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しおりを挟む昼過ぎに一度目が覚めたが、食事を取るような気分ではなかったため、水分補給だけをしてまたひたすら眠った。
次に修史が目覚めたのは、夕刻のことだ。
ひやり、と冷たいものが額に触れた気がした。だが、冷たいと感じたのはわずかな間で、触れた部分からだんだんと温もりを感じる。
…誰かの手だ。
「…桂?」
ゆっくりと目を開けると、予想した通りの相手がこちらを覗き込んでいた。
山崎桂。修史とは小・中と同じ学校で、この4月からは同じ高校に通い始めた。10年来の付き合いの、幼なじみである。
見慣れた学ラン姿。こちらを見て微笑んだその顔立ちは、良くできた人形のように整っている。
修史にとっては子どもの頃から見慣れた顔なので、周囲が騒ぐほど綺麗だとか美形だとか改めて感じることはないのだが、毎日顔をつきあわていても、特に見飽きたとは思わないのは事実だ。
笑っていようが、黙っていようが、不機嫌だろうが、ひどいわがままを言おうが、決して嫌な印象にならないのはやはり得なことだと思う。…一緒にいる立場からすると、それはそれで気苦労も多いのだが。
「あのな。もしここにいるの加奈恵さんだったら、そこで俺の名前呼ぶのアウトだからな」
桂にそんな風に釘を刺され、身を起こした修史は肩をすくめた。加奈恵、というのは修史が夏頃から付き合っている相手だった。
修史たちが通う清鳳学園の隣にある、香泉女子の生徒である。
「…加奈恵の手と、桂の手の区別くらいつく」
だいたい、加奈恵だったら、許可もなく家に来て、勝手に部屋に上がり込んでくることはない。第一、加奈恵には今日休んでいることを連絡していないのだ。学校は違うし、今日は会う約束もしていない。わざわざ知らせて心配をかける必要はないだろうと思えた。
ふうん、と怪訝そうに自分の手を見つめながら、桂は首を傾げた。
「で、熱、どのくらい?」
「朝は8度7分だったけど。…ていうか、玄関あいてなかっただろ? どうやって入った?」
親はまだ、仕事で不在のはずだ。麻里が帰宅している気配もない。
「朝、麻里ちゃんから、鍵預かった。…今日は塾があってすぐ帰れないから、暇なら生存確認に行ってねって」
「家の鍵、何で人に渡すかな…」
麻里は、今年中3になった。まがりなりにも、年頃の女子だ。幼なじみとはいえ、異性に自分の家の鍵をあっさり預けるのはどうなのだ。まあもちろん、桂以外の相手だったら、さすがに鍵を預けたりはしないだろうと信じたいが…。
修史は、涼しい顔でベッドサイドに頬杖をついている桂を見やる。今の段階では、風邪だか何だかわからないのだから、マスクもなしにこの距離にいるのは、どう考えても不用意だろう。
「うつるから来るなって。…連絡したろ」
「プリント、預かって来たんだよ。それに俺、風邪とか引かないし」
確かに、これまでに、桂が体調を崩して寝込んだところはほとんど見たことがない。修史の方が基礎体力はあると思うのだが、一緒に行動していても、発熱するのはたいてい修史だけだった。おそらく、桂の方が、普段食べているもののバランスがいいせいだろうと修史は思っている。
「スポーツドリンクとお茶、ここに置いとくね。一応おにぎりと、飲むゼリーは買ってきたけど。他にほしいものある?」
「いや。ぜんぜん食欲ない…」
そう言いながら、修史は頭痛を感じて再び横になった。桂は心配そうに覗き込んでくるが、今は何となくあんまり近づいてほしくなかった。
別に、風邪をうつしてしまうことが心配な訳じゃなくて。…何かもっと別の、恐ろしいこと。
ふっと、あの夢の感覚がよみがえる。
…普段なら、抑え込んでおける何か。
「…大丈夫か?」
「何でもない。…なんか、頭がボーッとしてるな」
「もう少し寝てれば?」
桂の言葉に、修史は頷いた。
「うん。…帰るか?」
「鍵あるし、麻里ちゃんが帰るまではいようかなと思ってるけど。下にいていい?」
「適当に、暇つぶしてて…」
はあい、と返事をして、桂は部屋を出ていく。階段を降りていく軽い足音を聞きながら、修史は目を閉じた。すぐさま、眩暈のように、眠りの中へ引きずり込まれる。
…膨らんでいく。大きくなっていく。
それは風船のように、いつ破裂するとも知れない、何かひどく危ういもの。
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