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第4話【重蔵の恋始末】
『重蔵の恋始末』③
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◇
雪景色に弾かれた陽光が、薄く寝間に差し込んでくる。
左近は裸体を震え上がらせる。脱いだ着流しで身を包んでいると、隣に重蔵の姿がないのに気がついた。
寝間の襖を開けたさきには、一面を雪に覆われた小さな庭がある。庭畑に積もった雪の下から、大根葉が顔をのぞかせている。
ささやかな雪景色を一望できる縁側で、重蔵は煙管を一服していた。
「冬になると、よくお花を思い出していた」
静かに告げた。
「冬が明けたら彼女を娶ろうと思って、雪の降る間ずっと、お花を口説く手立てを考えていた。髪を整えるとか、姿勢を正すとか、香をつけるとか、あの子を手に入れるために策をねったものだ。あのときは楽しかったと、冬が来るたび悲観にくれた」
「いまはどうだ」
「お花が果てしなく恋しいのは、変わらぬ」
重蔵は寒空へ煙を吹き、
「だが、昨晩は辛くなかった」
整った横顔に切ない微笑を浮かべた。
「俺はもっぺん、やってもいいぜ」
「たわけ。町方与力ほど待遇のよい仕事はなかろう。ぐうたらしないで、勤めてまいれ」
町方自体の手当は雀の涙ほどもないが、町奉行所や与力個人へ宛てた付け届けが、生活を潤してくれる。
決まった役目も手当もない御家人の重蔵には、さぞ羨ましかろう。
「まだ出仕まで時間はある。早起きしちまったことだし、しばらくは、この雪景色でも楽しもうじゃねえか」
馴れ馴れしく肩を抱いた。
普段なら、女のように扱うのを嫌がる重蔵だが、今日は珍しく左近を拒まない。
重蔵は紅潮した顔を襟に隠していた。
「よさんか」
弱々しく虚勢を張る重蔵の美貌が、左近の琴線に触れた。
「……また寂しくなったら、いつでも言ってくれていいぜ。なんたって、竹馬の友の頼みだからよ」
重蔵の冷えた耳を撫でてやり、頼もしい兄貴肌の面持ちになる。
その腹の中には、鎮火の寸前にあった恋心が再び燃え上がっていた。
重蔵は死ぬまでお花を想うつもりであろうが、左近の知る限り、情交の快楽で片想いを忘れる者は多い。
重蔵との情夜は一度きりで終わらぬ。左近はそう確信していた。
(奪ってやるよ)
黄泉にいるお花へ、無言のうちに挑む。
庭木に積もる雪塊がひとつ、音を立てて落ちた。
【おわり】
雪景色に弾かれた陽光が、薄く寝間に差し込んでくる。
左近は裸体を震え上がらせる。脱いだ着流しで身を包んでいると、隣に重蔵の姿がないのに気がついた。
寝間の襖を開けたさきには、一面を雪に覆われた小さな庭がある。庭畑に積もった雪の下から、大根葉が顔をのぞかせている。
ささやかな雪景色を一望できる縁側で、重蔵は煙管を一服していた。
「冬になると、よくお花を思い出していた」
静かに告げた。
「冬が明けたら彼女を娶ろうと思って、雪の降る間ずっと、お花を口説く手立てを考えていた。髪を整えるとか、姿勢を正すとか、香をつけるとか、あの子を手に入れるために策をねったものだ。あのときは楽しかったと、冬が来るたび悲観にくれた」
「いまはどうだ」
「お花が果てしなく恋しいのは、変わらぬ」
重蔵は寒空へ煙を吹き、
「だが、昨晩は辛くなかった」
整った横顔に切ない微笑を浮かべた。
「俺はもっぺん、やってもいいぜ」
「たわけ。町方与力ほど待遇のよい仕事はなかろう。ぐうたらしないで、勤めてまいれ」
町方自体の手当は雀の涙ほどもないが、町奉行所や与力個人へ宛てた付け届けが、生活を潤してくれる。
決まった役目も手当もない御家人の重蔵には、さぞ羨ましかろう。
「まだ出仕まで時間はある。早起きしちまったことだし、しばらくは、この雪景色でも楽しもうじゃねえか」
馴れ馴れしく肩を抱いた。
普段なら、女のように扱うのを嫌がる重蔵だが、今日は珍しく左近を拒まない。
重蔵は紅潮した顔を襟に隠していた。
「よさんか」
弱々しく虚勢を張る重蔵の美貌が、左近の琴線に触れた。
「……また寂しくなったら、いつでも言ってくれていいぜ。なんたって、竹馬の友の頼みだからよ」
重蔵の冷えた耳を撫でてやり、頼もしい兄貴肌の面持ちになる。
その腹の中には、鎮火の寸前にあった恋心が再び燃え上がっていた。
重蔵は死ぬまでお花を想うつもりであろうが、左近の知る限り、情交の快楽で片想いを忘れる者は多い。
重蔵との情夜は一度きりで終わらぬ。左近はそう確信していた。
(奪ってやるよ)
黄泉にいるお花へ、無言のうちに挑む。
庭木に積もる雪塊がひとつ、音を立てて落ちた。
【おわり】
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