遥に負けず劣らず天才なのだが、とても、とてもフリーダムな人である。俺的には、幼少時代から大変お世話になっており、今でも仲良くしてもらっている。
今は……13時か……いまからウチに戻って車だせば、到着に間に合うな……俺はフレックス申請を部長にたたきつけ、急ぎ会社を出るのだった。
** **
「えへへ、おかあさん、研究でおっきな成果が出たから、まとまってお休みが取れたんだって~。 わたしの誕生日まで日本にいれるみたい。楽しみ!」
帰宅する途中で遥と合流し、俺の車で関空に向かっているところだ。阪神高速5号線から見える大阪湾は、春の日差しでキラキラ輝いている。
「夏休み以来の帰国か……今回は長かったな?」
「うん! 人類の歴史を変える、常温超電導素材を開発したんだって! ほら、学会誌で特集されてたよ!」
「すごいな……セリーヌさんの専門は、材料工学だったか……マルティナと話が合いそうだな」
「ふふっ、マルティナおねえちゃんのことを話したら、すごく食いついてたよ。”素材位相と、素材変換魔法!? よし、そのマルティナちゃん、ウチでもらった”って」
「くくっ……セリーヌさんらしいな」
「ねー」
車は、快調に関空へ向かっていた。
** **
関空第1ターミナル、国際線到着フロア
「ヘ~~~イ!! 遥、ナオ君、ひっさしぶりだネー!」
フロア中に響き渡りそうな声、ハイテンションで現れたのが、俺の伯母さん、遥の母親のセリーヌさんだ。成人女性にしては少し小柄な身長に、ひんそ……スレンダーな身体。目の覚めるような金髪に、張りのある肌……もう30代後半だというのに、若々しい。
「お、ナオ君。ひそかに失礼なこと考えたネ、でも、最後フォローしたのはオッケーよ?」
「あの、心を読まないでください……」
「えへへ~~、おかあさん、おかえり!」
だきっ!
着いてそうそう、俺の心を鋭く読んでくるセリーヌさんに、遥が抱きつく。半年ぶりの親子の再会だ。
「オ~ゥ! さすがワタシのマイエンジェルは今日も最強のエンジェルねー! ん~、少し背が伸びたカナ? でも胸は変わんないねー」
「むーっ、それは、おかあさんの遺伝!」
ちなみに、この胡散臭いガイジン口調は、キャラづくりである。俺としては恥ずかしいので自重してほしい所だが……セリーヌさんは、一通り遥をもふもふした後、あそうだという感じで、俺に耳打ちしてきた。
(そんで、ナオ君……もう遥とは……一線超えたの? ヒカルゲンジ計画は順調~?)
(な!! 俺は保護者ですよ! そんな事するわけないでしょう……というか犯罪です……)
(ふふ~ん、ナオ君は変なところで真面目なんだから~。これから遥もどんどん女っぽくなっていくのよ? どこまで我慢できるのかしら~?)
(セリーヌさん、それ、母親が言うセリフじゃないです……)
「ふふふ、遥は、ナオ君との共同生活はどう? ドキドキイベントはあった?」
「? 兄さんはいつでも優しいよ。ご飯もおいしいし……あ、でもこないだ、あまりに布団から出てこないから、少しイラッとして、むにむにと踏んづけたら、すごく幸せそうだったな……おかあさん、これって何?」
「!! いや~、ヘンタイさんな甥っ子を持ってワタシ、幸せネ~」
むむむ……遥だけでも勝てないのに、セリーヌさんまで揃っていては、俺に勝ち目はないのであった……
** **
セリーヌさんは俺の家に滞在している。たまに研究関係のメールを書いたり、Web会議をしているほかは、アニメを見るか、ゲームをするか、ポテチ食って酒飲んでごろごろしている。
本人は”たまの、命の洗濯よ~”と言っていたが、こんな食生活で太らない30代後半とか、オーパーツだろうか。俺でさえ、三十路が近づいてきて食生活には気を使ってるというのに……
ちなみに、壊滅的に生活力のない人なので、イギリスではどんな生活を送っているか不安になるが、天才研究者なので、色々と便宜があるのだろう。うん。
「あー! またおかあさん服脱ぎっぱなし! ぽてちもお酒もとりすぎはダメ! せーじんびょうになるよ!」
「うう、遥が怖い……いつの間にこんな鬼嫁に……」
「おかあさんが、だらしなさすぎるの!」
「お、おお……そういえばこのアルカディアって、遥たちが作ったんでしょ? すごいじゃない!」
「ごまかさない!」
「……ハイ」
やれやれ……母親の威厳、まったくないな……遥の誕生日は、今月30日、あと1週間である。
** **
遥の終業式&卒業式も終わり、誕生日プレゼントも用意した。せっかくなのでマルティナ達もこちらに呼ぶ予定だ。
あとは当日の料理の食材の買い出しと、ケータリングの予約だな……俺が色々と遥の誕生日会の準備に頭を巡らせながら帰宅すると……珍しいな、セリーヌさんがリビングでゴロゴロしてないぞ……どうやら、ベランダで電話中のようだ。
「遥、セリーヌさんはどうしたんだ?」
遥は洗濯をしていたのか、長い髪をポニーテールにまとめている。きょうもかわいい。
「ん……なにか、大学からの電話らしくて……もう30分くらい話してる……なんかあったのかな……」
遥は、少し不安そうだ。
遥が洗濯物を乾燥機に入れ、乾燥が終わるころ、ようやくセリーヌさんの電話も終わったようだ。
はぁ、とため息をつきながら、深刻そうな顔でリビングに入ってくる。
「おかあさん?」
「……遥、ナオ君、ごめんっ! 大学に戻らなくちゃいけない緊急事態が起きちゃった! この埋め合わせは何とか考えるから、遥、本当にごめんね……」
どうやら、セリーヌさんの研究チームで、のっぴきならない事態が発生したようだ。
「……っっ……おかあさん、おっきな研究をしてるんだもんね……特に実用化の初期フェーズは、いろんな問題が起きるから、しかたないよね」
遥は、洗濯カゴをぎゅっと強く握っている。遥もセリーヌさんの仕事のことはよくわかっている。ちゃんと理解しているようだが……
「ごめんね……日本での誕生日会には出れなくなったけど、すぐ終わらせて、遥の入学式には絶対戻ってくるから……」
「……うん。 いってらっしゃい、おかあさん」
ぎゆっ……
抱き合うふたり。分かっているといっても、遥はまだ12歳の女の子だ。寂しくないはずはない。
なんとかしてやらないとな……俺はリカバリープランを考えようと、アルカディアを使い、マルティナに連絡するのだった。
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