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しおりを挟む意地悪は俺じゃなくて修史だよな、とその日の帰り道に桂が笑った。食事を終え、励まされるどころかどっぷりと意気消沈した石川を、駅で見送った後のことだ。
駅の地下構内を引き返して、自分たちの使う路線の改札の方へ向かいながら、修史は肩をすくめる。…特に意地悪をしたつもりはない。知っていることを、言わなかっただけだ。
「だって、自分で気づきたいだろ」
唐沢、ちゃんと待ってるよ。
そんな風に、伝えてしまうことは簡単だったのだけれど。
それは石川が、自分で確かめるべきことだろう。
「唐沢くん、元気なかった?」
桂がそう聞くと、修史は首を傾げた。先日、母校を訪れたときの様子を思い返す。
「まあ。…大丈夫かって、声かけたくらいには」
拓未に対して、個別に声をかけるつもりはなかったのだ。元気そうならそれで良かった。ふらりと、バスケ部の放課後の練習に顔を出して、顧問や顔見知りの部員と話をして。差し入れだけ渡したら、すぐに帰るつもりだった。
唐沢拓未は端っこの方で、修史に声をかけることもなく、会釈だけしてきゅ、と唇を引き結んだ。
その表情が気になって帰る前に声をかけたら、別に変わりないですと拓未は答えた。
そして聞かれたのだ。部長と会ったりしてますか、と。
拓未が「部長」と呼ぶのが、今のバスケ部の部長のことではなく、石川のことであることはすぐにわかった。4月以降は会えていなかったのでそう伝えると、拓未はそうですか、とただ笑っていた。
石川が、ずっと拓未のことを気にかけていたのは知っていた。部長として心配していただけなのか、そうじゃないのかは修史には判別がつかなかったが、卒業して半年経った今、拓未がわざわざ石川の名前を出して修史に聞いてきたのは、何か意味があるように感じた。
「それで、石川に電話したわけだ?」
「まあ、そろそろ会いたいとは思ってたから、ちょうど良かったけどな。…唐沢が、大学まで会いに行ってたのは知らなかったけど」
なぜ会いに来たかなんて全く気付かず、拓未をそのまま帰したというのがいかにも石川らしい。
「…理系じゃないんです、か」
桂は思わず微笑んだ。可愛いと思う。…まあ、石川には難易度が高かったかもしれないが。桂は当時から石川の思いも何となくわかっていただけに、拓未が石川に対して抱いている気持ちが、純粋に嬉しかった。
まだ、形になっていない思いなのかもしれない。名前のついていない気持ちなのかもしれない。それでも、確かにそこにあるのだ。用事などないのに、石川に会いに行った理由が。
「石川、電話するかな?」
「大丈夫だろ、たぶん」
修史は頷いた。
背中を押してやることが、必要な時もある。それでも石川は、必ず自分で点を取りに行く。そうやって、いつだって戦ってきた。
あの手から放たれ、鮮やかにゴールに吸い込まれていくボールを、何度も見つめた。
石川が走り出し、投げた瞬間に勝ったとわかるあの感覚は、何とも言えないものだ。
大丈夫だ。そう思った。
石川のことは、いずれにせよ本人に任せるしかない。頭を切り替えながら、修史は少しだけ歩く速度を落とした。
「…明日、一限ある?」
隣を歩く桂に、そう聞く。こちらを見上げた桂が、にこ、と鮮やかに笑んだ。
「ないよ」
わかっていたその答えを聞き、じゃあ寄り道、と修史は言って、目の前に見えていた改札とは別の方向へ、桂を誘う。さっきまでより半歩近い距離で、並んで歩いていく。
高校の頃より、一緒にいられる時間は確かに減ったのだけれど、こんな風に自分たちの判断で使える時間は増えた気がする。
誰と一緒でも。少し帰りが遅くなっても。…明日、多少の寝坊をしても。
ほんのひととき、大切な相手と過ごすためなら有意義だと思えた。
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