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最終話【菊禍物語】
『菊禍物語』⑦
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窓の外が刻一刻と朝に近づいてゆく。
鉄紺の空が白んでゆくのを呆然と眺めていると、隣に寝転んでいた一成が半蔵を振り向かせた。
「眠れませんか」
腕に抱かれた半蔵は、一成の胸に耳を寄せる。胸の鼓動が安定しているのを確かめた。
「眠れない。あの蛇の毒は二、三日かけて苦しむと聞いたから」
「まだ平気です。今のうちに、なにか望みがあれば仰ってください。いい思いをさせていただいた、ほんのお礼です」
一成の声色はほのかに機嫌がいい。
この安定した心音が聞こえなくなるなど、想像したくもなかった。
「俺を殺してほしい」
半蔵は一成の胸にすがり、乞うた。
「それだけですか」
「本当は、堅気に戻りたいよ。もう悪いことはしたくない。けれど俺には一家への借金もあるし、一成が死んだら、きっと、兵二郎のお頭が俺を逃がさないと思う」
「では兄を消しましょうか」
さも当然のように一成が提案する。
半蔵は首をいくつも横に振った。
「俺が毒を盛ったんだから、俺の命で罪を償わせてほしい」
「命じたのは兄でしょう。兄がいなくなれば早いじゃありませんか」
その通り、半蔵を脅して毒を盛らせたのは兵二郎である。
だが、兵二郎が横暴な背景には、父に愛されなかった過去があるのを、半蔵は知っていた。
跡継ぎである一成と、彼の亡き母を目の敵にしているのは、すべて父の愛を奪われた恨みなのだろう。
「兵二郎のお頭は、善人じゃないと思う。けれど、その過去にどれほどの悲しみがあったのかは、分かる気がするんだ。俺も、父に愛してほしかったから」
「だから、殺さないでほしいと?」
「それに、一成がもし、あの世に連れて行ってくれるなら、一緒に行くのは俺がいい」
本心だった。
一成を死なせた罪を償い、恩ある兵二郎を守って死ぬ。もうやくざ者の子分として、誰にも迷惑をかけずに済む。
父からは無価値とさえ言われた命で、それだけの対価を得られるのなら悔いはない。
「……おっしゃいましたね」
幼げな口元はやがて、にたり――と、歪に吊り上がる。
一成の腕が半蔵の顎を持ち上げ、ひとたび、軽く唇を交わした。
「では、一緒に連れていきましょう。私が正式に命じるまでは、どうぞ体を休めていてください」
毒に侵された身でありながら、一成は妙に血色のいい笑みを湛えていた。
◇
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