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(11)かくまい人と面影
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勝之進は大家に手伝ってもらい、重蔵を屋敷へと連れ帰った。
気の利いた大家が町医者を呼んでくれたので、すぐに治療を受けられた。
重蔵の生白い体が、不吉な血の色をいっそう毒々しく浮かびあがらせた。
「傷の具合はどうでしょう」
見慣れぬ血に狼狽える勝之進だが、町医者のほうはといえば、
「そんな青い顔をしなさんな。命にかかわりゃしねえよ」
と、たしなめる余裕まであった。
「しかし痛そうな傷だな。あんたら、鋸で斬り合いでもしたのかい。見てみな、浅いのに皮がズタズタだぜ。こりゃあ刀傷みたく綺麗にや塞がるめえ」
包丁や刀で斬りつけたときは、たいてい、まっすぐな切傷ができるものだ。しかし、重蔵の肩に走る傷は、禍々しく波状に乱れている。
複雑に裂けた傷口を見ただけでも、生半可な痛みではないのが伝わってくる。
重蔵はといえば、心ここに在らずとばかりに処置を受けていた。
町医者が帰ってから時を置き、陽が沈んだ薄暮のころに、ようやく沈黙を破った。
「すまぬ」
重蔵は消え入らんばかりの声だった。
「謝らないでください。重蔵どのが止めてくれなければ、私も斬られていたやもしれませぬ」
「だが、情けない姿を見せてしまった。武士として、あらぬ姿だったな」
「あの男は、いったい」
「……私が昔、彼の兄を殺した」
重蔵は老爺のような猫背になって、うつむいた。
「人の命を奪った手で人助けの稼業を名乗るなど、甚だおこがましいと思うかもしれないが」
「そんなこと、思ってはおりませぬ」
旅所橋で襲撃してきた男の立ち振る舞いを見ても、尋常の者ではない。さしずめ、人斬りや博徒など無頼者の類であろうことは想像ができる。
重蔵がなにかの間違いで殺してしまったのだと、勝之進は、じていた。
「外が苦手だという重蔵どのが、私のために阿母寺までついてきてくださったのです。私の命が助かったのは、重蔵どのの腕があってのこと」
あえて力強く励ました。
「戦ってくれて、ありがとうございます」
重蔵の手を取って伝えたとき、その白い顔がはじめて勝之進を見上げた。
整った限の奥では、熱を孕んだ憧が潤いを増している。ほのかに開く唇の階からは、微曛さえ漂っていた。
色白の美貌が憐憫を誘っている。今の重蔵を見ていると、傍で支えてやりたいと思わずにはいられなくなった。
それでも、勝之進は許婚であるお染への愛を思い出して、重蔵から目を逸らした。
「重蔵どの。貴殿は昨日の晩もこうやって、私をじっと見ておりましたね」
「うむ・・・•・・」
「私はそれほどまでに《お花》どのに似ておりますか」
勝之進は出会い頭に、重蔵が口にした女の名を出した。
「似ている」
「やはり」
「だが、性格はまるで違う。他人の空似であろうが」
重蔵は静かに答えた。
(きっと、重蔵どのが愛した人なのだろう、お花どのは)
重蔵が勝之進の顔に向けた日には、隠しきれない情愛があった。
勝之進を間近に見るたび、想い女と重ねたのだろう。
だが、重蔵の表情そのものは省然としている。
愛情と悲哀の同居する複雑な雰囲気が、重蔵を取り巻いていた。
「彼女の話は、よしてくれ。私はもう捨てられたのだから、関係のないことだ」
◇
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