その罪の、名前 Ⅱ

萩香

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PAST/いくつかの嘘

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 夕食を済ませてから、遼は一人で温泉に向かった。恭臣はホテルのカフェラウンジで、知香や母親と話し込んでいた。
 一緒にお風呂に行けばいいのに、などとあっさりと言ってくる知香の言葉に遼はぎょっとしたが、さすがに恭臣も、そこまで付き合う気はないらしいかった。

 ……冗談じゃない、本当に。深いため息を吐き出しながら、遼はそう思った。

 ただの先輩後輩として高校時代を過ごしたのなら、おそらく姉の恋人として、恭臣を自然に受け入れることができたはずだ。
 あるいは、せめてあの頃、体の関係を持たずにいたのなら……過去は過去だと、割り切れたのかもしれない。恭臣への思いが、ただの一方的な憧れで済んでいたのなら。

 恭臣にとっては、もしかしたら何でもないことなのかもしれない。遼は、たくさんいた相手の中の一人に過ぎないのかもしれない。
 だが……遼にとって恭臣は、ただ一人の相手だった。

 平静で、いられるはずもない。恭臣を目の前にすれば、嫌でも思い出すのだ。耳元で名を呼ぶ声や、肌の熱さや、最後に抱きしめられたときの、花の匂いを。

 ……考えても、きりがない。そう思い、遼はのぼせないうちに湯船から上がり、部屋へ戻った。まだそこに恭臣の姿はなく、思わずホッとしかけたが……安堵するのは、まだ早かった。

 風呂に行っている間に仲居が敷いてくれたのか、……和室に二つ、布団が並べられていたのだ。

「…………」

 こんな状況で、眠れるはずもない。遼は深々とため息をついた。

 遼が所在なくそのまま立ち尽くしていると、やがて恭臣が部屋に戻って来た。並べられた布団と遼とを見比べて、恭臣はちょっとだけ困ったように苦笑してみせた。

「疲れただろう。……寝ていいよ」

 感情を含まない穏やかな声で、恭臣はそう言った。ミニバーから酒を取り出して、遼のそばを避けるように、窓際のソファに向かう。

「オレは、起きてるから」

 ソファに沈みながらそう言った恭臣を見つめて、遼は眉をひそめた。
 恭臣は明日も運転手をつとめるのだ。眠った方がいい。そうは思ったが、どうぞ隣で寝てください、と自分から口にするのは憚られた。

「別に、俺は……構いませんから」

 おやすみなさい。そう言って、遼は布団に潜った。

 ……ここがどこで、誰がそばにいるのか。そんなことは何も考えずに、眠ってしまおうと思った。

 
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