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ダンジョン第2層は陥落寸前だ。

敵軍は壊走を繰り返し、最後の抵抗を行おうと、残存する戦力を結集するために第2層の大半のエリアを放棄し撤退した。


第2層は第1層と同じく複雑な迷路で構成されるのだが、有能な怠け者の的確な指揮とホムンクルス同士の情報共有や連携の前に、圧倒的寡兵であるにも関わらず次々と敵軍を包囲、挟撃、孤立した敵軍を殲滅するという訳のわからないことを行い、次々と敵陣地を切り取っていった。


残すところは第2層最奥に位置する大部屋、東京ドーム十数個分の面積の土地のみ。

寄せ集めの兵士を結集しただけなのだが、その数だけは凄まじい。なんせ第2層司令官は壊走した兵士を殿として犠牲にして、この最後の大部屋にまで無事無傷で後方の戦力を撤退させることに成功したのだ。

さらにこの大部屋は数多くの城壁、バリケードで構成された陣地で覆われており、もはや部屋では無く一つの要塞だ。


その鉄壁の要塞を凄まじい数の兵士が守護しているのだ。これから激しい攻城戦が始まるだろう。

そう考えていたが、そんなことは無かった。







対歩兵戦車へと改造された、ゲパルト対空戦車50台で構成される魔王軍第一戦車大隊。

マッドサイエンティストにより改造されたそれはさながら動く小型要塞。


戦車撃破のために殺到する兵士を踏み潰し、対空砲で滅多打ち、城壁はレーザー砲が貫き蒸発する。

そうして強引に切り開いた道へ大量のホムンクルスが殺到する。

ホムンクルス達はダンジョンよりドロップした装備で身を包んだ完全武装状態で、劣悪な装備の敵兵を一方的に殺戮する。まるで害虫駆除だ。ああ哀れな敵兵よ、さっさと死んでアンデッドになってくれ。


今更だが、敵を倒すとアイテムや武具が何処からか現れドロップするのだが、そのドロップ品が敵兵の装備よりも圧倒的に優れているのだがどういうことだろう。

例えるならゲーム序盤の敵が、ゲーム後半でドロップするはずの武器をドロップするというべきか。



今日中にも第二層は陥落するだろう。














それでは、今日のガチャ。ログインボーナスは健康ガチャコイン。


さあ、こいッ!











UC『ドコサヘキサエン酸』



ドコサヘキサエン酸。化学式C²²H³²O²。
不飽和脂肪酸の一つであり、人間に必要な必須脂肪酸でもある。

しかしこのドコサヘキサエン酸は人間は自分一人で合成することが出来ないので、人間は外部より摂取する必要がある。
サバやサンマなどの魚に多く含まれており、視力低下の抑制、免疫反応の調節、血液中の脂質の低下、記憶力の向上など数多くの効果がある。






出現したのは、生きた鮭だった。


ドコサヘキサエン酸は魚に多く含まれるらしいし、そういうことかな?


陸地にもかかわらずピチピチと元気に跳ねている鮭からは無限に溢れる生命力を感じ、その引き締まった身、光沢のある鱗は銀色の光を放っている。

俺は口内に溢れる唾液を飲み込む。非常に食欲をそそる鮭だ。魚は新鮮な内がいい、すぐに調理してもらおう。


俺はダンジョンより帰還した、腕にワイバーンを挟んだ寿司職人Kに調理してもらうことにした。
このワイバーンは肉寿司として販売するそうだ。楽しみだなぁ。




そうして始まった鮭の解体ショー。


鮭を捌く寿司職人は、その技術と熟練度を駆使して、鮭の鮮度と美味しさを最大限に引き出す調理を行う。


素早く鮭を捌く鮭の腹を包丁で切り開き、腹を切ることで内臓を取り除く。

鮭の身をそのワイバーンをも狩るその包丁技術を駆使して巧みに切り分け、鮭の身は数多くの部位に分けられる。

最後に鮭の切り身は寿司のネタとして俺の前で握り寿司として仕上げられた。

寿司職人はその経験と技術を駆使して、鮭の美味しさを最大限に引き出し、お客様である俺に極上の寿司を握るのだ。





うまい!脂ののった新鮮な鮭は極上の一品。口に入れると溶けるように消え、口内を鮭の旨みが暴れ回る。
シャリとの相性も良く、醤油、わさびが鮭の旨みを強く引き出す。

人生ゲームの景品とは大違いだ。


そうして鮭以外にもワイバーンの肉寿司などをおなかいっぱい食べ退店しようと席を立つが、そこで衝撃の光景を目にする。



生け簀の中で鮭が元気に泳いでいた。
捌かれたはずなのに、どうして。


寿司職人は語る。神経を麻痺させることにより感覚を遮断、その内に細胞と細胞の間を切ることにより体の負担を最大限軽減。鮭は自身が捌かれていることを自覚せず生き続ける。

あとは外科手術により体を元に戻して水槽にいれるだけ。


この鮭は運営から仕入れる鮭よりも品質がいいので、このまま育て、少しずつ肉を切り取っていくのだとか。


うーーーん、神技。







マッドサイエンティストによる検査の結果、なんとこの鮭を食べたものには人体でドコサヘキサエン酸が合成できるようになるそうだ。

現在、研究所にて鮭は育成中。その切り取った魚肉を培養し、寿司屋に出荷している。俺は国民の健康のため、全国民にこの鮭を食べさせるため、『鮭をたべる義務』を法律に追加した。



人類はこうしてまた一歩進化したのであった。












それでは、無料ガチャ!






ガタンッ









R『依頼掲示板』


出現したのは木製のボードだった。ボードの上の方には英語で『QUEST』と書かれている。



クエストってあれか?視聴者が俺に対して発注しているクエストとは別物なのか?

考えていると、突如として大量の紙が貼り付けられていた。

一枚だけではない。数えきれないほど大量の紙がとんでもない速度で貼られていく。

その勢いは止まらず、次から次へと掲示板にカラフルな紙が貼り付けられる。一瞬だけ見えた紙には要求品、期限、依頼者の名前などが書かれていた。

やっぱり今までと同じくクエストじゃないか。

あ、止まった。依頼掲示板を見ると、凄まじい数の依頼書が貼り付けられていた。依頼書の上に依頼書が張られ、辞書のような厚みとなっている。



鑑定!





●オリバーの依頼書

オリバーには夢がありました。それはサッカー選手です。デンマークではサッカーが大人気。同級生達も、オリバーの兄も将来の夢はサッカー選手。

ですがそれは叶わない夢でした。何故なら、彼には生まれつき足が無いからです。

もうサッカー選手になるのは諦めました。でも、一度でいいからサッカーをしてみたい。

今、山田様が隣の納品ボックスに依頼書と共に義足を入れて箱を閉じればオリバーに義足が届きます。


●『サッカーがしたい、ただそれだけです』
依頼主 デンマーク人 オリバー・レノウ 高校生
要求品 義足
報酬  貯金全額  





ああッ、ふざけるなッ、このバカ鑑定スキル!

違うだろッ、今鑑定しようとしたのは掲示板だよ、依頼書じゃない!そのぐらいわかるだろ⁈

なんだこの依頼書⁈重い、設定が重い。

というかこれ、どういうことなんだ?俺に対してクエストを送れるのはVIPである視聴者だけのはずだ。このオリバーとかいうやつはVIPなのか?


他の依頼書を見るが、どれもサラリーマンだったり専業主婦だったり、VIPとは思えない人ばかりが依頼人となっている。

俺の義足は本当にこのオリバーに届くのか?それとも、このクエストは自動生成されただけなのか?


まぁどっちでもいい。俺はゲーム内のNPCに感情移入してしまうタイプなのだ。無視するという選択は存在しない。俺は納品箱に義足と依頼書を入れ、箱を閉じる。

存在するかどうかわからないけど、サッカー頑張れよ、オリバー君!















俺は生まれつき足がなかった。同年代の奴らたちと同じように走り回ることも、自由自在に移動することもできなかった。

みんなが外で遊んでいる時、俺はいつも孤独で苦しい日々。学校では階段を上り下りするたびに助けを求めるしかなく、友達と遊ぶこともままならなかった。


足のない俺の夢はサッカー選手。当然ながら諦めた。今の夢は、一度でいいからみんなでサッカーをしたい。それだけなんだ。

俺はずっとこの困難な日々に立ち向かってきた。だが、苦痛と孤独は絶えることはなく、絶望した。

そんな時、上位の存在から通達があった。
周りはやれ人類の滅亡やら、他の世界からの宣戦布告やら騒いでいたがそんなことどうでもよかった。


だがある日俺は、山田という日本人がガチャより義足を入手したというニュースを目にする。
それは健常者と同等の機能を持ち、自然な歩行が可能な夢のような義足だった。俺は胸が高鳴り、この義足が自分にとっての救いとなることを確信した。


今各国は義足をクエストにより入手し、研究を進めているという。早く、早く義足をくれ。


そして、その日は突然訪れた。


●指定ユーザーである山田様がアイテム『掲示板』を入手しました!山田様を指定した国家の国民は山田様にクエストを発注することが出来ます!【要求物資に一部制限あり】【等価交換の法則が一部緩和されます。】


これまでは国家の要職につく人間だけしかクエストは発注できなかった。だが、俺のような一般人でも発注できるようになったようだ。

早速、俺は義足を発注する。

そして、幸運にも山田の目に留まり、すぐに依頼は達成され義足は届いた。

目の前には、動画を通じて見た、義足。

俺の身体に新たな義足が取り付けられる。最初の一歩を踏み出す瞬間、感動の涙を流した。


義足は、自由な歩行を実現してくれた。


俺は『運命教会 ヨーロッパ支部【非公式】wiki』のコメント欄に書き込む。山田様は、俺にとって神様だ!


俺は新しい人生の一歩を踏み出した。もはや何事にも制約されず、サッカーだってできるのだ!


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