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第二章 桜の下で誓った
第41話
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翌日、天気は快晴、寝起きは良い。寝癖も整えて制服の着こなしもばっちり。朝ごはんをご馳走になった上に、私のお弁当箱にも美月と同じ内容のお昼ご飯を詰めてもらって、美月の両親に見送られながら私と美月は萩原家を出た。
久しぶりに外に出たと言う美月は眩しそうに太陽を見つめながらも爽やかな表情をしている。伊織はすでに自転車を傍らに置いて門のところで待機していた。私は美月の手を握って歩き出す。
「おはよう、眠れたか?」
「うん、おはよう」
「お、おはよう、伊織君」
「詩織、手を繋ぐのは良いけど、転んで美月さんを道連れにするなよ」
「大丈夫。転んでも雪がクッションになるから」
そんなくだらないやり取りをしながら、初めての通学路を歩いた。美月が今まで家を出ていた時間よりもかなり早く出たのは、昨日の大雪で道路に大量に雪が積もって歩きづらいのも一因ではあるが美月の足取りが重いからでもある。
私が手を握っていないと美月は立ち止まってしまいそうなほどの歩みだった。
引っ張っていかないといけない。それは伊織の役割だ。
「伊織」
「ん?」
「手、握って」
「え? あ、ああ」
そう言って伊織は私が美月と繋いでいない方の手を握る。美月の手を、と言わなかった私も悪いがもう少し察してもらいたいものだ。
「私のじゃなくて、美月の手。私より伊織の方が引っ張るのに向いてそうだから」
「ええ……」
伊織は美月の顔を伺いながらおずおずと美月の空いている手の周辺に自分の手を近づける。美月も美月で私の突然の提案にドギマギしながら近づいた伊織の手に自分の手をさらに近づけたり遠ざけたりを繰り返している。
結局二人に手を繋がせることはうまくいかなかったけれど、いつかの私みたいに美月は伊織のコートの袖を掴み、伊織も歩調を美月に合わせてくれて、奇妙な形で三人で繋がりながら学校に向けて積もる雪の中を歩いた。
「頑張ろうね、美月」
見慣れた校舎は美月の目にはどう映っているのだろうか。いつの間にか嫌な思い出でいっぱいになってしまった学校に再び戻ってくる決意をした美月はどれだけの勇気を振り絞ったのだろう。
美月は校門の前で立ち止まり、大きく深呼吸をしてから その一歩を踏み出した。私と伊織は両脇を固めて昇降口までの道を一緒に歩いた。
いくつか視線を感じて、私と繋いでいる美月の手に力が入る。伊織のコートの袖を掴んでいた右手でいつの間にか心臓の辺りを抑えていて、息も荒くなり汗もかいている。
じろじろと私たちを見る視線に明確な悪意は感じないが、好奇の目に晒されてかすかにひそひそ話が聞こえてくるのは私だって気分が良いものではない。ずっと嫌がらせを受けてきた美月はなおのことで、今、かなり無理をしているに違いない。
それでもなんとか昇降口までたどり着いた美月を私たちは教室ではなく保健室に連れて行った。今の状態で教室に連れて行ったら美月がどうにかなってしまうと判断したからだ。
「少し休んでいきな、担任は堀ちゃんだよね?連絡しとく」
養護教諭の白雪先生がそう言って美月をベッドに寝かせて、ベッドを隠すように設置されたカーテンを閉めた。そして自分は机に備え付けの椅子に座り、私と伊織にも小さな丸椅子を差し出して座るように促した。
「あなたたちの噂というか色々な話は先生たちの間でも話題になっていてね。早くどうにかしなきゃねって皆で話しているんだよ……ごめんね、ちょっと言い訳っぽいよね。実際にあんなに苦しんでいる子がいるのに何もできていない」
私たちと向かい合った白雪先生は申し訳なさそうに眉を下げた。
私に対して行われていた行為が美月にも波及していることを把握自体はしていたが決定的な証拠がなく、美月に話を聞こうとした矢先に欠席が続いてしまったため全容の解明が全くできていないとのことだった。
多分、先生たちに全く相談しなかった私たちも悪いのかもしれないけれど白雪先生はそのことを責めることはせずに「良かったら話してくれない?」とフランクに聞いてきた。
白雪先生は若くて色白で美人な女性で、生徒と歳も近くて話をしやすいと評判で男女問わず人気の先生だ。苗字と可憐な容姿からついたあだ名は白雪姫。一年二組の担任の堀先生とは同い年で仲が良く美月のこともきっと色々と聞いているに違いない。
私は今まで白雪先生とはほとんど話したことがなかったけれど、話しやすいという評判は嘘だと思った。白雪先生の瞳を見ていると自然と口が開いてなんでも話してしまいそうになる。そんな不思議な魔力を持っている人だった。
話しやすいのではなく、話してしまう。保健室の独特な香りも相まって現実とは違う空間に引き込まれたような感覚になる。
「最初は私が嫌がらせを受けていたんです。でも皆が守ってくれて、そうしたらいつの間にか美月がいじめられるようになっていて……」
私はこれまでの経緯を話した。美月が何をされてどれほど苦しんでいたのかの全てだ。白雪先生はたまにメモを取りながらも私の目をじっと見つめて真剣に話を聞いてくれた。話を大方終えたとき伊織が口を開いた。
「先生、この話を他の先生と共有するのは少し待ってくれませんか?」
「どうして?」
心底不思議そうな表情で白雪先生が伊織を見る。私はなんとなく伊織の考えが分かった。この話が他の先生にも広がれば学年集会なんかが開かれて、形式的に注意されて、表面上は解決するかもしれない。
でもそれでは本当の意味で解決にはならず、火種が残り続けてしまう。中途半端な火消しはむしろ後でもっと大きな大炎上を生んでしまう危険がある。
もう絶対に美月や私に嫌がらせをしないと心の底から思わせるためには、加害者を捕まえて見せしめのように処分を受けさせるしかない。
「考えてることがあって……明日にはなんとかするので、週明けまでは先生だけの秘密にしておいてください」
伊織が椅子から立ち上がって白雪先生に頭を下げた。私もそれに合わせて立ち上がって頭を下げる。頭を上げると白雪先生は私たちを怪訝そうに見つめていた。
「考えてることね……春咲伊織、君はバスケ部だったよね。バスケ部って明日は学校にいないはずでしょ? それなのに明日にはなんとかするって、いったい何をするつもり?」
「それは……監督にはちゃんと話していますし、悪いことはしませんから」
「答えになってないけど……まあいいわ。あなたの意思を尊重して今日と明日は私だけの秘密に留めておくから。週明けには他の先生に言うからね? あと、危ないことはしないように」
美月のことは心配だったけれど、白雪先生が「私が見ておくから」と言って私たちは自分の教室に向かうように促すので仕方なしに教室に向かうことにした。
一組の教室に向かう途中、二組の教室を覗いてみたが特に変わった様子はない。皆がそれぞれ好き勝手な場所で気の合う友人とおしゃべりに高じている。
ゲラゲラと大笑いして、美月のことなんて誰も心配なんてしていない。美月がいてもいなくてもその光景はたいして変わらないはずなのに、美月がこの教室に入ればクラスの女子の集団意思がそれを拒むのだろう。
不純物として、不要なものとしてクラスから除外しようと動く。そこにはもはや理由はなくて、それが当たり前かのように美月は教室にいられなくなってしまったのだ。
そんなことをした女子たちと、見て見ぬふりをした男子たち。そしてこのクラス以外にもたくさんいる美月に悪口を言って嫌がらせをしている人たち。改めてそれを考えると心の奥底から怒りがふつふつと湧いてきた。
私自身も被害者であったはずなのに、美月を守りたくて助けたくて。早く行動がしたくてたまらなくなっている。
震える私の手を、途中で合流していた真人君が自分の手でそっと包み込んで抑えた。
「詩織さん、落ち着いて。気持ちは分かるけど詩織さんの役割は萩原さんを支えること」
そうだ。私が余計なことをしたら協力してくれる皆に迷惑がかかるかもしれない。もどかしくて仕方がないけれど今日は穏便に過ごすことができればそれで良い。
美月が学校に戻ってきたことができるだけ多くの人間に伝わって、行動を釣ることが目的だ。本命は明日。
久しぶりに外に出たと言う美月は眩しそうに太陽を見つめながらも爽やかな表情をしている。伊織はすでに自転車を傍らに置いて門のところで待機していた。私は美月の手を握って歩き出す。
「おはよう、眠れたか?」
「うん、おはよう」
「お、おはよう、伊織君」
「詩織、手を繋ぐのは良いけど、転んで美月さんを道連れにするなよ」
「大丈夫。転んでも雪がクッションになるから」
そんなくだらないやり取りをしながら、初めての通学路を歩いた。美月が今まで家を出ていた時間よりもかなり早く出たのは、昨日の大雪で道路に大量に雪が積もって歩きづらいのも一因ではあるが美月の足取りが重いからでもある。
私が手を握っていないと美月は立ち止まってしまいそうなほどの歩みだった。
引っ張っていかないといけない。それは伊織の役割だ。
「伊織」
「ん?」
「手、握って」
「え? あ、ああ」
そう言って伊織は私が美月と繋いでいない方の手を握る。美月の手を、と言わなかった私も悪いがもう少し察してもらいたいものだ。
「私のじゃなくて、美月の手。私より伊織の方が引っ張るのに向いてそうだから」
「ええ……」
伊織は美月の顔を伺いながらおずおずと美月の空いている手の周辺に自分の手を近づける。美月も美月で私の突然の提案にドギマギしながら近づいた伊織の手に自分の手をさらに近づけたり遠ざけたりを繰り返している。
結局二人に手を繋がせることはうまくいかなかったけれど、いつかの私みたいに美月は伊織のコートの袖を掴み、伊織も歩調を美月に合わせてくれて、奇妙な形で三人で繋がりながら学校に向けて積もる雪の中を歩いた。
「頑張ろうね、美月」
見慣れた校舎は美月の目にはどう映っているのだろうか。いつの間にか嫌な思い出でいっぱいになってしまった学校に再び戻ってくる決意をした美月はどれだけの勇気を振り絞ったのだろう。
美月は校門の前で立ち止まり、大きく深呼吸をしてから その一歩を踏み出した。私と伊織は両脇を固めて昇降口までの道を一緒に歩いた。
いくつか視線を感じて、私と繋いでいる美月の手に力が入る。伊織のコートの袖を掴んでいた右手でいつの間にか心臓の辺りを抑えていて、息も荒くなり汗もかいている。
じろじろと私たちを見る視線に明確な悪意は感じないが、好奇の目に晒されてかすかにひそひそ話が聞こえてくるのは私だって気分が良いものではない。ずっと嫌がらせを受けてきた美月はなおのことで、今、かなり無理をしているに違いない。
それでもなんとか昇降口までたどり着いた美月を私たちは教室ではなく保健室に連れて行った。今の状態で教室に連れて行ったら美月がどうにかなってしまうと判断したからだ。
「少し休んでいきな、担任は堀ちゃんだよね?連絡しとく」
養護教諭の白雪先生がそう言って美月をベッドに寝かせて、ベッドを隠すように設置されたカーテンを閉めた。そして自分は机に備え付けの椅子に座り、私と伊織にも小さな丸椅子を差し出して座るように促した。
「あなたたちの噂というか色々な話は先生たちの間でも話題になっていてね。早くどうにかしなきゃねって皆で話しているんだよ……ごめんね、ちょっと言い訳っぽいよね。実際にあんなに苦しんでいる子がいるのに何もできていない」
私たちと向かい合った白雪先生は申し訳なさそうに眉を下げた。
私に対して行われていた行為が美月にも波及していることを把握自体はしていたが決定的な証拠がなく、美月に話を聞こうとした矢先に欠席が続いてしまったため全容の解明が全くできていないとのことだった。
多分、先生たちに全く相談しなかった私たちも悪いのかもしれないけれど白雪先生はそのことを責めることはせずに「良かったら話してくれない?」とフランクに聞いてきた。
白雪先生は若くて色白で美人な女性で、生徒と歳も近くて話をしやすいと評判で男女問わず人気の先生だ。苗字と可憐な容姿からついたあだ名は白雪姫。一年二組の担任の堀先生とは同い年で仲が良く美月のこともきっと色々と聞いているに違いない。
私は今まで白雪先生とはほとんど話したことがなかったけれど、話しやすいという評判は嘘だと思った。白雪先生の瞳を見ていると自然と口が開いてなんでも話してしまいそうになる。そんな不思議な魔力を持っている人だった。
話しやすいのではなく、話してしまう。保健室の独特な香りも相まって現実とは違う空間に引き込まれたような感覚になる。
「最初は私が嫌がらせを受けていたんです。でも皆が守ってくれて、そうしたらいつの間にか美月がいじめられるようになっていて……」
私はこれまでの経緯を話した。美月が何をされてどれほど苦しんでいたのかの全てだ。白雪先生はたまにメモを取りながらも私の目をじっと見つめて真剣に話を聞いてくれた。話を大方終えたとき伊織が口を開いた。
「先生、この話を他の先生と共有するのは少し待ってくれませんか?」
「どうして?」
心底不思議そうな表情で白雪先生が伊織を見る。私はなんとなく伊織の考えが分かった。この話が他の先生にも広がれば学年集会なんかが開かれて、形式的に注意されて、表面上は解決するかもしれない。
でもそれでは本当の意味で解決にはならず、火種が残り続けてしまう。中途半端な火消しはむしろ後でもっと大きな大炎上を生んでしまう危険がある。
もう絶対に美月や私に嫌がらせをしないと心の底から思わせるためには、加害者を捕まえて見せしめのように処分を受けさせるしかない。
「考えてることがあって……明日にはなんとかするので、週明けまでは先生だけの秘密にしておいてください」
伊織が椅子から立ち上がって白雪先生に頭を下げた。私もそれに合わせて立ち上がって頭を下げる。頭を上げると白雪先生は私たちを怪訝そうに見つめていた。
「考えてることね……春咲伊織、君はバスケ部だったよね。バスケ部って明日は学校にいないはずでしょ? それなのに明日にはなんとかするって、いったい何をするつもり?」
「それは……監督にはちゃんと話していますし、悪いことはしませんから」
「答えになってないけど……まあいいわ。あなたの意思を尊重して今日と明日は私だけの秘密に留めておくから。週明けには他の先生に言うからね? あと、危ないことはしないように」
美月のことは心配だったけれど、白雪先生が「私が見ておくから」と言って私たちは自分の教室に向かうように促すので仕方なしに教室に向かうことにした。
一組の教室に向かう途中、二組の教室を覗いてみたが特に変わった様子はない。皆がそれぞれ好き勝手な場所で気の合う友人とおしゃべりに高じている。
ゲラゲラと大笑いして、美月のことなんて誰も心配なんてしていない。美月がいてもいなくてもその光景はたいして変わらないはずなのに、美月がこの教室に入ればクラスの女子の集団意思がそれを拒むのだろう。
不純物として、不要なものとしてクラスから除外しようと動く。そこにはもはや理由はなくて、それが当たり前かのように美月は教室にいられなくなってしまったのだ。
そんなことをした女子たちと、見て見ぬふりをした男子たち。そしてこのクラス以外にもたくさんいる美月に悪口を言って嫌がらせをしている人たち。改めてそれを考えると心の奥底から怒りがふつふつと湧いてきた。
私自身も被害者であったはずなのに、美月を守りたくて助けたくて。早く行動がしたくてたまらなくなっている。
震える私の手を、途中で合流していた真人君が自分の手でそっと包み込んで抑えた。
「詩織さん、落ち着いて。気持ちは分かるけど詩織さんの役割は萩原さんを支えること」
そうだ。私が余計なことをしたら協力してくれる皆に迷惑がかかるかもしれない。もどかしくて仕方がないけれど今日は穏便に過ごすことができればそれで良い。
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