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最終話【菊禍物語】
『菊禍物語』⑥ ※R18あり
しおりを挟む半蔵は胸を締めあげられる思いで、盃の酒を喉へ流した。
自分が体を売るだけでいいのかと、思わずにはいられなかった。
一成は空になった盃を割ると、
「お手を」
半蔵の手を取り、盃の割れた面で手のひらに傷をつけた。
「いった」
切られた箇所が鋭く熱をもつ。半蔵は歯を食いしばった。
「ただの金貸しなら証文で構いませんが、あなたを縛るのに紙切れでは心許ない。どうやっても、消えぬ証でなければ、私は安心できません」
半蔵の傷口に手拭いを巻くと、一成は盃にこびりついた血を拭いもせず、風の通る窓辺へ置いた。
「この傷と盃が、あなたが私のものである証になるでしょう。この世にひとつしかない、あなたの傷跡に照合する凶器ですからね」
一成の唇が、手ぬぐいに広がった血に触れる。
かすかに朱殷を帯びた口が、そのまま半蔵の唇を吸った。
「ん」
唇を受け入れると、今度は時を待たず舌が入った。
わずかな口の繋ぎ目も塞ぎ、角度を変えながら、深く舌を絡め取られる。
舌の動きが遅いゆえに、より密着し、互いに絡み合うのが伝わってくる。
「ふう、んっ、うむ……っ」
頭が朦朧とする。以前の晩は、この口付けひとつで骨抜きにされてしまった。
(俺ばかり、してもらうなんて)
死にゆく一成に悪いと思い唇を離した。
「……っ、失礼します」
一成の腰に顔を下ろすと、着物の裾を捲って褌を分ける。
はだけた褌の奥から現れた男の証は、小さな体躯と童顔からは想像もつかぬ逞しさがあった。
半蔵はそれを咥え、口腔で温めながら先端を舐めた。
目で見る以上に太く、口の奥まで収まりきらぬため、根元や中腹の至るところへ舌を這わせた。
商売女が兵二郎にしていたのを真似て、手でも撫でてみた。
「自分に利益もないのに、人に尽くそうと思えるのは、あなたの長所であり短所ですね」
一成はべつだん興奮した様子もなく、奉仕に勤しむ半蔵の頭を撫でた。
「一成と呼んでくれて構いませんよ。敬語ももう必要ありません。親分ではなくなるのですから」
「……ありがとう」
半蔵は悲しく微笑んだ。
一成を悦ばせてやりたいが、本人は微塵も快楽を感じておらず、ただ半蔵だけが股を熱くしているのである。
「そのまま、じっとしていて」
「ええ、どうぞ」
胡座をかいた一成の腰へ、半蔵は自らの腰を落とした。
強健な肉杭を菊座へ押し当てると、先端だけですら熱が伝わる。
少しずつ入口を絆して中へ通すと、隆々と筋の張りめぐる肉の塊が腹をくすぐった。
「く、う……っ」
凹凸が深く、動くほどに気持ちの良いところへ当たる。
足元が崩れそうになるのを、半蔵はかすかに残る理性を頼りに、ひとつ、ふたつと、弱々しく腰を上下させた。
「ど、どう?気持ちいいか?」
「あまり、何も感じませんね。普段こういう奉仕をしていないのでは?」
あまりにも率直な物言いだが、一成の推察に間違いはない。
兵二郎はいつだって、ある程度の段取りをふむと身体へ突き入れた。
事が済めば即座に半蔵のもとを去るので、自分から尽くした経験はない。
半蔵は申し訳なくなった。
「ごめん……。一成のこと、気持ちよくしたいけど、見様見真似でしかできないんだ」
「慣れないことをするからですよ。いちど腰の力を抜いてくれますか」
言われるままに腰を下ろすと、一成が半蔵の胴へ腕を回した。
「奉仕というのは、陰間や商売女が時間をかけて体得するものです。こういう行為は、慣れている方に身を任せれば良いのですよ」
一成は半蔵の腰を支えながら、その場に立ち上がった。
「わっ」
半蔵は仰天した。背の高い半蔵を、小男の一成が持ち上げたのだ。
「すみませんね。立ってできれば良いのですが、私の短足とあなたの長い脚では、とても菊座にモノが届きません」
「で、でもっ、重いだろう?」
「痩せすぎなくらいです。それに私は、深く入るほうが好ましいですよ」
言うやいなや、一成は半蔵の背中を壁に預けつつ、その腹の中へ深く突きを入れた。
「ああっ」
堪らず嬌声を上げた。
温まった腹の中で、鍛え上げられた昂りが律動する。
足が浮いたせいで、腰に力が入らず、無抵抗な尻は逞しい男根が与える快楽のすべてを享受する他ない。
理性を保つにも、矢継ぎ早に一成のものが腹を往来するので、半蔵は突かれるたびに全身が甘くほぐれた。
「あっあ、はっ、はあっ」
恥じらっている暇すら与えられぬ。
かろうじて一成の首にしがみついているが、体は仰け反り、蕩けた口から唾が滴り落ちた。
「も、だめっ……止め、てっ」
懇願した。
あまりにも激しく押し寄せる快感の波が、半蔵から力む体力を奪う。
脱力すれば、たちまち果ててしまいそうだった。
「止めません。あなたの悦ぶ顔はそそりますからね」
一成は壁と自らの肉体で半蔵を挟み、閉じ込めるような体勢のまま腰を振った。
腹の出口まで引いては、また深く肉杭を打たれる。
半蔵の腰はすでに砕けていた。
「んあっ……!」
とうとう果てた。
亀頭からこぼれた精が互いを濡らす。
痙攣し、意識も混濁とするなかで、
(俺、年上なのに……一成より早く、気を遣(や)ってしまった)
はしたないと思った。
それでも、一成の形を気に入った肉体は、昂りを食い締めて離さない。
「この体位はすぐ抜けやすいのですが、あなたはなかなか抜かせてくれませんね。相性が良いようで嬉しいです」
半蔵が果てても、一成は涼しげである。
「私は満足が行くまで時を要します。もうしばらく続けますよ」
「え、まっ……ふあっ」
まだ甘い痺れの残る体に、一成は容赦なく突き上げてくる。
摩擦から逃れようとすがりつけば、一成の着流しに隠された強靭な筋肉の手触りがあった。
この体の感覚が、より男に抱かれていると半蔵に認識させた。
「んんっ」
また、絶頂した。
男の味を占めた腹は抑えがきかず、ほんのわずかな刺激でも達してしまう。
熟れてきた半蔵が三度目の限界をむかえると、ここでようやく、一成の猛茎が満足するに至った。
「っ……」
一成の眉根がかすかに皺を刻む。
すっかり火照ってきた腹の奥へ、熱い媚液が流れ込んでくる。
たんと男を焼き付けた肉杭が抜け、菊門が寂しげに糸を引いた。
「はあ、う」
床に下ろしてもらえたが、とても立っていられない。
腰から崩れ落ちると、半蔵は快楽の余韻に翻弄されながら、霞む視界に一成を映した。
一成の着流しには、白濁した汚れが染みついていた。
「ごめん、着物が……汚れてしまった」
「気になりませんよ。どうせ脱ぎます」
一成が着流しをはだける。露わになった表皮を蛇腹の刺青が這い回っていた。
脱いだ衣を脇に寄せる際、筋肉の鎧をまとった背中が見える。
背に掘られた奇形の蛇が半蔵を睨んだ。
扇状に広がる首の内側には、二重の丸模様が刮目していた。
「気になりますか」
「見たことのない、蛇だと思った」
「南蛮の蛇ですよ。父がたいそう気に入ってましてね」
一成は半蔵をゆるりと寝かせながら、その細い脚の狭間に分け入った。
「んっ、あ」
先ほどとは打って代わり、遅い動きで蜜壷を掘り進んでくる。
不意に、半蔵は足を一成の腰へ巻きつけ、深く肉杭を呑み込んだ。
自ら求めてきた半蔵に、一成はにわかに瞳を丸めていた。
「どうかしましたか」
「……俺の体を気遣ってくれてるなら、そんな遠慮はしなくていい」
半蔵は一成を抱き寄せた。
「俺はどうなっても構わないよ。一成が満足のいくまで使ってくれ。俺には、これしかできないから……」
心が無い。兵二郎は一成をそう形容しているが、半蔵には信じがたかった。
一成が心のない人間であるなら、すぐにでも一家の名を貶めた兵二郎を殺し、自分たちは無関係だと世間に見せしめただろう。
それなのに、一成は兄を許し、一家の者たちに当たり散らしもせず、半蔵にすらも慈悲をかけてくれた。
(心が無いんじゃ、ない)
やくざ者の生き方に慣れたゆえに、心が鈍くなったのだろう。
だが、一成はいままで、心の鈍さをすべて人格のせいにされてきたのかもしれない。
その一成が自らの意思で、半蔵を選んでくれたのなら、無理をしてでも応えたかった。
「私は遠慮などしていませんし、今夜はしませんよ。好きでゆっくり動いているんです。あなたを、今のうちに味わいたいですから」
言葉通りに、一成はじっくりと半蔵を抱いた。
時に噛み締めるように、時にぶつけるように肉体を交わらせ、半蔵もまた淫乱の波に身を委ねていた。
その蜜夜は、じつに明け方まで続いていたのである。
◇
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