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第三章 桜の下で伝えた
第57話
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ほどなくして真人君と伊織が戻ってくる。
美月が伊織に色々なお礼ということでクッキーを手渡して微笑ましいやり取りをしているのを横目に私は真人君と向き合った。微妙に寝癖が残っているのを気にして髪の毛をいじくっている様子が可愛らしい。
本当は日夏さんみたいに真人君をしゃがませて櫛でとかしてあげるのが良いのだろうけれど、バスケ部員を始めとして部活帰りの人たちが結構周りにいる状況なのでそこまでする勇気は出ず、櫛と手鏡を貸してあげることしかできなかった。
美月は恋愛事になると肝が据わっていてすごいと思う。
「詩織さん、ありがとう」
寝癖を完全に整え終えた真人君が櫛と手鏡を差し出しながら言った。
「お疲れ様。伊織から聞いたよ、バスの中で寝てたって。昨日私と長電話しちゃったからやっぱり寝不足だったかな? ごめんね」
「そんなことないよ。詩織さんからパワーもらったからいつも以上に力を出せて活躍できたから感謝してる。でも力を使い果たしちゃったかも」
「じゃあ今度は長話せずに帰ろ。明日も学校だからちゃんと休まなきゃ」
本当はもっと話がしたい。
試合でどれくらいシュートを決めたのかとか、日夏さんと天海さんが部活にいたときの様子とか、昨日の夜に着ていたTシャツをどこで買ったのかとか、他にどんなシャツを持っているのかとか、進路をどう考えているのかとか聞きたいことは山ほどある。
でも今も少し眠たそうにしている真人君を見ていると早く家に帰して休んで欲しいと思わずにはいられなかった。
美月たちの様子を見てみると、伊織の手には美月の作ったクッキーがあって無事渡せたことが確認できた。二人とも真剣な表情をしていたので話している内容に聞き耳を立ててみるといじめの加害者への処遇についての話をしているようだった。
「美月さんがそうしたいって思って、詩織も納得しているなら俺は構わない」
そんな伊織の声が聞こえて私は安心することができて、美月が笑顔でいてくれることを何よりも嬉しく思う。
いつもの分かれ道で美月と別れ、私の家を目指して歩く。隣を歩く真人君は宿泊用の荷物が入った大きめの鞄を背負いいつも部活で使っている鞄をかごに入れた自転車を押している。
二月の夜七時前だと空はもう真っ暗で、危ないからと伊織に美月を送っていくように言ったところ私のことは真人君が送ってくれることになった。
美月との分かれ道から私の家まではたいした距離もないし疲れている真人君にそこまでしてもらうのは悪い気もしたけれど、せっかくの気遣いを無碍にするのはもっと悪い気がした。
街灯のおかげで道はそこまで暗くはないけれど、真人君の自転車の小さなライトが照らす道はいつもより安心して歩くことができた。真人君はやはり疲れているのか口数が少ない。というより私の家の場所とか必要なこと以外言葉を発しない。
でも私はこういうのも良いなと思った。変に気を遣わず自然体で沈黙も苦にならない、そんな関係になりつつあるような気がして、真人君と一緒にいるだけで心地良い。ただ隣を歩いてくれているだけで私の思いは強くなる。
小学五年生の頃から憧れていて、自分とは関わりのない遠い世界に行ってしまったと思っていた彼が、すぐそばの少し手を伸ばせば掴めるくらいの場所にいる。
彼のおかげで私の世界は広がって、色々な人と関わるようになって、自分のやるべきことが見つかって、彼は私のことを好きだと言ってくれて、彼は私を守ってくれた。
なんでも完璧でカッコいい彼にも意外と抜けてるところがあって、それがたまらなく愛おしくて、ふと寂しさを感じたときには彼の声を聞きたくなって、声を聞くと心が温かくなっていくのが分かって、私はたまらなく彼のことが好きだ。
バレンタインの日に気持ちを伝えると決めたのは自分なのに、もどかしく感じるくらい気持ちは溢れそうになる。
寒さを忘れるくらいに熱い気持ちで歩いた帰り道はあっという間で家の前に着いてしまった。
門扉のところで家に背を向けて真人君にお礼を言った。
「送ってくれてありがとう。ここ、私の家だから……」
「こちらこそ、詩織さんと一緒に歩けて良かった。それに学校に着いたとき出迎えてくれて本当に嬉しかったよ。伊織の奴、詩織さんに連絡してるなんて教えてくれなかったから」
私たちの間にしばし沈黙が流れた。また明日とか言ってすぐ後ろの家に入ればいいのに、自転車にまたがって自分の家に向かえばいいのに、私たちはただ見つめ合ったまま動かない。
私は溢れる気持ちを抑えようと必死で、真人君も何か言いたげな目で私を見ている。
「真人君、来週の水曜日の放課後、少しだけ時間もらえる? 伝えたいことがあるの」
別に今言ったって構わないのに私は意外と頑固な人間のようだ。
真人君は頷いて、うつむいて、顔を上げながら答えた。
「うん。俺も詩織さんに言わなきゃならないことがあるから、そこで伝えるね」
表情が悲しそうに見えるくらい真人君は疲れているみたいで、声も弱々しい。
「それじゃあまた明日。気をつけて帰ってね」
真人君は弱々しく手を振って帰って行った。少し心配ではあるけれどこれから休んで明日になればきっと元気な真人君に戻っているだろうし、きっと大丈夫だろう。
それよりも真人君も言いたいことがあるということは、バレンタインの日はお互いに告白し合うことになるのだと思うとドキドキしてワクワクして顔がにやけてしまって仕方がない。
駐車場にはお父さんの車があり、もうすでに帰っているようなのでこんなにやけ顔を見られたら余計な詮索をされてしまう。
私はしばらく深呼吸をしたりぼーっと空を見上げたりして心が落ち着くのを待った。今日も月は綺麗に輝いている。きっと真人君も同じ月を見ている。私たちは同じ世界にいて、この時間を共有している。
美月が伊織に色々なお礼ということでクッキーを手渡して微笑ましいやり取りをしているのを横目に私は真人君と向き合った。微妙に寝癖が残っているのを気にして髪の毛をいじくっている様子が可愛らしい。
本当は日夏さんみたいに真人君をしゃがませて櫛でとかしてあげるのが良いのだろうけれど、バスケ部員を始めとして部活帰りの人たちが結構周りにいる状況なのでそこまでする勇気は出ず、櫛と手鏡を貸してあげることしかできなかった。
美月は恋愛事になると肝が据わっていてすごいと思う。
「詩織さん、ありがとう」
寝癖を完全に整え終えた真人君が櫛と手鏡を差し出しながら言った。
「お疲れ様。伊織から聞いたよ、バスの中で寝てたって。昨日私と長電話しちゃったからやっぱり寝不足だったかな? ごめんね」
「そんなことないよ。詩織さんからパワーもらったからいつも以上に力を出せて活躍できたから感謝してる。でも力を使い果たしちゃったかも」
「じゃあ今度は長話せずに帰ろ。明日も学校だからちゃんと休まなきゃ」
本当はもっと話がしたい。
試合でどれくらいシュートを決めたのかとか、日夏さんと天海さんが部活にいたときの様子とか、昨日の夜に着ていたTシャツをどこで買ったのかとか、他にどんなシャツを持っているのかとか、進路をどう考えているのかとか聞きたいことは山ほどある。
でも今も少し眠たそうにしている真人君を見ていると早く家に帰して休んで欲しいと思わずにはいられなかった。
美月たちの様子を見てみると、伊織の手には美月の作ったクッキーがあって無事渡せたことが確認できた。二人とも真剣な表情をしていたので話している内容に聞き耳を立ててみるといじめの加害者への処遇についての話をしているようだった。
「美月さんがそうしたいって思って、詩織も納得しているなら俺は構わない」
そんな伊織の声が聞こえて私は安心することができて、美月が笑顔でいてくれることを何よりも嬉しく思う。
いつもの分かれ道で美月と別れ、私の家を目指して歩く。隣を歩く真人君は宿泊用の荷物が入った大きめの鞄を背負いいつも部活で使っている鞄をかごに入れた自転車を押している。
二月の夜七時前だと空はもう真っ暗で、危ないからと伊織に美月を送っていくように言ったところ私のことは真人君が送ってくれることになった。
美月との分かれ道から私の家まではたいした距離もないし疲れている真人君にそこまでしてもらうのは悪い気もしたけれど、せっかくの気遣いを無碍にするのはもっと悪い気がした。
街灯のおかげで道はそこまで暗くはないけれど、真人君の自転車の小さなライトが照らす道はいつもより安心して歩くことができた。真人君はやはり疲れているのか口数が少ない。というより私の家の場所とか必要なこと以外言葉を発しない。
でも私はこういうのも良いなと思った。変に気を遣わず自然体で沈黙も苦にならない、そんな関係になりつつあるような気がして、真人君と一緒にいるだけで心地良い。ただ隣を歩いてくれているだけで私の思いは強くなる。
小学五年生の頃から憧れていて、自分とは関わりのない遠い世界に行ってしまったと思っていた彼が、すぐそばの少し手を伸ばせば掴めるくらいの場所にいる。
彼のおかげで私の世界は広がって、色々な人と関わるようになって、自分のやるべきことが見つかって、彼は私のことを好きだと言ってくれて、彼は私を守ってくれた。
なんでも完璧でカッコいい彼にも意外と抜けてるところがあって、それがたまらなく愛おしくて、ふと寂しさを感じたときには彼の声を聞きたくなって、声を聞くと心が温かくなっていくのが分かって、私はたまらなく彼のことが好きだ。
バレンタインの日に気持ちを伝えると決めたのは自分なのに、もどかしく感じるくらい気持ちは溢れそうになる。
寒さを忘れるくらいに熱い気持ちで歩いた帰り道はあっという間で家の前に着いてしまった。
門扉のところで家に背を向けて真人君にお礼を言った。
「送ってくれてありがとう。ここ、私の家だから……」
「こちらこそ、詩織さんと一緒に歩けて良かった。それに学校に着いたとき出迎えてくれて本当に嬉しかったよ。伊織の奴、詩織さんに連絡してるなんて教えてくれなかったから」
私たちの間にしばし沈黙が流れた。また明日とか言ってすぐ後ろの家に入ればいいのに、自転車にまたがって自分の家に向かえばいいのに、私たちはただ見つめ合ったまま動かない。
私は溢れる気持ちを抑えようと必死で、真人君も何か言いたげな目で私を見ている。
「真人君、来週の水曜日の放課後、少しだけ時間もらえる? 伝えたいことがあるの」
別に今言ったって構わないのに私は意外と頑固な人間のようだ。
真人君は頷いて、うつむいて、顔を上げながら答えた。
「うん。俺も詩織さんに言わなきゃならないことがあるから、そこで伝えるね」
表情が悲しそうに見えるくらい真人君は疲れているみたいで、声も弱々しい。
「それじゃあまた明日。気をつけて帰ってね」
真人君は弱々しく手を振って帰って行った。少し心配ではあるけれどこれから休んで明日になればきっと元気な真人君に戻っているだろうし、きっと大丈夫だろう。
それよりも真人君も言いたいことがあるということは、バレンタインの日はお互いに告白し合うことになるのだと思うとドキドキしてワクワクして顔がにやけてしまって仕方がない。
駐車場にはお父さんの車があり、もうすでに帰っているようなのでこんなにやけ顔を見られたら余計な詮索をされてしまう。
私はしばらく深呼吸をしたりぼーっと空を見上げたりして心が落ち着くのを待った。今日も月は綺麗に輝いている。きっと真人君も同じ月を見ている。私たちは同じ世界にいて、この時間を共有している。
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