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第二章 桜の下で誓った
第39話
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しばらくするとエアコンの作動するわずかな音だけが鳴っていた美月の部屋に私のお腹が鳴る音が響き渡った。時刻は十二時を回ったところだ。
「ふふっお昼にする?」
美月がほんの少しだけ笑ってくれた。美月は未だに迷いのさなかでなんの結論も出ていないけれど、少しでも元気になってくれたのなら来た甲斐はあったと言える。
美月はゆっくりと立ち上がり、お母さんがお弁当を用意してくれているから、と言ってキッチンへ向かった。私は今の美月とは片時も離れたくなくて、大丈夫だよと言う美月を無視して一緒にキッチンに向かい一緒に部屋に戻ってきた。
ベッドの下に置いてあった折り畳み式の小さなテーブルを広げてその上でそれぞれの母親に作ってもらったお弁当を食べ終えた頃、私のスマホに着信があった。時刻は十二時三十分を少し過ぎたくらいで学校は昼休みに入った時間だ。
朝にスマホを回収されているはずのうちの学校の生徒がかけてくるなんてことはありえないはずだが、かけてきたのは伊織だった。
「もしもし、伊織? なんで……?」
「大雪でもうすぐ電車が止まるらしくて午後から休校になったんだ。詩織は今なにしてる?」
「美月の家で一緒にお昼ご飯を食べたところ」
「美月さんはどんな感じ?」
「うーん、言葉ではなかなか言い表せられないから来てもらった方が早いかも」
伊織の姿を見たら美月ももう少し元気になるかもしれないという思いから半分くらいは冗談のつもりで言った一言だった。
「じゃあそうするよ。場所知らないから後で地図送ってくれ」
「え? ほんとに? 本気で言ってるの?」
まさかの即答に慌ててしまい、美月に不思議そうな顔で見つめられる。なんとなく気まずくなって、私は部屋の隅っこに移動して美月に背を向けたまま通話を続けた。
「でも大丈夫なの? 部活とか……」
「ああ、今日は全部の部活で寮生以外は活動禁止って言われた。それに詩織のことも迎えに行かないとだしな」
「迎えって、どうして?」
「いや、どうしてってなんだよ。この大雪でお前を一人で帰らせるのが不安だからだろ。それとも帰らないつもりか? 泊まるのか?」
衝動的に来てしまったため帰ることを考えていなかった。かと言って泊まるつもりもなかったが、美月が良ければ泊めてもらうのもありだ。たくさん時間を使って美月と話をすればもしかしたら学校に行くことを前向きに考えてくれるようになるかもしれない。
一旦伊織を電話口に待たせて美月と話をすることにした。食後のチョコレートを摘まむ美月はご飯を食べたからか先ほどよりも少しだけ元気になったように見える。
「ね、美月。今日、泊めてもらったりしても大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんと? ありがとう。あ、でも家族は大丈夫かな……?」
「うん。弟と同じ卓球クラブの子とかよく泊まって遅くまで一緒に練習したりしてるし、お姉ちゃんも大学の友達よく連れてくるから慣れてるの。でもうちって部屋はいっぱいあるけどだいたい物置になってて使えないから寝るのは私の部屋になるけどいい? あ、お布団はちゃんとあるよ」
全然大丈夫、むしろ美月と同じ部屋が良い。と即答して伊織との電話に戻り、今日は泊まることにしたと伝えた。
「分かった。母さんには自分で伝えられるな? じゃあ俺は一旦うちに帰ってからそっちに行くから。何か持ってきて欲しいものはあるか?」
「えっと……まず歯ブラシでしょ。部屋着と、パジャマと、あと下着も欲しい。スマホの充電器と髪をとかすための櫛と……」
「多すぎ。覚えられないからまとめてメッセージで送ってくれ。ていうか下着を俺に持ってこさせるつもりかよ。お前の部屋に侵入して下着を取って来いってか?」
「あ、うーん、緊急事態だから許す」
「勘弁してくれよ。下着は自分で何とかしろ。とにかく俺は家に向かうから一旦切るぞ。十五分後くらいにはちゃんと考えてメッセージを送っておいてくれ」
考えて、をやたらと強調して伊織は電話を切った。確かに私の部屋に抜き足差し足で侵入してクローゼットや衣装ケースを漁り、下着を頂戴していく伊織の絵面は美月には見せられない。
その他の物も合わせて美月と相談すると、よく人が泊まりにくる萩原家には新品の歯ブラシがいくつかストックしてあるし、部屋着は学校のジャージを持っていたし、パジャマは美月の物を貸してくれると言う。
下着はお母さんから何があるか分からないからいつも替えの物を持ち歩きなさいと言われていたことを思い出し、鞄の底の方に眠っていたのを救い出したので持ってきてもらう必要もなくなった。
スマホの充電器も美月の物と同型だったのでそれが使えるし、こんな私でも多少は使う女子として必要な様々な用品も一日くらいなら美月の物を借りれば良いということになり、結局伊織に持ってきて欲しいものはなくなってしまった。
【ごめん やっぱり何もいらない】
美月の家までのおおよその地図の画像と一緒にメッセージを送った。
【だからちゃんと考えろって言ったんだ ところで美月さんの家は何人いるんだ? あと甘いもの苦手じゃないか聞いてくれ】
家族の人数や甘いもの。私がお泊りするから手土産を買って来てくれるつもりだ。なんて気の利くお兄ちゃんだろうか。
本当は七人暮らしだけれどおじいちゃんとおばあちゃんが旅行に行っているので五人、甘いものが苦手な人はいないことを美月に確認して伊織にメッセージを送った。
「ねえ美月、これから伊織が来るよ」
「え?」
美月は目を丸くして立ち上がり部屋の中をうろうろと歩き始めた。いつもの美月ならキャーキャー騒ぎながら行ったり来たりするだろうが、静かにうろうろするところが今の美月の状態を表している。
「どうしよう、着替えなきゃ。髪も整えて、シャワーも浴びた方が良いかな……」
テンションこそ低めなものの恋する乙女な美月が戻ってきた。私が泊まるのは特にこれといった反応がなかったのに伊織が来るだけでこの反応。またもや私は伊織に負けてしまった。
どんな服にするか迷った挙句、むしろパジャマの方が伊織にとっては新鮮でまず見ることなのない格好だからグッとくるかもしれないという私のアドバイスを真に受けてパジャマで勝負することにした美月は、一応淡い黄色のパジャマから淡いピンクのパジャマに着替え、髪を整えて伊織を待つことにした。
「詩織、変じゃないかな? 臭くない?」
「大丈夫。可愛いし、良い匂いだよ」
こんなやり取りを続けること約四十五分。伊織から【ここだよな】というメッセージとともに萩原家の外観を撮った写真が送られてきた。
伊織の写真の萩原家の屋根や庭にはたっぷりと雪が積もっていて、電車が止まり休校になるほどの大雪であることが良く分かる。私が【そうだよ】と送ると萩原家のインターホンが鳴った。
美月と一緒に玄関に向かい、扉を開けると雪まみれになった伊織がうちの近くのケーキ屋さんの箱を持って立っていた。
「ふふっお昼にする?」
美月がほんの少しだけ笑ってくれた。美月は未だに迷いのさなかでなんの結論も出ていないけれど、少しでも元気になってくれたのなら来た甲斐はあったと言える。
美月はゆっくりと立ち上がり、お母さんがお弁当を用意してくれているから、と言ってキッチンへ向かった。私は今の美月とは片時も離れたくなくて、大丈夫だよと言う美月を無視して一緒にキッチンに向かい一緒に部屋に戻ってきた。
ベッドの下に置いてあった折り畳み式の小さなテーブルを広げてその上でそれぞれの母親に作ってもらったお弁当を食べ終えた頃、私のスマホに着信があった。時刻は十二時三十分を少し過ぎたくらいで学校は昼休みに入った時間だ。
朝にスマホを回収されているはずのうちの学校の生徒がかけてくるなんてことはありえないはずだが、かけてきたのは伊織だった。
「もしもし、伊織? なんで……?」
「大雪でもうすぐ電車が止まるらしくて午後から休校になったんだ。詩織は今なにしてる?」
「美月の家で一緒にお昼ご飯を食べたところ」
「美月さんはどんな感じ?」
「うーん、言葉ではなかなか言い表せられないから来てもらった方が早いかも」
伊織の姿を見たら美月ももう少し元気になるかもしれないという思いから半分くらいは冗談のつもりで言った一言だった。
「じゃあそうするよ。場所知らないから後で地図送ってくれ」
「え? ほんとに? 本気で言ってるの?」
まさかの即答に慌ててしまい、美月に不思議そうな顔で見つめられる。なんとなく気まずくなって、私は部屋の隅っこに移動して美月に背を向けたまま通話を続けた。
「でも大丈夫なの? 部活とか……」
「ああ、今日は全部の部活で寮生以外は活動禁止って言われた。それに詩織のことも迎えに行かないとだしな」
「迎えって、どうして?」
「いや、どうしてってなんだよ。この大雪でお前を一人で帰らせるのが不安だからだろ。それとも帰らないつもりか? 泊まるのか?」
衝動的に来てしまったため帰ることを考えていなかった。かと言って泊まるつもりもなかったが、美月が良ければ泊めてもらうのもありだ。たくさん時間を使って美月と話をすればもしかしたら学校に行くことを前向きに考えてくれるようになるかもしれない。
一旦伊織を電話口に待たせて美月と話をすることにした。食後のチョコレートを摘まむ美月はご飯を食べたからか先ほどよりも少しだけ元気になったように見える。
「ね、美月。今日、泊めてもらったりしても大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんと? ありがとう。あ、でも家族は大丈夫かな……?」
「うん。弟と同じ卓球クラブの子とかよく泊まって遅くまで一緒に練習したりしてるし、お姉ちゃんも大学の友達よく連れてくるから慣れてるの。でもうちって部屋はいっぱいあるけどだいたい物置になってて使えないから寝るのは私の部屋になるけどいい? あ、お布団はちゃんとあるよ」
全然大丈夫、むしろ美月と同じ部屋が良い。と即答して伊織との電話に戻り、今日は泊まることにしたと伝えた。
「分かった。母さんには自分で伝えられるな? じゃあ俺は一旦うちに帰ってからそっちに行くから。何か持ってきて欲しいものはあるか?」
「えっと……まず歯ブラシでしょ。部屋着と、パジャマと、あと下着も欲しい。スマホの充電器と髪をとかすための櫛と……」
「多すぎ。覚えられないからまとめてメッセージで送ってくれ。ていうか下着を俺に持ってこさせるつもりかよ。お前の部屋に侵入して下着を取って来いってか?」
「あ、うーん、緊急事態だから許す」
「勘弁してくれよ。下着は自分で何とかしろ。とにかく俺は家に向かうから一旦切るぞ。十五分後くらいにはちゃんと考えてメッセージを送っておいてくれ」
考えて、をやたらと強調して伊織は電話を切った。確かに私の部屋に抜き足差し足で侵入してクローゼットや衣装ケースを漁り、下着を頂戴していく伊織の絵面は美月には見せられない。
その他の物も合わせて美月と相談すると、よく人が泊まりにくる萩原家には新品の歯ブラシがいくつかストックしてあるし、部屋着は学校のジャージを持っていたし、パジャマは美月の物を貸してくれると言う。
下着はお母さんから何があるか分からないからいつも替えの物を持ち歩きなさいと言われていたことを思い出し、鞄の底の方に眠っていたのを救い出したので持ってきてもらう必要もなくなった。
スマホの充電器も美月の物と同型だったのでそれが使えるし、こんな私でも多少は使う女子として必要な様々な用品も一日くらいなら美月の物を借りれば良いということになり、結局伊織に持ってきて欲しいものはなくなってしまった。
【ごめん やっぱり何もいらない】
美月の家までのおおよその地図の画像と一緒にメッセージを送った。
【だからちゃんと考えろって言ったんだ ところで美月さんの家は何人いるんだ? あと甘いもの苦手じゃないか聞いてくれ】
家族の人数や甘いもの。私がお泊りするから手土産を買って来てくれるつもりだ。なんて気の利くお兄ちゃんだろうか。
本当は七人暮らしだけれどおじいちゃんとおばあちゃんが旅行に行っているので五人、甘いものが苦手な人はいないことを美月に確認して伊織にメッセージを送った。
「ねえ美月、これから伊織が来るよ」
「え?」
美月は目を丸くして立ち上がり部屋の中をうろうろと歩き始めた。いつもの美月ならキャーキャー騒ぎながら行ったり来たりするだろうが、静かにうろうろするところが今の美月の状態を表している。
「どうしよう、着替えなきゃ。髪も整えて、シャワーも浴びた方が良いかな……」
テンションこそ低めなものの恋する乙女な美月が戻ってきた。私が泊まるのは特にこれといった反応がなかったのに伊織が来るだけでこの反応。またもや私は伊織に負けてしまった。
どんな服にするか迷った挙句、むしろパジャマの方が伊織にとっては新鮮でまず見ることなのない格好だからグッとくるかもしれないという私のアドバイスを真に受けてパジャマで勝負することにした美月は、一応淡い黄色のパジャマから淡いピンクのパジャマに着替え、髪を整えて伊織を待つことにした。
「詩織、変じゃないかな? 臭くない?」
「大丈夫。可愛いし、良い匂いだよ」
こんなやり取りを続けること約四十五分。伊織から【ここだよな】というメッセージとともに萩原家の外観を撮った写真が送られてきた。
伊織の写真の萩原家の屋根や庭にはたっぷりと雪が積もっていて、電車が止まり休校になるほどの大雪であることが良く分かる。私が【そうだよ】と送ると萩原家のインターホンが鳴った。
美月と一緒に玄関に向かい、扉を開けると雪まみれになった伊織がうちの近くのケーキ屋さんの箱を持って立っていた。
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