春、桜咲く

高鍋渡

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第三章 桜の下で伝えた

第74話

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「そんな簡単なことで良いのか?それなら、そうだな……結局春咲はどうしたいの?って思うかな」

「それが分かってたらこんな相談しないよ」

「それもそうだな。じゃあ、なんで真人を呼び出したんだ? 真人から話を聞く前はどうしたいか決まってたんだろ?」

 真人君から話を聞く前は告白するつもりでいた。一番出来の良かったチョコレートを渡して、好きという気持ちを私の持ち得る全ての語彙力を駆使して伝えて、交際を申し込むつもりだった。でもできなかった。

 このことを伝えると秋山君は「それでいいじゃん」と呆れたような表情になる。

「言えば良かったじゃん。アメリカに行くまでで構わないから彼女にしてって。そもそもそのつもりだったんじゃないの? 真人とあんだけ仲良くしておいて真人がアメリカでバスケのプロになりたいって思ってることを知らなかったわけはないだろ?」

「それは、まあそうだけど。大学からアメリカに行くと思ってたから、あと二年もあるからそれまでに、こう、なんて言うか……将来を誓い合えるくらいの仲になってそのうち私も真人君を追いかけてアメリカに行くか、日本に戻ってきてもらうかしようかなって思ってた。でも八月にはいなくなっちゃうって分かったらショックで、何も考えられなくなっちゃった」

「二年が半年になっただけだろ? 頑張れよ」

「そう簡単に言わないでよ……」

 秋山君は私の考えに対して結構辛辣に直球で返してくる。余計な気を遣わないでと言ったのは私なので仕方がないことだが、さすがにもう少し手心というものが欲しい。

「俺が春咲の立場なら言うよ。自分の気持ちを言わないままにしておくなんてもったいない」

「美月に気持ち伝えられなかったくせに……あ、ごめん」

 しまった。秋山君の言葉が心にチクチク刺さっていたせいかつい反撃してしまった。傷心であるにも拘らず相談に乗ってくれているのに申し訳ない。

 秋山君は怒るそぶりも見せず「まあな」と言いながら自嘲気味に笑う。

「両想いの相手がいるって知ってしまった以上もう言えない。俺はそれを後悔してる。同じ結果になったとしても気持ちを伝えておけば良かったってな。だからこそ、今お前と同じ立場になったとしたら絶対に自分の気持ちを伝えるんだ。後悔したくないからな」

 自信に満ちた表情でそう言い切り、しっかりと箸を置いてから腕を組んだ姿を私に見せつける秋山君はいつもより少しだけ大きく見える。蘭々の言っていた通りだ。秋山君は切り替えも立ち直りも早い。

「俺は春咲の性格とか過去とか夢とか知らないからこれくらいしかアドバイスはできないけど、どうしたいかなんて最初から決まってたんだからそれをやればいいじゃん。やらない後悔よりやる後悔ってよく言うだろ? まあ真人なら後悔させるようなことはしないよ、きっと。あいつもずっと言わなかったことを後悔して、春咲のこと色々悩んで考えてたし、次にちゃんと話したときにはなんとかなるよ」

 私の悩んでいることなんて気にすることなく放たれた秋山君の言葉はたまに心の中の痛いところにぶつかりはするけれど、同時にもやもやした部分も取り払ってくれた。

 私は真人君の彼女になりたかった。そして、いつかはその先の関係にも……。それは告白すると決めたときから今この瞬間まで変わっていない。色々なことを考えすぎて見えなくなってしまっていただけだった。

「秋山君、ありがとう」

 素直にそう思えた。

 すでにお昼ご飯を食べ終え、片付けも終わっている秋山君は左手で頬杖をつきながら少しだけ私を上から見るような視線を送ってきた。いわゆるドヤ顔というやつだ。

「どうよ、俺のアドバイス」

「そのドヤ顔がなければ完璧かも」

「素直なんだかそうじゃないんだか、そういうところ伊織にそっくりだ。ま、頑張れよ。お礼は出世払いで良いから」

「何それ。私そんなに出世しないと思うよ」

「真人がそのうち何百億って稼ぐだろ。そんときにそれはもう豪華なお返しをよこせよ。資産の一割分くらい。期待してる」

 これに対して私が言葉を返す前に秋山君は空のお弁当箱を持って席を立ち、そのまま保健室を出て行ってしまった。「贈与税とかすごいと思うよ」などという私のつまらない返しの言葉は、私以外誰もいない空間にむなしく響いた。

 それから十分ほどが経ち、残りのお弁当を食べ終えたところで保健室の来客も落ち着いたらしく、白雪先生が奥のスペースに入ってきてさっきまで秋山君が座っていた椅子に座った。

「高雄は割といい奴だよね」

 一瞬高雄って誰だ? と思ったがそういえば秋山君の下の名前だと思い出した。蘭々がいつもカカオというあだ名で呼んでいるので勝手に秋山カカオ君だと思い込んでしまっていた。本人には言えない。

「そうですね。初めて会ったときはなんか苦手な感じだったけど仲良くなれそうです」

「へえ、随分と気に入ってるんだね。よっぽど良い話をしてくれたの?」

「それもありますけど、同志なので」

「同志?」

「美月のことが大好きな同志です」

「ああ、そういうこと」

 先生は特に驚きはしない。美月のために毎日のように保健室にプリント類を届けに来る秋山君を見ているからとっくに気持ちには気づいていたのだろう。

「先生も同志になりませんか? 美月大好きクラブです」

「え? 美月は良い子だと思うけどそういうのはちょっと……」

「そうですか……」

 残念、顧問の先生が欲しかったのに。

 昼休み終了五分前のチャイムが鳴り保健室から出ようとした際、ふと窓の方を見るとグラウンドに人がいるのが見えた。

 ジャージを着た数人の男子生徒がサッカーボールを蹴っているが、遊びというよりは真剣な練習のように見える。その中には一際小さな体の秋山君もいた。チャイムを聞いて校舎の方に引き上げ始めている。

「高雄は時間があればああやって練習してるよ」

「でも、部活は辞める七割くらいで考えてるって。まだ決めてないとは言ってたけどこんな隙間時間にも練習するなんて本当は続けたいのかな」

「本気で好きだから諦めきれないんだよ。嫌なことがあっても、思うようにいかなくてもそう簡単に好きな思いは断ち切れない。詩織もそうでしょ?」

「そう、ですね」

 その通りだ。私は真人君のことが本気で好きだからこんなに悩んでいるんだ。

 わずかに見えた秋山君の表情はとても楽しそうに見えた。私も真人君の前でもう一度あんな風に笑えるように、頑張りたいと思う。
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