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第三章 桜の下で伝えた
第77話
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テストはいつも通りの出来だった。数学の唯一難しい問題も説明不足で減点があるかもしれないが一応答えまでは導き出せたし英語もおそらく満点だと思う。全教科で平均九割七分くらいはいってそうだ。
蘭々も「今回めっちゃ頑張ったからいつもの二倍は取れた気がする」と嬉しそうに言っていたので七割は堅い。
ちなみに美月は保健室での受験が許されていた。白雪先生は保健室の仕事があるので毎時間違う先生が目の前に座って美月が試験を受ける様子を見ていたそうで、緊張感が半端なかったとか。
それでもテストの解け具合はいつも通りらしく、授業中に先生が言っていた重要なポイントなどを秋山君がしっかりメモをして教えてくれたのも大きかったらしい。
テスト後、日夏さんとの約束の図書室に向かう前に美月の顔を見に行ったときに秋山君もプリントを届けに来ていて、そのことについてお礼を言われていた。照れながらプリントを渡すとすぐにどこかに行ってしまった様子を見るにまだ少し未練は残っているようだ。
図書室のカウンター席に大きなポニーテールが特徴的な日夏さんを見つけた。まだ制服を着ているので卒業生という感じはあまりない。
テストも終わって解放感に満ち溢れている生徒が図書室に寄りつくこともなく、司書の先生と日夏さんの二人きりだったようで、私が入ると日夏さんはすぐに気がついた。読んでいた本を閉じて立ち上がり、小さく手を振っている。
大学に合格した安心と喜びが顔から少しにじみ出ているようにも見えた。
「やあ、悪いね。呼び出したりなんかして」
「いえ、私も一度挨拶したかったですし。卒業式の日は探したんですけど会えなくて」
「あーあのときは後期試験に向けて勉強しなきゃって思ってすぐ帰っちゃったからね。なんとか受かってひと安心だよ」
「おめでとうございます。すごいです、本当に」
「いやいや、詩織ちゃんが応援してくれたおかげだよ」
そう言うと日夏さんは目を伏せた。にこやかだった表情が真剣なものに変わる。本題が始まる。
「今日詩織ちゃんをここに呼んだのはアタシのわがままのためなんだ」
「わがまま、ですか?」
「アタシは部活では何回も全国大会に連れて行ってもらって、勉強ではこの学校ではかなり上澄みの公立大学に合格して、素敵な彼氏もいて、高校生として欲しいものをすべて手に入れたと思ってた。でも心残りが二つあったんだ」
「二つ?」
「一つは同い年の同性の友達。詩織ちゃんにとっての美月ちゃんみたいな存在がいないこと。詩織ちゃんに嫌がらせがあったときに君たち二人の仲の良さは伊織から聞いてた。羨ましかったよ」
「そんな風に言われるとちょっと恥ずかしいです」
伊織が私たちの仲をどんな風に紹介したのかは分からないが、日夏さんのような人から羨ましいなどと言われるとものすごく嬉しい。
ふと思い出した。バスケ部のマネージャーは一学年二人いたはずだ。その人とは三年間苦楽を共にしてきただろうし、大事な友人ではないのだろうか。
それを聞こうとする前にその答えは日夏さん自身の口から打ち明けられた。
「最初は同じ学年にマネージャーがもう一人いたんだけどね。私へのいじめに加担して退学になっちゃった。それまでは結構仲良かったんだけど今は連絡も取ってない」
「そうだったんですか……」
「まあこっちの心残りはもういいんだ。大学で親友を作って取り返すからさ。本題はもう一つの方」
それは大学に行ってからでは取り返すことができない心残りだ。高校生のうちのやり遂げておかないといけないこと。
「詩織ちゃんのこと、ちゃんと見届けられてない」
そう言って日夏さんは微笑んでカウンター席に座り直し、私も隣に座るように促した。
座りながら私は尋ねた。
「私のことですか?」
私と真人君のことだというのは分かっている。今になって思い返してみれば日夏さんと初めて会った日に最後に伊織としていた会話はいじめのことではなくてこのことだったのだと思う。伊織は私のことも真人君のことも上手くやろうとしていたけれど、うまくいかなかったのだ。
「私のこと考えてくださるのは嬉しいですけど、私は日夏さんにとって部活の後輩の妹ってだけなのに、どうして心残りだなんて……」
「確かにそうだけど部活の後輩である真人のことでもあるし、いじめの経験が他人とは思えなかったし、なんか可愛いし、何より私も共犯だから。真人のこと知ってて黙ってた」
「それは仕方ないですよ。そもそも日夏さんと知り合ったのだって偶然と言えば偶然なんですし」
「でも言うチャンスはなくはなかった……まあとにかくさ、これは私のわがままだから付き合ってよ。困ってる後輩を助けてあげたいんだ。そうしないと気持ちよく高校生活を終わらせられない」
日夏さんは優しく包み込むような声色でそう言いながら私の頭を撫でる。申し訳ないことだがお母さんみたいだと思ってしまった。私が第一志望の高校に落ちたと知って泣いているときに慰めてくれたお母さんに似ている。
「分かりました。ほんとは私も日夏さんに相談に乗ってもらえたらって思っていたので、よろしくお願いします」
「うん、素直でよろしい。さて、実は入試の次の日に伊織から現状は聞いていてね。真人が八月からアメリカに行くって知った詩織ちゃんはどうしていいか分からなくなっちゃって何も話せなくなって、真人とも伊織とも気まずくなっちゃってるってことで間違いない?」
「はい」
「話を聞いてどう思ったのか、言葉にできる?」
「あと半年しか一緒にいられなくて悲しいとか、なんでもっと早く言ってくれなかったんだろうとかですかね。言い出せなかったんだろうなってことは分かるつもりなんですけど」
「それから三週間くらいたったけど、気持ちの整理はどのくらいついた?」
「色んな人に応援してもらって、思ってること全部言ってみようって思うようになりました。あとは私はバレンタインの日に告白するつもりだったのでそれをやり直して、彼女にしてくださいって言おうと思ってます」
「なんだ、アタシの助けなんていらないくらいじゃない。言いたいこともやりたいことも決まってるならあとは頑張って伝えるだけだよ」
「それが、なかなか決心がつかなくて」
「そっか。何か引っかかってるものでもあるのかな?」
「半年後、いえもう五ヶ月後には真人君がいなくなっちゃうことがやっぱり……」
「まあ、そうだよね……」
「あの日まで言ってくれなかったこととか、告白すらさせてもらえなかったこととかは色々理由があったんだろうなって思って折り合いはつけられたんですけど……」
「五ヶ月後にいなくなることは確定事項だもんね。誰のどんな視点で見ても、いくら好意的に解釈しても、真人がアメリカに行くことは変わらない、か」
三週間の間で色々なことを考えた。感情を屁理屈で押さえつけている部分もある。感情は抑えられても日夏さんの言う通り事実は変えられない。
「なるほどね。じゃあその引っかかりをどうにかできたらアタシの心残りもなくなるってことだ」
蘭々も「今回めっちゃ頑張ったからいつもの二倍は取れた気がする」と嬉しそうに言っていたので七割は堅い。
ちなみに美月は保健室での受験が許されていた。白雪先生は保健室の仕事があるので毎時間違う先生が目の前に座って美月が試験を受ける様子を見ていたそうで、緊張感が半端なかったとか。
それでもテストの解け具合はいつも通りらしく、授業中に先生が言っていた重要なポイントなどを秋山君がしっかりメモをして教えてくれたのも大きかったらしい。
テスト後、日夏さんとの約束の図書室に向かう前に美月の顔を見に行ったときに秋山君もプリントを届けに来ていて、そのことについてお礼を言われていた。照れながらプリントを渡すとすぐにどこかに行ってしまった様子を見るにまだ少し未練は残っているようだ。
図書室のカウンター席に大きなポニーテールが特徴的な日夏さんを見つけた。まだ制服を着ているので卒業生という感じはあまりない。
テストも終わって解放感に満ち溢れている生徒が図書室に寄りつくこともなく、司書の先生と日夏さんの二人きりだったようで、私が入ると日夏さんはすぐに気がついた。読んでいた本を閉じて立ち上がり、小さく手を振っている。
大学に合格した安心と喜びが顔から少しにじみ出ているようにも見えた。
「やあ、悪いね。呼び出したりなんかして」
「いえ、私も一度挨拶したかったですし。卒業式の日は探したんですけど会えなくて」
「あーあのときは後期試験に向けて勉強しなきゃって思ってすぐ帰っちゃったからね。なんとか受かってひと安心だよ」
「おめでとうございます。すごいです、本当に」
「いやいや、詩織ちゃんが応援してくれたおかげだよ」
そう言うと日夏さんは目を伏せた。にこやかだった表情が真剣なものに変わる。本題が始まる。
「今日詩織ちゃんをここに呼んだのはアタシのわがままのためなんだ」
「わがまま、ですか?」
「アタシは部活では何回も全国大会に連れて行ってもらって、勉強ではこの学校ではかなり上澄みの公立大学に合格して、素敵な彼氏もいて、高校生として欲しいものをすべて手に入れたと思ってた。でも心残りが二つあったんだ」
「二つ?」
「一つは同い年の同性の友達。詩織ちゃんにとっての美月ちゃんみたいな存在がいないこと。詩織ちゃんに嫌がらせがあったときに君たち二人の仲の良さは伊織から聞いてた。羨ましかったよ」
「そんな風に言われるとちょっと恥ずかしいです」
伊織が私たちの仲をどんな風に紹介したのかは分からないが、日夏さんのような人から羨ましいなどと言われるとものすごく嬉しい。
ふと思い出した。バスケ部のマネージャーは一学年二人いたはずだ。その人とは三年間苦楽を共にしてきただろうし、大事な友人ではないのだろうか。
それを聞こうとする前にその答えは日夏さん自身の口から打ち明けられた。
「最初は同じ学年にマネージャーがもう一人いたんだけどね。私へのいじめに加担して退学になっちゃった。それまでは結構仲良かったんだけど今は連絡も取ってない」
「そうだったんですか……」
「まあこっちの心残りはもういいんだ。大学で親友を作って取り返すからさ。本題はもう一つの方」
それは大学に行ってからでは取り返すことができない心残りだ。高校生のうちのやり遂げておかないといけないこと。
「詩織ちゃんのこと、ちゃんと見届けられてない」
そう言って日夏さんは微笑んでカウンター席に座り直し、私も隣に座るように促した。
座りながら私は尋ねた。
「私のことですか?」
私と真人君のことだというのは分かっている。今になって思い返してみれば日夏さんと初めて会った日に最後に伊織としていた会話はいじめのことではなくてこのことだったのだと思う。伊織は私のことも真人君のことも上手くやろうとしていたけれど、うまくいかなかったのだ。
「私のこと考えてくださるのは嬉しいですけど、私は日夏さんにとって部活の後輩の妹ってだけなのに、どうして心残りだなんて……」
「確かにそうだけど部活の後輩である真人のことでもあるし、いじめの経験が他人とは思えなかったし、なんか可愛いし、何より私も共犯だから。真人のこと知ってて黙ってた」
「それは仕方ないですよ。そもそも日夏さんと知り合ったのだって偶然と言えば偶然なんですし」
「でも言うチャンスはなくはなかった……まあとにかくさ、これは私のわがままだから付き合ってよ。困ってる後輩を助けてあげたいんだ。そうしないと気持ちよく高校生活を終わらせられない」
日夏さんは優しく包み込むような声色でそう言いながら私の頭を撫でる。申し訳ないことだがお母さんみたいだと思ってしまった。私が第一志望の高校に落ちたと知って泣いているときに慰めてくれたお母さんに似ている。
「分かりました。ほんとは私も日夏さんに相談に乗ってもらえたらって思っていたので、よろしくお願いします」
「うん、素直でよろしい。さて、実は入試の次の日に伊織から現状は聞いていてね。真人が八月からアメリカに行くって知った詩織ちゃんはどうしていいか分からなくなっちゃって何も話せなくなって、真人とも伊織とも気まずくなっちゃってるってことで間違いない?」
「はい」
「話を聞いてどう思ったのか、言葉にできる?」
「あと半年しか一緒にいられなくて悲しいとか、なんでもっと早く言ってくれなかったんだろうとかですかね。言い出せなかったんだろうなってことは分かるつもりなんですけど」
「それから三週間くらいたったけど、気持ちの整理はどのくらいついた?」
「色んな人に応援してもらって、思ってること全部言ってみようって思うようになりました。あとは私はバレンタインの日に告白するつもりだったのでそれをやり直して、彼女にしてくださいって言おうと思ってます」
「なんだ、アタシの助けなんていらないくらいじゃない。言いたいこともやりたいことも決まってるならあとは頑張って伝えるだけだよ」
「それが、なかなか決心がつかなくて」
「そっか。何か引っかかってるものでもあるのかな?」
「半年後、いえもう五ヶ月後には真人君がいなくなっちゃうことがやっぱり……」
「まあ、そうだよね……」
「あの日まで言ってくれなかったこととか、告白すらさせてもらえなかったこととかは色々理由があったんだろうなって思って折り合いはつけられたんですけど……」
「五ヶ月後にいなくなることは確定事項だもんね。誰のどんな視点で見ても、いくら好意的に解釈しても、真人がアメリカに行くことは変わらない、か」
三週間の間で色々なことを考えた。感情を屁理屈で押さえつけている部分もある。感情は抑えられても日夏さんの言う通り事実は変えられない。
「なるほどね。じゃあその引っかかりをどうにかできたらアタシの心残りもなくなるってことだ」
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