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しおりを挟むぼんやりと歩いていたせいで、後ろから近づいて来る足音に気づくのが遅れた。振り返らなくても、その大きなストライドで追って来るのが誰なのかを悟る。ハッと我に返ったときには、悠哉は地面を蹴って走りだしていた。
「馬鹿、……待てってば、おい!」
怒鳴り声が深夜の街に響く。悠哉は足をゆるめなかった。どうして走りだしてしまったのかはわからない。それでも、つかまったら終わりだとなぜか思った。
二つ目の交差点を右に折れる。駅の手前で、来た道とは逆の路地に曲がった。闇雲に走りながら、迫って来る足音が聞こえなくなるのを待つ。……待ったが、それは無駄だったと悠哉はすぐに気づいた。相手が、悪すぎる。
途中で息が切れて、道もわからなくなって、冷えたアスファルトの上にがっくりと膝をついた。その途端、ガバッと後ろから抱きすくめられる。
アルコールの匂いが、ふわりと漂った。
「短距離なら、おまえの方が速いけど……」
荒く息をつきながら、瀧川が言った。
「二百以上走って、……オレから逃げ切れると、思ったか?」
酔っ払いとはいえ、相手はインターハイ2位の長距離選手だ。わかりきっていた勝負に、悠哉は苦笑する。
「失、敗したんです。……駅に駆け込んで……電車に乗れば、逃げ切れたのに」
「かもな。……なんで逃げた?」
聞かれて、悠哉は答えられない。
「じゃあ、なんでここに来た?」
そんな質問には、もっと答えられない。悠哉はゆっくりと首を振った。瀧川は軽くため息をつく。
「ま……いいや。留守にしてて、悪かったな。母親、大阪だし。……オレは、クラスの連中と騒いでたから」
「……謝る必要、ないです」
「うん」
短く頷いて、瀧川はふと我に返ったように、悠哉を抱き締めていた腕を放した。瀧川が離れても、悠哉はしばらく俯いたままだ。
「ちょっと……いろいろ、あって。急に来たりして、すみませんでした。……都合のいい時だけ、瀧川先輩を頼って」
鞄を取り上げ、帰りますと微かに笑った悠哉の腕を、瀧川は引き留めた。
やわらかい黒のコートは、ひどく冷えていた。
「いいから……うち、上がれ。コーヒーぐらい、出すから」
でも、と眉根を寄せた悠哉に、瀧川はあのな、と諭すように言った。
「おまえは、オレに迷惑かけていいんだよ。その権利があるんだ。頼りたければ、頼っていいんだ。都合よく利用すればいいんだ。……話ぐらい、聞いてやれるから」
誰かに頼られて、嬉しくない人間なんているはずがない。それが、好きな相手なら尚更だ。
そこまで考えて、瀧川はふと思いつく。もしかしたら悠哉は、一人ではあのマンションには入りづらいのかもしれない。警戒されても仕方ないというくらいの自覚は、持っていた。
悠哉がこのマンションを訪れたことは今までに二回あったが、はっきり言ってその二度とも、瀧川は悠哉にろくなことはさせていない。
「え、と。………その辺に、山崎とか坂井も……いるけど。呼んだ方が良ければ、一緒にうち、上がってもらうから」
瀧川がそんなふうに気遣う意味を、何となく察したのだろう。少し考えて、悠哉は大丈夫ですと首を振った。
マンションの前では、タクシーを停めたまま、桂と修史が心配顔で待っていた。瀧川が悠哉と一緒に戻って来たのを確認すると、余計なことは問わずに、じゃあ帰るからとだけ言ってタクシーに乗り込む。
そのテールランプをしばらく見送ってから、瀧川は悠哉を中に招き入れた。
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