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先にマンションを出た桂は、エントランスの脇で修史を待っていた。聡を殴ったことはどうやらバレているらしく、目が合うなり桂が苦笑してみせる。
「ケガしなかったか? バスケ部員が突き指なんて、シャレにならないだろ」
聞かれた修史はひらひらと手を振った。
「オレは平気だけど……あんなんで、ケリ着いたって言えるのか? もっと殴ってやれば良かったな」
「いいんだよ。……もう、忘れる」
行こう、と小さく呟き、桂が歩きだす。その後を追いかけて歩きながら、修史は夜空を見上げた。
「ひどい奴だよな」
憤りがどうしてもおさまらず、修史がそう言うと、桂はむしろ穏やかに笑う。
「もう、本当に大丈夫だから。……ありがとな、修史。おまえが今日、話聞いてくれてなかったら……俺、きっといつまでもふっ切れなかったと思う」
「オレは、何もしてないよ」
何もできなかった。守ってやれなかった。たとえ桂がもう大丈夫なのだと言っても、一件落着という明るい気分には、どうしてもなれないのだ。
しばらく無言で歩いていると、一歩さきを歩いていた桂が、ふいに振り返った。
「……なあ、迷惑ついでに、もう一つ話聞いてもらってもいいか?」
「何だよ」
「さっき、聡さんに聞かれて……ずっと忘れてたけど、思い出したことがあってさ」
視線で先を促すと、桂は立ち止まり、かすかに笑んで、片腕をのばして修史の学ランの襟を引いた。
「修史……俺、どうしても清鳳に行きたかったんだ」
桂の言う意味がわからず、修史がハア、と首を傾げる。その制服の襟につけた校章をポンと指先で弾き、桂は続けた。
「……おまえが行くって、聞いたから」
修史は目を見開いた。どんな意味で桂の言葉を受け止めればいいのか、すぐにはわからない。悪戯っぽい瞳で間近に見つめられて、修史はギクシャクと後じさった。
「桂……オレは」
「答えなくて、いい。修史の考えることならよくわかってる」
屈託のない笑顔で桂がそう言うと、修史は困ったように眉をひそめた。
「おまえのこと、大事だよ。それは前にも言った」
「わかってる」
「今だけじゃなくて、おまえとはずっと友達やってたい」
「わかってるよ」
桂は笑った。一瞬で終わる関係にはなりたくない。熱が冷めたら、もう二度と会えなくなるような関係には、なりたくない。
「……それで、十分だから」
何もいらない。ただ、これまでどおり隣にいられればそれでいい。
帰ろう、と小さく呟いて桂が歩きだす。遅れて歩きだした修史が、やがて隣に追いついて笑った。
それから二人はぶらぶらと歩きながら、中学時代の思い出話をした。
中二のときの文化祭の話。修学旅行で鹿に囲まれた話。カツラだという噂のあった校長の話。それから、家庭科で女子が作ったコーヒーゼリーがまずかった話。
楽しかった記憶を、ようやく笑顔で語れるようになったのだと桂は思う。
そしてその記憶のどの場面にも、すぐそばに修史がいることに気づいていた……。
END
「ケガしなかったか? バスケ部員が突き指なんて、シャレにならないだろ」
聞かれた修史はひらひらと手を振った。
「オレは平気だけど……あんなんで、ケリ着いたって言えるのか? もっと殴ってやれば良かったな」
「いいんだよ。……もう、忘れる」
行こう、と小さく呟き、桂が歩きだす。その後を追いかけて歩きながら、修史は夜空を見上げた。
「ひどい奴だよな」
憤りがどうしてもおさまらず、修史がそう言うと、桂はむしろ穏やかに笑う。
「もう、本当に大丈夫だから。……ありがとな、修史。おまえが今日、話聞いてくれてなかったら……俺、きっといつまでもふっ切れなかったと思う」
「オレは、何もしてないよ」
何もできなかった。守ってやれなかった。たとえ桂がもう大丈夫なのだと言っても、一件落着という明るい気分には、どうしてもなれないのだ。
しばらく無言で歩いていると、一歩さきを歩いていた桂が、ふいに振り返った。
「……なあ、迷惑ついでに、もう一つ話聞いてもらってもいいか?」
「何だよ」
「さっき、聡さんに聞かれて……ずっと忘れてたけど、思い出したことがあってさ」
視線で先を促すと、桂は立ち止まり、かすかに笑んで、片腕をのばして修史の学ランの襟を引いた。
「修史……俺、どうしても清鳳に行きたかったんだ」
桂の言う意味がわからず、修史がハア、と首を傾げる。その制服の襟につけた校章をポンと指先で弾き、桂は続けた。
「……おまえが行くって、聞いたから」
修史は目を見開いた。どんな意味で桂の言葉を受け止めればいいのか、すぐにはわからない。悪戯っぽい瞳で間近に見つめられて、修史はギクシャクと後じさった。
「桂……オレは」
「答えなくて、いい。修史の考えることならよくわかってる」
屈託のない笑顔で桂がそう言うと、修史は困ったように眉をひそめた。
「おまえのこと、大事だよ。それは前にも言った」
「わかってる」
「今だけじゃなくて、おまえとはずっと友達やってたい」
「わかってるよ」
桂は笑った。一瞬で終わる関係にはなりたくない。熱が冷めたら、もう二度と会えなくなるような関係には、なりたくない。
「……それで、十分だから」
何もいらない。ただ、これまでどおり隣にいられればそれでいい。
帰ろう、と小さく呟いて桂が歩きだす。遅れて歩きだした修史が、やがて隣に追いついて笑った。
それから二人はぶらぶらと歩きながら、中学時代の思い出話をした。
中二のときの文化祭の話。修学旅行で鹿に囲まれた話。カツラだという噂のあった校長の話。それから、家庭科で女子が作ったコーヒーゼリーがまずかった話。
楽しかった記憶を、ようやく笑顔で語れるようになったのだと桂は思う。
そしてその記憶のどの場面にも、すぐそばに修史がいることに気づいていた……。
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