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第2部 異世界デジタル革命そのに(アルカディアを強化しよう)
第36話 天才電脳少女、アルカディアSNS[仮称]を完成させる
しおりを挟む季節は12月半ば。 いよいよ寒くなり、皇都にも初雪の便りが届くころ。 相変わらずツキア皇国は平和だった。
日本ではクリスマスが迫っており、街が浮ついている。幸いなことに、俺も淳もクリスマスには縁遠い独身であるので (普通、独身の方が縁あるだろとかいうな)。そんな街に背を向け俺たちはツキア皇国に入り浸っていた。
こちらの世界には、元のいわれを無視し、強制的に人間を勝ち組 (恋人あり)と負け組 (恋人無し)に分類する、無慈悲なイベントは無いのである。ああ、平和だ。
「え、年末年始のイベント? ツキア皇国では新年のお祝いより、2月14日の皇国建国記念日の方を盛大に祝うわね。 二千年前、陛下のご先祖様が光の女神に信託を受け、ツキア皇国を建国した記念すべき日なの。 皇都の家々の軒先に、光の魔法力を込めた灯篭をつるし、光の女神に感謝する。とても歴史のある行事よ」
マルティナの奴に念のため聞いてみたが、そらみたことか! 菓子メーカーの販促が形を変えた、学校や職場で人間をデジタルに勝ち組と負け組に分類する、軽薄なイベントはこちらには存在しないのだ。国家の成り立ちに思いをはせ、伝統にしたがい、神に祈る。
素晴らしいではないか!!
「あ、でも……」
「12月24日は皇国大収穫祭よ! 日頃働いてくれている生産者の皆様に感謝し、ツキア皇国の名産品である、きのこを男女で贈り合うの。 ふふ、ここから恋に発展することも多いんだから!」
「そのあと夜、皇都中央港に集まって、海の精霊に祈るの。ふたりの前に輝いた魔法力の色で、相性を占う、ちょっとロマンチックなイベントね!」
「ふふっ……皇都の宿屋が、その日ばかりは満室になりますね……うふふ (実は観光客で、ですけどね♪)」
「「まさかの全部盛り!?」」
皇国の厳かな年中行事に感心していた俺と淳を、最大級の衝撃が襲った。おお、まさかそんな俗な行事が、よりによって12月24日に控えていようとは……どちらの世界でも、俺たちは逃げられないのか……?
「?? よくわからないんだけど、基本は何でもありの楽しい収穫祭よ。ねえ、せっかくだから、この5人で行こう? ねっ!」
「そうですね、皆さんがんばりましたし、気分良くお祭りに繰り出しましょう」
マルティナとポーラが、笑顔で提案してくれる。 なんだと? こいつらは天使か? うむ……そうだな!
「なるほど、新年への英気を養うためにも、祭りは大切だな。経済のことを考えても、素晴らしい行事だ」
「そうっすね、先輩! せっかくなんでアルカディアで実況するっす!」
「……兄さん、じゅんさん、げんきん」
急に態度を変えた俺たちに冷淡に突っ込む遥。 だがすぐに、にぱっ! と笑顔を浮かべる。
「でも、この5人で行くお祭り、とっても楽しみ!」
ああ、俗な行事、万歳だ……俺と淳は、あっさり宗派替えをするのだった。
** **
感激で仕事を忘れるところだったが、今日は遥が完成させた、アルカディアSNS[仮称]アプリのお披露目の日だったな。
いつものミーティングスペースは、先日からこたつ化されている。マルティナなど、最近1日の80%以上をここで過ごしており、枕、毛布、座椅子を含めた快適睡眠セットまで持ち込んでいる。ポーラも同様だ。順調に畳化が進んでいるようで何よりである。
「……ところでナオヤ、さっきから気になっているんだけど」
「なんだ、マルティナ」
「この、テーブルの上でグツグツいってる、おいしそうな物体は何?」
「兵庫県が誇る山陰の味、カニ鍋だが?」
「いや、それは見たらわかるけど、一応仕事中でしょ? 遊んでていいの?」
なるほど、マルティナには、これが遊んでいるように見えるらしい。ちなみに、カニは香住産の最高級松葉ガニ、付け合わせの野菜も、京都の九条ネギをはじめ、高級品をそろえている。もちろん、弊社の経費で購入した。
「これをつかって、SNSの利用講座を作るんだ」
「利用講座?」
「SNSのサービスを開始したところで、こちらの住人には、どう利用してよいかわからんだろう? だから、アルカディアのキャラクターとしてすっかり定着した、お前たちのアバターにSNSの使い方をレクチャーさせるんだ」
「いわゆるチュートリアルという奴だな」
「はえー、ナオヤも意外に考えているのね……わたしてっきり、会社の経費を私物化して、贅沢してるだけだと」
「はたから見ると、どう見ても私物化っすけどね」
うるさいぞ、淳。
「よし、まず俺と淳のアバターで試してみるぞ。 とりあえず、鍋の写真と、この日本酒の写真を撮ってみよう。このとき、ラベルが見えるように撮るのがコツだ」
「そして、簡単な文章を添えて、アプリからつぶやき……ポイートするんだ。 ”今日は俺の誕生日だ。 最高級のカニ鍋と、大吟醸で一杯……ああ、最高だな #カニ鍋 #ナーヤ様生誕祭”」
「あ、マールちゃんの”ポイッタータイムライン”に表示されたわ!」
「ああ、そんな感じで、フォローしたアカウントのポイートが表示されるようになっている」
「次に、フォロワーが反応する。 淳、頼む」
「了解っす! ここで、僕のアカウントが、ポイート内の「ハートマーク」や「上下矢印」をタップすると……」
マルティナのアプリ内で、タイムラインのポイートが、七色に点滅し、”急上昇中! 皇都のトレンド”と、ポップアップ表示された。
「わわ、ナオヤの発言が、強調表示されたわ!?」
「あら、ナーヤ君をフォローしていない、プーラちゃんのアカウントでも表示されましたね」
ちなみに、ナーヤ君とは、俺をモデルにしたアバターの名前だ。淳のアバターはジュンジュン。……って、プーラちゃん、フォローしてなかったのか……
「まあいい、それがポイートに対するリアクション機能、”良いね!”と、”リポイート”だ。 リアクションが増えると、注目の話題として取り上げられ、フォローしていないアカウントにも表示される」
「それだけじゃないよ、マルティナおねえちゃん。 写真のカニや、日本酒のラベルに反応して、一定の話題になったポイートには……」
俺のポイートに、”スポンサーが参加しました!”とのメッセージが表示され、香住産のカニと日本酒の通販サイトへの誘導リンクが設置される。ご丁寧に、”30分以内にこのポイートから購入すると、20%キャッシュバック! 購入は3魔法石手形から!”との時間制限特典付きだ。
「というように、フォロワー……友人同士のコミュニケーションだけじゃなく、”良いね!”と、”リポイート”をたくさんもらう事で、自分の承認欲求を満たしたり、お金を稼ぐことができるわけだ」
「へー! 日記代わりに記録するだけじゃなくて、交流したり、お金をもらったりできるのね……興味深い仕組みね」
「なるほど、これでコーチの海産物の販路をもっと細かく広げることもできます……素晴らしいですね」
ふたりとも、しきりに感心している。アルカディアSNS[仮称]アプリの有用性を理解してくれたようだ。
「よし、という事でだ! お前たちのアバターでも色々試してみてくれ。 一般公開したときに、どれだけの反応があるか、勝負だな!」
「分かったわ! よし、まずはマールちゃんから……”二ホン皇国のカニ鍋、最高ね! さらにここに魔法の粉「カレー粉」を入れることで、さらなる進化を遂げるわ!”」
……こいつはブレないな……そしてカニ鍋を魔改造するな。 お前の取り皿の中でだけやれよ……俺は鍋本体にカレー粉を投入されないよう、こっそりと鍋をマルティナから遠ざける。
「それじゃ、ハールカだね。”ハールカちゃん、今日はお鍋を食べてるよ☆ ブルミ君も一緒。 みんなにもこのおいしさ、届くといいな”」
相変わらず、かわいいポイートだな……おお! ギリギリ顔が分からないようにしているが、リアル遥の写真を添えるとは! 中の人ネタを絡める高等テクニックではないか……中の人が本当に美少女JCだからできる荒業だが……さすが遥、恐ろしい天使だ。
「最後にプーラさんですね……”お鍋のお供には、コーチ産麦焼酎、「シトマン旅情」もどうぞ……程よく酔った後に待つ、めくるめく男の世界……僕の雑炊 (意味深)が食べられないって言うのかい……?”」
……さすがポーラ、地元の名産をアピールすることも忘れないか……そして、変な方向に誘導するな! 意味深な雑炊とはなんだ……?
「という感じで、一通りポイートしたな。 それじゃあ、煮詰まる前に鍋を頂くか!」
「わーい! かにっかにー♪ ブルミ君もいっぱい食べてね」
きゅいきゅい♪
撮影の終わった俺たちは、心ゆくまでカニ鍋と日本酒を楽しむのだった。
** **
夜10時……締めのカニ雑炊まできっちりと楽しんだ5人は、こたつで至高の惰眠をむさぼっていた。
夢を見ているのか、マルティナが寝言をつぶやく。
「ナオヤー、収穫祭……すぴー。 あのね、わたし、ナオヤに渡したいものが……むにゃ」
皇国大収穫祭はもうすぐだ。
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