かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(25)かくまい人と手紙

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 お鈴が去ってからしばらく、屋敷のなかは重苦しい沈黙に抱きすくめられていた。

 昼前に差しかかると、お鈴の言葉どおり泰山からの果たし状が届けられ、静寂の圧はいっそう増していた。

「泰山め、泰山め……っ」

 勝之進が深い怒りをもって、果たし状を引き裂く音だけが虚しく響いてくる。

 そんな勝之進にかけてやる言葉が見つからず、重蔵はただ、震える背中をおろおろと見守っていた。
「あの、硯と筆をお借りしてもよろしいですか。せめて、両親とお染には最後の言葉を残しておきたいのですが」

 落ち着いた勝之進の発言で、ようやく、石仏のごとく固まっていた重蔵も動き出せた。

 動かなければ、深い喪失感の底から這い上がって来られないような気がした。

「手紙は、読まないのですか」

 自身も遺書めいた文をしたためながら、勝之進が居間の隅に鎮座した重蔵に話しかけた。

「読むことはできぬ」

「それは、重蔵どのの想い人からのものでしょう。私はまだとうぶん書き終わりませんから、今のうちに読んでしまっては」

「......恐ろしくて、読めぬ」

 重蔵は頑なに手紙を開かない。

「私はたしかに、お花を愛している。だが、失踪した彼女の父には、あの子が私を嫌っていると言われた」

「そんな……」

「私から、灌仏会に誘ったのがいけなかったのやもしれぬ」

 お花は気まぐれで、相手の都合に縛られるのを嫌う節があった。

 重蔵から誘われたのが、縁を切りたいと思うほどに嫌だった可能性すらある。

「私などがお花に釣り合うなどと、勘違いをして、舞い上がっていた。それを手紙になど書かれていたら……明確に別れを告げるような内容であったら、私はもう二度と立ち直れない」

 重蔵は自分を咎めつつ、身のうちに募った不安を明かした。

 暫時、勝之進からは言葉が返ってこなかった。

 ふと面を上げてみると、勝之進が今までになく厳しい眼差しを向けていたので、重蔵は驚いて身をはねた。

「重蔵どのには世話になりましたが、そのような一方的な言い方は聞き捨てなりませぬ。私なら、嫌いな相手からの誘いならすぐに断ります」

 あの勝之進が、声の芯にまで怒気を孕んでいる。

「......失言」

 面食らった重蔵は、肩を狭くして詫びた。

 なぜ勝之進が、他人であるお花のことでそれほどに怒るのだろう。


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