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しおりを挟む桂と麻里が階下へ降りていくと、落ち着かない様子でソファに座っていた修史が、慌てたように立ち上がる。何か言おうとした修史を遮って、麻里はパシッとその肩を叩いた。
「仕方ないなあ、お兄ちゃんは」
「………」
「これで、いったい何人の女の子が失恋したと思ってんの。ホント、嫌になっちゃう」
麻里は明るくそう言って、修史の顔を覗き込んだ。
泣いていたことなんて、どうせバレているのだろう。だが、虚勢ぐらいは張っていたかった。
「ね。……山崎さんと、偽装結婚したげよっか?」
そうすれば、修史は桂と一緒にいられる。冗談のようにそう言った麻里へ、修史は苦笑して、首を振った。
「駄目だよ。……おまえはちゃんと、幸せな結婚をしなくちゃ駄目だ」
……おまえは、大事な、妹なんだから。
◆ ◆
夕方になって、自宅に戻っていく桂を、麻里は家の前まで見送った。
「ね。……私のファーストキス、誰だか知ってる?」
悪戯な気持ちでそう聞くと、マフラーを巻き直していた桂は、プッと明るい笑みを漏らした。
「……知ってる」
「お兄ちゃんには、内緒ね」
「近藤君にも」
そんなふうに言われて、麻里は笑った。
あれはもう、遠い昔のことだ。それでも何一つ忘れていない、あの優しさ。
『男の子だったら、お嫁さんにしてあげられないよ。……麻里ちゃんは、女の子でいいんだよ』
そう言って、泣いている麻里にキスをした。 最初の恋の、最初のキス。覚めるまでに十年もかかった、おとぎ話のような初恋。
ゆっくりと歩き出す桂に手を振って、麻里は静かに門扉を閉めた。バイバイ、と心の中で呟いた。
冬の夕焼けに染まった、薄暗い町。さっき見た光景を、なぜかせつないような気持ちで思い出す。
ベランダでの、じゃれあうような優しいキス。
あれは、幻のように薄れて消えていく、そんな思いなんだろうか。修史も桂も、やがては変わっていくのだろうか。
「そうかな……」
なぜか、胸に寂しさが残る。いつかあの二人に別れが来て、桂が自分に手を差し伸べたとしても……きっともう自分は、それを喜ぶことはできないだろう。
自分には、桂をあんなふうに微笑ませることなんてできない。あんなふうに、労るように守ってやることもできない。修史のようには。
麻里は苦笑した。複雑な感情が、完全に消えた訳ではない。それでも、なぜか気持ちは穏やかだった。
このあと、いったいどうやって修史を問い詰めて困らせようか。そんなことを考えつつ、麻里は家の中へ引き返した。
END
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