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1話 【間男(まおとこ)】
【間男】③
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屋根を打つ雨粒の音は鳴り止まない。この禍々しい雨音に抱きすくめられると、不思議と気分は高揚した。
雨の日は皆が不安になる。
雨雲に覆われた薄暗い景色、雨粒の激しい音、人を家屋に押し込める水の檻が、外出を阻む。
習い事へ行く姉たちも、昼見世へ遊びに出る兄たちも、父も母も、激しい雨の日にだけは忠弥と同じ屋敷の中にいる。
そんなときに風邪でもひくと、なぜだか母や兄弟は少し心配してくれて、忠弥だけにとくべつ、滋養によいものをこしらえてくれた。
「はーっ、はーっ……」
深い息を繰り返しながら、蕩けた腰をゆっくりと床に下ろした。房事が終わっても身体の奥底はいまだに痙攣し、行為の余韻を噛み締めている。
忠弥はじっとりと湿った床の上に横たわりながら、雨音に耳をすまして休んでいた。
初めは女も知らぬ童子のようだったのに、ここのところは良次にも欲がでてきて、満足するまで全力で抱かれる。
「雨、強くなってきちまった」
良次は困り果てた顔で外を見ると、脱いでいた着物で忠弥を包んだ。
「忠弥さんは、まだ立てそうにねえか」
「少し休む」
「ん、分かった。夕飯がまだだから、なにか食べようぜ」
「……なにがある」
「卵。おかずにしようか粥にしようか迷っててさ、どっちがいい?」
「今日は冷える、粥にしてくれ」
「うん」
良次は嫌な顔ひとつせず、せっせと水を張った鍋に鰹節を放り込んだ。
健気に卵を攪拌するのじっと眺め、忠弥は懐を熱くした。
生家ではいつだって、兄や姉達の希望が兄弟の総意にされ、忠弥の好きにできたことはない。
だが、たった一度だけ、風邪に倒れた日には望んだものを食べられた。
人の心が自分に寄り添ってくる温もりを、忠弥は忘れられない。
自分のために命を差し出せるほどの、熱烈な愛情を求めるうちに、妾奉公に走るようになった。
ただ、ここ最近は良次の存在だけが、忠弥の中で少しずつ膨らみつつある。
良次の居候になって二年はする。たいていの男なら、時が経つと身体に飽きてくるか、自分のものだと確信して振る舞いが雑になるものだ。
ところが、良次は今なおも純朴に忠弥を求め、相惚れの妻へするように世話を焼く。
はじめこそ、白々しくも見えたその姿が、今では愛おしくもなり始めた。
いつかは飽きられるだろうと覚悟するのも、この頃は怖くなっている。
「良次」
忠弥は後ろから良次を抱きすくめた。
「わっ」
仰天した良次に寄りかかって顔を拝んでみると、頬が紅潮していた。
「顔が赤いぞ」
「そりゃあ、忠弥さんさ……後ろから急に抱きつかれちゃあ、びっくりするぜ」
「赤くなることもあるまい。今のお前なら好きな時に、俺をどうにだってできる」
鼻先で細く笑んだ。
(この透き通った情欲が、いつまでも俺に向いていればいいものを)
忠弥は汗ばんだ赤い頬に手を這わせた。
【おわり】
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