その罪の、名前 Ⅱ

萩香

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PAST/いくつかの嘘

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 翌日は、午後からバイトが入っていた。遼のバイト先は、自宅最寄り駅の近くにある『花梨館』という小さな喫茶店だ。

 高校時代はアルバイトが禁止されていたため、遼にとってはこれが初めてのバイトになる。自分が接客業向きでないことは承知していたので始める前は不安もあったのだが、この近辺の店にしては値段が張るため、幸い客の入りもそう多くはなく、ゆったりと落ち着いた雰囲気が気に入っていた。

「遼君、何か食べていくかい。時間があるなら、作るけど」

 その日、午後十時半に閉店作業を終え、遼が帰り支度をしていると、店長の石井が遼にそんな声をかけた。

 遼の父親とほぼ同年代の石井は、奥さんと二人でこの喫茶店を経営している。サラリーマン生活がどうしても合わず、この喫茶店を始めたらしい。穏やかで、物腰の柔らかい人だ。

 遼の父親が昔からこの店をよく利用しているため、石井は遼や、遼の姉の知香のことを幼い頃から知っている。

 ちょっと考えてから、遼は残念そうに首を横に振った。

「今日は、遠慮します。……忘れてたけど、姉さんの誕生日だった」

「お姉さんて……知香ちゃん?」

 遼は頷いた。ここ数年はさすがにプレゼントまでは要求されなくなったが、日付が変わる前におめでとうぐらい言っておかないと、今後の姉弟関係に支障を来す。

 遼がバイトに出る少し前に知香もどこかへでかけて行ったので、もしかしたらまだ家には戻っていないかもしれないが……。

「これ、持っていって。ホールじゃなくて悪いけど。知香ちゃん、好きだったろう」

 石井はそう言いながら、ショウケースに残っていたチョコレートブラウニーを幾つか箱に詰めてくれた。遼はパッと笑顔になる。

 この店のケーキは、知香の一番のお気に入りだ。ここでのバイトを遼にすすめたのも実は知香で、どう考えてもこのチョコレートブラウニーを社員割引価格で入手することが、彼女の目的に違いなかった。


 
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