かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(35)かくまい人の対決③

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「放せ、放しやがれッ」

 慌てて引き抜こうとするも、重蔵は刃を握り締めたまま、一寸たりとも動かない。

 あるだけの力を振り絞ると、頭次の左足めがけて刀の棟を打ちつけた。

 骨の砕ける手ごたえが、刀身を介して伝わってきた。

「うぎゃあ!」

 凄絶な痛みに耐えかねて、頭次がついに膝を曲げる。

 腫れた腿に触れようとして、柄に添えていた左手が離れた。

 直後、重蔵は刀を翻すや、渾身の一撃で凶刃を薙ぎ払った。

 深く毀れた刃は、交わった刀を絡め取ってしまう。

 重蔵の刀に持ち上げられ、凶刃は乾いた宙へと虚しく放り捨てられた。

(これで、もう立ち向かうまい)

 地面へ転がった凶刃を蹴飛ばして、重蔵はようやく安堵した。

 ところが、

「がああッ」

 頭次は虎狼のごとく燃える執念で立ちあがる。

 腱が砕けた痛みさえも忘れ、納所した重蔵の頸めがけて牙をむいた。

「うわっ」

 重蔵はとっさに右腕を盾にして、黄ばんだ歯に噛ませた。

 二枚の小袖を重ね着していても、上下から挟み込む歯が腕を圧迫する。

 犬に成り下がってでも仇を討ち果たそうという、頭次の凄まじい怨嗟には、重蔵も度肝を抜かれた。

 そのとき、意識の外で猛禽が鳴く。

 ぴるるっ――と、小刻みに弾む音は、タカやトビの声に似ていた。

 その甲高い音が近づくにつれ、

呼子笛よぶこぶえ、町方か)

 町方同心が使役する手先の笛だと、重蔵は思い出した。

「重の字ッ」

 幼馴染の嗄れ声が叫んだ。

 帳幕を割り入った同心や手先が、次々と佐討試合の場になだれ込んでくる。

 あっという間に十名ほどの町奉行所衆が集まり、もつれ合う重蔵と頭次を取り囲んだ。

「縄にかけよ」

 同心が命じるやいなや、手先が三人がかりで頭次を引きはがす。

 噛み跡から伸びた唾液が途切れると、よろめいた重蔵の体を左近が支えた。

「お手柄だぜ、重の字。こいつあ、俺を斬りつけた張本人だ。しかもあいつ、ずっと昔に人相書きが出された双子の盗賊だそうだ」

「勝之進どのは、無事か」

「ここへ来るときに保護したさ。この無頼者さえ捕らえちまえば、泰山の悪事も……」

 左近が頼りがいのあるふうに腕を組んだ時、

「逃げるんじゃねえ、臆病者!」

 縄をかけられ、地面にのされた頭次が絶叫した。

「役人さえ来なけりゃあ、てめえを八つ裂きにしてやったんだ!兄貴の、てめえが殺した一尾の仇を討ってやったんだ!それを……邪魔しやがって、全員ぶっ殺してやる!」

 捕縛されて手も足も出ないぶん、頭次はあらんかぎりの罵詈雑言を吐き散らす。

 罵倒するたびに唾が飛沫するのを見て、

「聞かなくていい。ありゃ事故だ。おめぇがわざとやったんじゃないのは、みんな分かってるぜ」

 左近は羽織の袂で重蔵を包み隠した。

「いや、いい。熊よ、行かせてくれ」

 重蔵は息も絶え絶えに頼むと、左近の腕をくぐった。

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