feverish dream

萩香

文字の大きさ
上 下
2 / 5

しおりを挟む



 昼過ぎに一度目が覚めたが、食事を取るような気分ではなかったため、水分補給だけをしてまたひたすら眠った。

 次に修史が目覚めたのは、夕刻のことだ。

 ひやり、と冷たいものが額に触れた気がした。だが、冷たいと感じたのはわずかな間で、触れた部分からだんだんと温もりを感じる。
 …誰かの手だ。

「…桂?」

 ゆっくりと目を開けると、予想した通りの相手がこちらを覗き込んでいた。

 山崎桂。修史とは小・中と同じ学校で、この4月からは同じ高校に通い始めた。10年来の付き合いの、幼なじみである。

 見慣れた学ラン姿。こちらを見て微笑んだその顔立ちは、良くできた人形のように整っている。
 修史にとっては子どもの頃から見慣れた顔なので、周囲が騒ぐほど綺麗だとか美形だとか改めて感じることはないのだが、毎日顔をつきあわていても、特に見飽きたとは思わないのは事実だ。

 笑っていようが、黙っていようが、不機嫌だろうが、ひどいわがままを言おうが、決して嫌な印象にならないのはやはり得なことだと思う。…一緒にいる立場からすると、それはそれで気苦労も多いのだが。

「あのな。もしここにいるの加奈恵さんだったら、そこで俺の名前呼ぶのアウトだからな」

 桂にそんな風に釘を刺され、身を起こした修史は肩をすくめた。加奈恵、というのは修史が夏頃から付き合っている相手だった。
 修史たちが通う清鳳学園の隣にある、香泉女子の生徒である。

「…加奈恵の手と、桂の手の区別くらいつく」

 だいたい、加奈恵だったら、許可もなく家に来て、勝手に部屋に上がり込んでくることはない。第一、加奈恵には今日休んでいることを連絡していないのだ。学校は違うし、今日は会う約束もしていない。わざわざ知らせて心配をかける必要はないだろうと思えた。

 ふうん、と怪訝そうに自分の手を見つめながら、桂は首を傾げた。

「で、熱、どのくらい?」

「朝は8度7分だったけど。…ていうか、玄関あいてなかっただろ? どうやって入った?」

 親はまだ、仕事で不在のはずだ。麻里が帰宅している気配もない。

「朝、麻里ちゃんから、鍵預かった。…今日は塾があってすぐ帰れないから、暇なら生存確認に行ってねって」

「家の鍵、何で人に渡すかな…」

 麻里は、今年中3になった。まがりなりにも、年頃の女子だ。幼なじみとはいえ、異性に自分の家の鍵をあっさり預けるのはどうなのだ。まあもちろん、桂以外の相手だったら、さすがに鍵を預けたりはしないだろうと信じたいが…。

 修史は、涼しい顔でベッドサイドに頬杖をついている桂を見やる。今の段階では、風邪だか何だかわからないのだから、マスクもなしにこの距離にいるのは、どう考えても不用意だろう。 

「うつるから来るなって。…連絡したろ」

「プリント、預かって来たんだよ。それに俺、風邪とか引かないし」

 確かに、これまでに、桂が体調を崩して寝込んだところはほとんど見たことがない。修史の方が基礎体力はあると思うのだが、一緒に行動していても、発熱するのはたいてい修史だけだった。おそらく、桂の方が、普段食べているもののバランスがいいせいだろうと修史は思っている。

「スポーツドリンクとお茶、ここに置いとくね。一応おにぎりと、飲むゼリーは買ってきたけど。他にほしいものある?」

「いや。ぜんぜん食欲ない…」

 そう言いながら、修史は頭痛を感じて再び横になった。桂は心配そうに覗き込んでくるが、今は何となくあんまり近づいてほしくなかった。

 別に、風邪をうつしてしまうことが心配な訳じゃなくて。…何かもっと別の、恐ろしいこと。

 ふっと、あの夢の感覚がよみがえる。

 …普段なら、抑え込んでおける何か。

「…大丈夫か?」

「何でもない。…なんか、頭がボーッとしてるな」

「もう少し寝てれば?」

 桂の言葉に、修史は頷いた。

「うん。…帰るか?」

「鍵あるし、麻里ちゃんが帰るまではいようかなと思ってるけど。下にいていい?」

「適当に、暇つぶしてて…」

 はあい、と返事をして、桂は部屋を出ていく。階段を降りていく軽い足音を聞きながら、修史は目を閉じた。すぐさま、眩暈のように、眠りの中へ引きずり込まれる。

 …膨らんでいく。大きくなっていく。

 それは風船のように、いつ破裂するとも知れない、何かひどく危ういもの。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...