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しおりを挟む「それでおまえ、何で麻里の彼氏知ってるんだっけ?」
部屋に入ると、修史はまずそう聞いた。慣れた様子で修史の部屋の音楽プレーヤーを操作しながら、桂は答える。
「んー……偶然。前に、一緒に歩いてるとこ見かけて……そのあと、たまたま用があって1Bの教室に行ったら、そこに麻里ちゃんの彼氏がいて」
「学級委員だっけ」
気に入った曲を探し当てた桂が、修史の言葉に頷きながら、笑顔を見せる。
近藤隆一は、1Bの学級委員をしている。それに加え、今期は生徒会役員にも選ばれていた。今のところ挨拶程度の会話しかしていないが、優秀で、人望がある生徒なのだろうと思う。
「面倒見よさそうな感じだったよ。……心配?」
「別に、そうじゃないけど……」
修史は言葉を濁した。麻里の複雑な気持ちが、桂にはわからないのだろう。というより、何もかもわかっていて、気づかないふりをしているのかもしれない。
修史は黙ったまま、桂の横顔を見やる。
こんな相手がそばにいて、好きにならないはずがない。麻里の初恋の相手は、桂なのだ。例えそれがずいぶん昔のことであろうと……その事実は、変わらない。
「おじさんたち、仕事?」
ふいにそう聞かれて、修史は頷いた。
坂井家の両親は、二人そろって弁護士をしている。夏頃から始まった少年犯罪事件の裁判を手掛けており、近頃は休日でも、家より事務所にいることの方が多い。
「大晦日と、元旦はさすがに家にいた。……手作りおせち料理は、今年も無理だったけど」
諦めたような修史の口調にくすくすと笑いながら、桂は床に転がっていたバスケットボールを拾い上げる。
非行少年の弁護にかかりきりで、自分たちの子供を顧みない。そんな両親のことを、それでも修史が尊敬していることを桂は知っていた。
ざらりとした手触りのボールを器用に指先で回してみせてから、桂はそれを修史に手渡す。
「あの事件、まだ揉めてるんだ?」
ずいぶん前に読んだ新聞記事の内容を思い出しながら桂が聞くと、修史は頷いた。
「次の法廷自体は、まだ先だけど……準備で、バタバタしてるみたいだな」
言いつつ、修史は受け取ったボールをふわりと壁に投げる。そこに取り付けられた練習用のゴールのネットに、するりとボールが吸い込まれていく。
「ここからの眺め……けっこう、変わったな」
ふと、窓の外に目をやっていた桂がそう言った。言われて、修史も視線を巡らせる。
「かもな。建物、増えたし……ベランダ、出てみるか?」
苦笑しつつ、桂は頷いた。まだ小学生だった頃、このベランダに出ることは禁止されていた。危ないから絶対に駄目よと、修史の母親にはひどく怒られた覚えがある。
ロックを開けてベランダへ出ると、真冬の風が吹き付けてくる。寒さの中で、それでも懐かしい風景を次々に見つけだして、桂は歓声をあげた。
「ほら、あれ……公園の木」
「ああ、あれな。おまえが、登って降りられなくなったやつ」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。都合の悪いことはすぐ忘れるんだから……」
そんな修史の言葉を適当に聞き流して、桂は手摺りから身を乗り出すように、下をのぞきこむ。
「あのへんで子犬拾って、怒られたよな。母さんたちに。あの犬、どうしたっけ……」
「名前つけたよな」
「ハチ?」
「もっと洒落た名前だったと思うけど」
「シロだったかな」
「……忘れた。でもあれ、確か小学校のそばの家で引き取ってもらったんだよな」
「うん。大きくなったかな」
「……たぶんな」
十年の間に、なくなったものもあった。新しく増えたものもあった。そして、変わらないものも、たくさんある。
ベランダの手摺りにもたれて、修史と桂はしばらくの間、同じ風景を見ていた。
ふいに、視線がかち合う。自然に、ごく軽く、引き寄せられるように唇が重なった。
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