After Rain

萩香

文字の大きさ
上 下
10 / 11

10

しおりを挟む
 先にマンションを出た桂は、エントランスの脇で修史を待っていた。聡を殴ったことはどうやらバレているらしく、目が合うなり桂が苦笑してみせる。

「ケガしなかったか? バスケ部員が突き指なんて、シャレにならないだろ」

 聞かれた修史はひらひらと手を振った。

「オレは平気だけど……あんなんで、ケリ着いたって言えるのか? もっと殴ってやれば良かったな」

「いいんだよ。……もう、忘れる」

 行こう、と小さく呟き、桂が歩きだす。その後を追いかけて歩きながら、修史は夜空を見上げた。

「ひどい奴だよな」

 憤りがどうしてもおさまらず、修史がそう言うと、桂はむしろ穏やかに笑う。

「もう、本当に大丈夫だから。……ありがとな、修史。おまえが今日、話聞いてくれてなかったら……俺、きっといつまでもふっ切れなかったと思う」

「オレは、何もしてないよ」

 何もできなかった。守ってやれなかった。たとえ桂がもう大丈夫なのだと言っても、一件落着という明るい気分には、どうしてもなれないのだ。

 しばらく無言で歩いていると、一歩さきを歩いていた桂が、ふいに振り返った。

「……なあ、迷惑ついでに、もう一つ話聞いてもらってもいいか?」

「何だよ」

「さっき、聡さんに聞かれて……ずっと忘れてたけど、思い出したことがあってさ」

 視線で先を促すと、桂は立ち止まり、かすかに笑んで、片腕をのばして修史の学ランの襟を引いた。

「修史……俺、どうしても清鳳に行きたかったんだ」

 桂の言う意味がわからず、修史がハア、と首を傾げる。その制服の襟につけた校章をポンと指先で弾き、桂は続けた。

「……おまえが行くって、聞いたから」

 修史は目を見開いた。どんな意味で桂の言葉を受け止めればいいのか、すぐにはわからない。悪戯っぽい瞳で間近に見つめられて、修史はギクシャクと後じさった。

「桂……オレは」

「答えなくて、いい。修史の考えることならよくわかってる」

 屈託のない笑顔で桂がそう言うと、修史は困ったように眉をひそめた。

「おまえのこと、大事だよ。それは前にも言った」

「わかってる」

「今だけじゃなくて、おまえとはずっと友達やってたい」

「わかってるよ」

 桂は笑った。一瞬で終わる関係にはなりたくない。熱が冷めたら、もう二度と会えなくなるような関係には、なりたくない。

「……それで、十分だから」

 何もいらない。ただ、これまでどおり隣にいられればそれでいい。

 帰ろう、と小さく呟いて桂が歩きだす。遅れて歩きだした修史が、やがて隣に追いついて笑った。

 それから二人はぶらぶらと歩きながら、中学時代の思い出話をした。

 中二のときの文化祭の話。修学旅行で鹿に囲まれた話。カツラだという噂のあった校長の話。それから、家庭科で女子が作ったコーヒーゼリーがまずかった話。

 楽しかった記憶を、ようやく笑顔で語れるようになったのだと桂は思う。
 そしてその記憶のどの場面にも、すぐそばに修史がいることに気づいていた……。

            END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

溺愛執事と誓いのキスを

水無瀬雨音
BL
日本有数の大企業の社長の息子である周防。大学進学を機に、一般人の生活を勉強するため一人暮らしを始めるがそれは建前で、実際は惹かれていることに気づいた世話係の流伽から距離をおくためだった。それなのに一人暮らしのアパートに流伽が押し掛けてきたことで二人での生活が始まり……。 ふじょっしーのコンテストに参加しています。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

最愛の幼馴染みに大事な××を奪われました。

月夜野繭
BL
昔から片想いをしていた幼馴染みと、初めてセックスした。ずっと抑えてきた欲望に負けて夢中で抱いた。そして翌朝、彼は部屋からいなくなっていた。俺たちはもう、幼馴染みどころか親友ですらなくなってしまったのだ。 ――そう覚悟していたのに、なぜあいつのほうから連絡が来るんだ? しかも、一緒に出かけたい場所があるって!? DK×DKのこじらせ両片想いラブ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ※R18シーンには★印を付けています。 ※他サイトにも掲載しています。 ※2022年8月、改稿してタイトルを変更しました(旧題:俺の純情を返せ ~初恋の幼馴染みが小悪魔だった件~)。

永遠の快楽

桜小路勇人/舘石奈々
BL
万引きをしたのが見つかってしまい脅された「僕」がされた事は・・・・・ ※タイトル変更しました※ 全11話毎日22時に続話更新予定です

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

処理中です...