Last Game ~afterwards~

萩香

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 拓未に電話をかけようか散々迷って、結局かけられず、石川は悩んだ末、週末の高校のバスケ部の練習に顔を出すことにした。

 電話したところで、また文系特有の言い回しで煙に巻かれたらお手上げなのだ。とりあえず、直接会ってから考えようと思った。

 不確かな仮説はともかく、自分で確認した、目に見える事実だけを信じるしかない。

 石川が体育館に顔を出すと、何人か見知った部員たちがすぐに気づいて、駆け寄ってくる。嬉しそうに近況を話してくれる後輩たちの話を一通り聞きながら、石川は拓未を探した。

 視線が合う。

 その静かな眼差しがどんな意味なのかは、やはりわからない。手招きすると、拓未はジャージを羽織りながら何となく迷惑そうにこちらに歩いてくる。
 …どう見ても、好意的には見えないのだが。やはり、桂たちの勘違いではないのか。

 石川の前まで来た拓未は、ペコリと頭を下げた。

「ご無沙汰してます」

「少し、話せるか」

「…はあ」

 拓未は戸惑ったように首を傾げて、歩き出した石川の後をついて来る。

 部室棟の前まで行き、石川はそこのベンチに座った。何を言うべきか迷っていると、先に話し出したのは拓未の方だった。

「どうせ、坂井さんに何か言われたんでしょう。…部長がわざわざ俺と話しに来るなんて、どう考えてもおかしいですから」

「まあ、…そうなんだけどな」

 石川は頭をかいた。どう話そうか、何を聞くべきか、考えても気の利いた言葉は探せそうにない。

「夏休みに…うちの大学、来てくれたじゃん。あれって…どうしてかなんて、オレ何も考えてなかったんだけど。…もしかして、…すごく鈍かった?」

 石川がそんなふうに言うと、拓未は目を瞬かせ、苦笑する。

「…本当に、ただの見学だと思ってたんですね」

「だって、、そう言ってたじゃん。普通、言われた通りに受け取るだろ。…難しいんだよ」

「坂井さんに言われて、やっと気付いたわけだ」

「坂井って言うか、山崎がな。…ばか?って言われたぞ。馬鹿って」

 石川の言葉に、拓未は沈黙した。山崎桂の、鮮やかな笑顔を思い出す。
 今も、あの二人は一緒にいる。それは確かめなくてもわかっていたことだから、特に苦しくはなかった。何となくイラッとしたのは、認めたくないが他の理由だ。

「…嬉しそうですね。あの人にバカって言われたら、まあ確かに俺も喜んじゃうかもな」

「だから、そうじゃなくて。本当に、馬鹿だったかもと思って」

 わざわざ来てくれた意味を、考えなかった。そんな可能性を、最初から排除していた。

 拓未が、自分に会いに来ただなんて。…そんな風に自惚れていい要素など、どこにもなかったのだから。

「俺だって、まだ良くわからないんです。…石川さんの大学に行ったのは、会いたかったからです。でも、何で会いたかったかはわからない」

 大学という場所を見てみたかったのは事実だ。でもそれが、石川の大学である必然性はなかった。秋になれば、あちこちの大学で学園祭があるだろう。そこまで待っても、別に良かったはずだ。

「あちこち案内してもらって、じゃあなって別れて、ああ、この人の中で、俺のことは高校時代で終わったことだったんだなって、思いました」

 卒業式の日、何も伝えずに別れた。それで、終わったのだ。

「当たり前のことなのに。…わかってたことなのに、それでいいって、思えなかった」

 一瞬だけ、視線が合う。拓未は、微かに笑った。

「我儘ですよね」

 静かな時間が流れる。濁りのない風が、心地よく揺らいでいる。

 あの頃、ずっと拓未を見ていた。どうしてか気になっていた。それでも、勝てない試合だとわかっていたから、言葉にしないまま、卒業して離れた。
 それで良いのだと、思っていた。

 こちらを見るはずなどないと。

 周りの木の葉をざわめかせて、風が吹く。
 大丈夫だからと、修史の穏やかな声に背中を押された気がした。これで怯んだら、桂にあと10回くらい「バカだ」と詰られるのかもしれない。…別にそれも、悪くないが。

 やはりどうせなら、勝ちたいのだ。ふわりと浮いたボールを、横から誰かに取られる前に。

「…オレのこと、好みじゃないって言ってただろ」

 そんな風に聞いてみると、拓未は頷いた。

「好みじゃないんです」

 きっぱりと、また言われた。
 こんな風に言われたら、どう前向きに考えても、フラれたと思うだろう。
 …だが。

 桂いわく、その台詞には続きがあるらしい。

「…“けど”?」

 そう促すと、拓未は目を瞬かせた。好みじゃない。…だけど。

「…部長に会えないのは嫌です」

 離れてしまいたくない。終わらせたくない。
 それだけが本当のことだ。この気持ちに、名前などない。名付ける必要もない。

 石川は、なかなかこちらを見ようとしない拓未の横顔を、ずっと見ていた。もし拓未がこちらを見ていたなら、きっとこんな風に見つめることはできないだろう。

 横顔とか、後ろ姿とか。他の奴に向けられた笑顔だとか。そんなものを見守るだけで、別に良かったのだ。

 時々返ってくる視線に、何の意味などなくても。…それで良かった。

「終わったことだなんて、思ってないから。…でも、どう考えても無理だろうなとは、思ってて。…おまえを、困らせたりも、したくなかったし」

 拓未が大学に来ると言ってきたときも、実際に顔を会わせたときも、むやみに浮かれたりはできなかった。
 ただ、部活の先輩として。それ以上の意味を、持たせないように。期待などしないように。負担などかけないように。
 それが、フラれた側の、最低限のマナーだろうと

「来てくれて嬉しかったとか。また会いたいとか。好きじゃない奴から言われたら絶対キモいじゃん」

 手に入らなくてもいい。それでも、失いたくはなかった。嫌われたくはなかった。
 傷つけたくないと言うよりは、自分が傷つきたくないと、怯えていただけかもしれない。

 コートの外では、強気になるなんて自分には無理なのだ。自信なんてない。それでもあの時、本当は言わなければならなかったのだ。傷ついても、嫌われても。…勇気を出せば良かった。

 気持ちを、出し惜しみする必要なんてなかった。会えて嬉しいと、笑えば良かった。馬鹿みたいにはしゃいでしまえば良かった。拓未が呆れて、引くぐらいに。

「来てくれて、嬉しかったんだ。それを伝えていいか、わからなかっただけで。…ただ大学見にきただけなのに、勝手に舞い上がってもさすがに迷惑かなって」

「俺が、ハッキリしてなかったんで。別に、部長のせいじゃないです」

 自分の気持ちを消化できないまま、会いに行ったのだ。何か答えを求めていたわけじゃない。
 これからどうしたいとか、どうなりたいとか、何か具体的な望みがあるわけでもなく。

 これから、どうすべきなのかも、わからない。

 石川は黙り込んだ。どう踏み出せばいいのかわからないのは、自分も同じだ。拓未に会うべきだとは思ったけれど、先のことまでは、まだ何も想定できていない。

「うーん。…とりあえず、その“部長”っての、やめてみるか」

 もう、部長ではないのだ。上下関係などなく、これからは個人として、拓未に向き合ってみたいと思った。
 石川の提案に、拓未は首を傾げ眉をひそめた。

「はぁ。他に、何て呼んだら…」

「洋輔さんとか?」

「ぶっ…、冗談やめてくださいよ。鳥肌立ったじゃないですか」

「鳥肌? うわ本当だ、ひどくない? …おまえ、坂井だったら喜んで修史さんて呼ぶんだろう」

 拓未は掌で腕をさすって、本気で震えている。好意があるだなんて、やはりどう考えても勘違いではないかと思えてくる。

「…だって、洋輔さんってガラじゃないんですよ。…でもそう呼ばれたいなら善処しますけど」

「いや、結構です…」

 確かに、洋輔さんだなんて呼ばれても、自分のことだという気はしない。町中でそう声をかけられても、自分が呼ばれたとは思わないだろう。

「とにかく、今度はちゃんと、連絡するから。…いつ会うか、約束しよう」

 石川はそう言った。それは、悪くない一歩だと思えた。

 次に会う約束をしよう。いつ会えるとわかっていたら、会えない日々も穏やかに過ごせる気がするから。

 どこにつながっていく道かも、まだわからないけれど。そのうち、もう会いたくないですなんて言われるかもしれないけれど。それまでは。
 次に会う、約束をしよう。

 
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