その罪の、名前 Ⅲ

萩香

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KISS/優しき歌

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 好きだと、言わずにいた。

 自分の気持ちなんかで、汚したくない。きっとそんなふうに、思っていた。あの頃の遼が、今でも忘れられず苦しむほどの恋をしていたなんて、考えもせずに。

 少しずつ綺麗になっていく遼から、目を背けていた。自分の気持ちを、見ないようにしていた。遼も、いつまでも無垢な少年のままではないと、本当はわかっていたはずなのに。

「遼。……オレ、おまえのこと好きだよ。こんなこと言ったって、また悩ませるだけなのかもしれないけど。でもオレは、おまえが苦しんでるの、……我慢できないんだ」

 遼が苦しい恋にやつれていく姿を、何かを堪えるように歯を食いしばっている姿を、そばで見ているのは辛かった。

 こんなに苦しませるくらいなら、他の誰かに傷つけられるくらいなら、どうして、自分が守ってやらなかったのだろう。
 あの日、空港で遼と別れてから、翔太が考えていたのはそんなことばかりだ。

「なあ……オレと、一緒にいないか。オレは……東條さんと、姉さんと、おじさんとおばさんの……その次でも、いいんだ。おまえが、あの人たちをすごく大事にしてるの、知ってるから。別に、一番じゃなくたっていいから……でも、オレと、一緒にいないか」

 五番目でも、六番目でもいい。無理に愛してくれなくてもいい。誰かを忘れる必要はない。……苦しみと、寂しさだけを忘れて、笑っていてくれればいいのだ。

「おまえが、日本にいられないって言ったとき、オレ、どうしたらいいかわからなかった。あの時は、ただ混乱して……すぐに言ってやれなかったけど。
 ……おまえは、一人じゃないから。おまえの居場所、ちゃんとあるから。戻って来るの、不安がることなんてないから。オレが、待ってるから」

 ひとつひとつの言葉を確かめるように告げると、翔太はちょっと照れ臭そうに、遼から目をそらした。

「それだけ……言いたかったんだ。だから来たんだ。メールで言ったって、冗談だろって笑うだろうから。ちゃんと会って、言いたかったんだ」

「…………」

 翔太の瞳を見つめたまま、遼は座り込んでいた。返す言葉が、すぐには見つからなかった。

 こんなにやさしい言葉を……受け取る資格が、今の自分にあるのだろうか。

 翔太はどんんどん、大人になっていく。いつまでも立ち止まっている自分を、振り返って待っていてくれる。

「……ありがとう」

 胸に溢れて来たものが今にもこぼれ出しそうで、遼は慌てて顔を伏せた。
 翔太の指先が、気遣うような仕草でそっと遼の髪に触れる。泣くなよと囁くように、その髪の一筋だけに口づけて、離れていく。

 ……変わらない、優しさ。そしていつの間にか、自分よりも大きくなった掌。

 幸せのために泣くなんて、きっと本当に幸せなことだ。

 守られるばかりの自分ではなく。逃げているだけの自分ではなく……早く、追いつきたいと思った。
 

 
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