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第二章 桜の下で誓った
第26話
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教室に入り、まだ佐々木さんが来ていないことを確認してから自分の机の横、窓側に手袋を、反対側に鞄をかけて朝のうちに美月の話を聞きに行くために教室を出ようとすると、六人ほどの女子生徒に囲まれた。
同じクラスの人はおらず皆知らない人だ。私に一番近いところにいた人が不機嫌そうな声で私に尋ねる。
「真人君と初詣に行った女の子が春咲さんだって噂になってるんだけど、本当?」
青天の霹靂とはまさにこのこと。
どうしてそんな噂になっている?唯一真実にたどり着いた佐々木さんは誰にも言わないと言っていた。嘘だった?そんな訳がない。伊織が信じていいと言った人だし、私も実際に話して感じた。
佐々木さんはまっすぐで楽しくて優しい人だ。嘘をついて私を貶めるはずがない。
あと知っていそうなのは男子バスケ部の一年生だが、言いふらすならもっと早く言うだろうし、そもそも真人君や伊織が怒りそうなことをするとは思えない。
なら誰がこんな噂と言う名の真実を流している?
「どうなの? なんで黙ってるの?」
言葉がまとまらない。この状況を打破する言葉が頭に浮かばない。
「ていうか何? 付き合ってるとか?」
付き合ってない。気持ちを伝える勇気はまだない。
「どうやって誘ったの? 参考にしたいから教えて欲しいんだけど」
真人君が誘ってくれた。教えることなんてない。
「ぶっちゃけ春咲さんって、地味だし、真人君と釣り合わないよね」
地味なのは分かってるし、釣り合わないというのもうすうす感じていた。それでも好きになった。
「だよね。春咲さんってガリ勉だし、真人君も一緒にいたら嫌になりそう」
勉強は頑張っているつもりだけれど勉強しかしていないわけではないし、真人君は勉強を頑張っている私を尊敬していると言ってくれた。嫌になるわけがない。
「仮に付き合えてもバスケ優先で構ってもらえなさそう」
「分かる。バスケより優先したいとは思わないよね」
それで構わない。私はバスケの次で良い。むしろなんであなたたちは真人君のことが好きなくせに真人君がどれだけバスケに本気か知らないんだ。
「もう近づくのやめておきなよ。真人君の迷惑になっちゃうよ」
心が痛めつけられている感覚がする。好き勝手に決めつけて人の気持ちなんて考えない言葉。こんな状況に陥ったのは生まれて初めてで、複数人に詰められるのはこんなにつらいものなのかと、理解できてしまう。
それと同時に私はイラついていた。今までの私ならここで心が折れて意味もなく謝ったり、逃げ出したりしていたかもしれない。
でも私は真人君の言葉や優しさで、伊織と美月の応援で、佐々木さんの正々堂々勝負するという宣言のおかげで、少しだけ強くなってしまっていた。
頭に血が上って、勝手なことを言うのをやめさせるために今まで隠していた事実を自ら明かしてしまった。
「初詣、真人君と一緒にいたのは私。真人君が誘ってくれたの」
下品に笑って私を囲んでいた女子たちが固まった。
言ってやった。言ってしまった。もう言わなかった時間には戻ることはできない。
私に対して不満げな視線を向ける女子たちを無視して私は教室を出た。
美月のもとに向かおうとすると佐々木さんと鉢合わせした。佐々木さんは私の顔を見るや否や前髪を止めているヘアピンに触れて笑顔になり、自分の鞄から眼鏡を取り出してかけて見せた。
これからは気軽にかけていくという宣言だと思い、私も笑顔になった。
しかし佐々木さんはすぐに神妙な面持ちになる。
「春咲さん……あの、噂が……私」
「佐々木さんは話してないって分かるよ。でもどうしてバレたんだろ」
「あの子……」
佐々木さんはすぐ隣の二組の出入り口まで移動して一人の女子生徒に視線をやった。短い髪に私より少し高い身長、それくらいしか特徴は覚えていなかったけれど顔を見ればすぐに思い出す。
あの子だ。先週の金曜日、最後まで私を見ていた子だ。週末に色々ありすぎてすっかり忘れてしまっていた。
「女バレの杉野さん。先週の火曜日に初詣で真人君が女の子と一緒にいたっていう噂を広めた子。多分あの子がそのときにいた子が春咲さんだって気づいて、今の噂を広めたんだと思う」
友達と談笑している杉野さんを見ていると目が合った。杉野さんが周りの友達に声をかけると私を見る視線が増えた。そしてまた杉野さんたちは談笑を再開する。
「大丈夫? さっきちょっとだけ見えたけど囲まれてなかった?」
「うん、噂は本当かって聞かれただけ。本当のこと言っちゃったけど平気だよ」
不安はある。私一人に対してさっきのように複数人で問い詰めてくるようなことをする人たちがいることに少しだけ恐怖を感じていた。それでも「なんかあったら私に言ってよ」と言ってくれた佐々木さんのおかげで平常心を保つことができた。
佐々木さんは一組の教室に入り、私は二組の前の廊下で美月を探した。美月はまだ登校しておらず、廊下にいると様々なところから興味や嫉妬の視線が飛んでくるため私はいづらくなって一組の教室に避難した。
先ほど私を囲んでいた人たちはすでにいない。このクラスにおいて佐々木さんの力は強大であり、出入り口付近で親し気に話していただけで、廊下で感じたような視線やひそひそ話は全くなかった。
まさかこの教室が安息の地になるとは先週までは考えもしなかった。
【噂の件、認めたって本当か?】
伊織からメッセージが届いた。私が認めたことがもう三組まで届いているのかと思うとぞっとする。
【ごめん 皆に聞かれて誤魔化しきれなくなって言っちゃった】
【ほぼばれてたんだからしょうがないけど、大丈夫か?】
【何が?】
【色々、気持ちとか】
【大丈夫 教室には佐々木さんがいるし 美月も真人君も伊織もいるから怖くない】
【ならいいけど、何かあったら言えよ】
【ありがと】
【真人には俺から言っとく、真人も色々聞かれて大変そうだから】
怖くない。私には味方がいるから大丈夫。そう言い聞かせて午前中を過ごした。
授業の合間の休み時間に一組の教室を覗く人がいるとつい私のことを見ているのではないかと思ってしまい、そのたびに心がざわつく。
実際にトイレや移動教室のために教室を出ると視線を感じるしひそひそと私を揶揄したり侮蔑するような声も聞こえる。私への嫉妬、私の容姿や性格への批判、そんな言葉たちは教室の外に出たわずかな時間でも聞き飽きるほどに聞いた。
何も考えたくなくなって怒りや悲しみよりも虚無が心を満たした。
昼休みはいつも美月と食堂でお昼ご飯を食べていたけれど、人目につくのは嫌だったので一組の教室で食べることにした。
「なんか女子は皆詩織と桜君の話題ばっかりだし、男子も伊織君や桜君にちょっかい出しに行ってる人もいるみたい。詩織、ほんとに大丈夫?」
教室に余っている椅子を持ってきて私の机のそばに座った瞬間、美月は私を心配してくれた。
その綺麗で純粋な瞳に私は嬉しくなる。元気が出る。
「でも一組はなんか平和だよね」
「佐々木さんがいるからだと思う。休み時間とかちょくちょく声かけてくれて、やっぱり佐々木さんて強い。それに美月がいるし、真人君も伊織もいるから大丈夫。それより美月のこと聞かせてよ。自転車の乗り方教えてもらうことになった経緯とか」
せっかくの美月と落ち着いて話ができる時間。毎週月曜日はお菓子作り部もとい料理部の活動日なので帰りは別々になる。私のつまらない話で時間を消費したくないし余計な心配をかけたくない。
美月は「えへへ」と照れ笑いをしながら話してくれた。
「伊織君からどこまで聞いてる?」
「伊織が大声出したこと謝ってその後雑談してたら自転車の話になってその流れで美月がお願いしてってところまでは……」
「うん、だいたいその通り。伊織君と電話したのなんて初めてだったからなんとか長く話したくて、部活のこととか詩織のこととかいっぱい話して。ごめんね?勝手に」
「ううん。私も真人君と話すときは伊織のことよく話題に出すし全然いいよ」
「うん、じゃあこれからもいっぱいお世話になるね。それでね、話題が尽きないように好きな本とか音楽とか使ってる文房具とか得意な教科とか苦手な教科とか何時ごろ寝るのとかとにかく色んなことを話して、その中で通学手段の話をして自転車の話になって」
美月はそのときのことを思い出しているのか、クリっとした大きな目を少しだけ細めて教室の天井より少し低い虚空を見つめた。思い出しただけで頬がほんのり赤くなっていて、まさしく恋する乙女の顔だ。
「伊織君って優しいの。どんな話題にもしっかり答えてくれて、私にも同じことを聞いてくれて、どうでもいい面白くもない話題なのに嫌な感じを出さずに会話を続けてくれて、私嬉しくて、ついお願いしちゃった。ほんとに衝動的に言っちゃって自分でもびっくりしちゃった。さすがに無理だよねって思ったら伊織君オッケーしてくれて、いきなり二人きりなんて緊張して無理って思ったから詩織も巻き込んじゃった。ごめんね?」
「いいよ、私は見守ってるから。この機会にもっと伊織と仲良くなって彼女になっちゃってよ」
「ええ? そんな、まだ心の準備が……」
「だって伊織の彼女なんて将来的に私も関わらないといけなくなるから、美月だったら楽……嬉しい。私、美月と家族になりたい」
「詩織……それ、すごくいい。私、詩織のお姉ちゃんになれるように頑張る」
「うん、頑張って美月お姉ちゃん」
「やあん、もう一回言って?」
「お姉ちゃん」
「ふ、ぐふふ……」
恋する乙女の顔だった美月は妄想する変態みたいな顔になった。ギリギリよだれは垂れていないのでセーフ。美月お姉ちゃんのこういうところは可愛いけれどちょっと心配だ。
真面目な話からくだらない話まで美月と話をする楽しい時間は昼休み終了のチャイムとともに終了を告げられ、私は現実に戻される。
将来の楽しい想像はいくらでもできるがそんなことをしても現実は何も変わっていないのだ。午後の授業は移動教室がなく、私は教室を出ることなく一日の授業を終えた。
部活に行く美月を見送って私は一人で昇降口に向かう。真人君からも騒動になっていることへの謝罪と心配のメッセージが来ていたが心配しないように返信して昇降口に到着した。
同じクラスの人はおらず皆知らない人だ。私に一番近いところにいた人が不機嫌そうな声で私に尋ねる。
「真人君と初詣に行った女の子が春咲さんだって噂になってるんだけど、本当?」
青天の霹靂とはまさにこのこと。
どうしてそんな噂になっている?唯一真実にたどり着いた佐々木さんは誰にも言わないと言っていた。嘘だった?そんな訳がない。伊織が信じていいと言った人だし、私も実際に話して感じた。
佐々木さんはまっすぐで楽しくて優しい人だ。嘘をついて私を貶めるはずがない。
あと知っていそうなのは男子バスケ部の一年生だが、言いふらすならもっと早く言うだろうし、そもそも真人君や伊織が怒りそうなことをするとは思えない。
なら誰がこんな噂と言う名の真実を流している?
「どうなの? なんで黙ってるの?」
言葉がまとまらない。この状況を打破する言葉が頭に浮かばない。
「ていうか何? 付き合ってるとか?」
付き合ってない。気持ちを伝える勇気はまだない。
「どうやって誘ったの? 参考にしたいから教えて欲しいんだけど」
真人君が誘ってくれた。教えることなんてない。
「ぶっちゃけ春咲さんって、地味だし、真人君と釣り合わないよね」
地味なのは分かってるし、釣り合わないというのもうすうす感じていた。それでも好きになった。
「だよね。春咲さんってガリ勉だし、真人君も一緒にいたら嫌になりそう」
勉強は頑張っているつもりだけれど勉強しかしていないわけではないし、真人君は勉強を頑張っている私を尊敬していると言ってくれた。嫌になるわけがない。
「仮に付き合えてもバスケ優先で構ってもらえなさそう」
「分かる。バスケより優先したいとは思わないよね」
それで構わない。私はバスケの次で良い。むしろなんであなたたちは真人君のことが好きなくせに真人君がどれだけバスケに本気か知らないんだ。
「もう近づくのやめておきなよ。真人君の迷惑になっちゃうよ」
心が痛めつけられている感覚がする。好き勝手に決めつけて人の気持ちなんて考えない言葉。こんな状況に陥ったのは生まれて初めてで、複数人に詰められるのはこんなにつらいものなのかと、理解できてしまう。
それと同時に私はイラついていた。今までの私ならここで心が折れて意味もなく謝ったり、逃げ出したりしていたかもしれない。
でも私は真人君の言葉や優しさで、伊織と美月の応援で、佐々木さんの正々堂々勝負するという宣言のおかげで、少しだけ強くなってしまっていた。
頭に血が上って、勝手なことを言うのをやめさせるために今まで隠していた事実を自ら明かしてしまった。
「初詣、真人君と一緒にいたのは私。真人君が誘ってくれたの」
下品に笑って私を囲んでいた女子たちが固まった。
言ってやった。言ってしまった。もう言わなかった時間には戻ることはできない。
私に対して不満げな視線を向ける女子たちを無視して私は教室を出た。
美月のもとに向かおうとすると佐々木さんと鉢合わせした。佐々木さんは私の顔を見るや否や前髪を止めているヘアピンに触れて笑顔になり、自分の鞄から眼鏡を取り出してかけて見せた。
これからは気軽にかけていくという宣言だと思い、私も笑顔になった。
しかし佐々木さんはすぐに神妙な面持ちになる。
「春咲さん……あの、噂が……私」
「佐々木さんは話してないって分かるよ。でもどうしてバレたんだろ」
「あの子……」
佐々木さんはすぐ隣の二組の出入り口まで移動して一人の女子生徒に視線をやった。短い髪に私より少し高い身長、それくらいしか特徴は覚えていなかったけれど顔を見ればすぐに思い出す。
あの子だ。先週の金曜日、最後まで私を見ていた子だ。週末に色々ありすぎてすっかり忘れてしまっていた。
「女バレの杉野さん。先週の火曜日に初詣で真人君が女の子と一緒にいたっていう噂を広めた子。多分あの子がそのときにいた子が春咲さんだって気づいて、今の噂を広めたんだと思う」
友達と談笑している杉野さんを見ていると目が合った。杉野さんが周りの友達に声をかけると私を見る視線が増えた。そしてまた杉野さんたちは談笑を再開する。
「大丈夫? さっきちょっとだけ見えたけど囲まれてなかった?」
「うん、噂は本当かって聞かれただけ。本当のこと言っちゃったけど平気だよ」
不安はある。私一人に対してさっきのように複数人で問い詰めてくるようなことをする人たちがいることに少しだけ恐怖を感じていた。それでも「なんかあったら私に言ってよ」と言ってくれた佐々木さんのおかげで平常心を保つことができた。
佐々木さんは一組の教室に入り、私は二組の前の廊下で美月を探した。美月はまだ登校しておらず、廊下にいると様々なところから興味や嫉妬の視線が飛んでくるため私はいづらくなって一組の教室に避難した。
先ほど私を囲んでいた人たちはすでにいない。このクラスにおいて佐々木さんの力は強大であり、出入り口付近で親し気に話していただけで、廊下で感じたような視線やひそひそ話は全くなかった。
まさかこの教室が安息の地になるとは先週までは考えもしなかった。
【噂の件、認めたって本当か?】
伊織からメッセージが届いた。私が認めたことがもう三組まで届いているのかと思うとぞっとする。
【ごめん 皆に聞かれて誤魔化しきれなくなって言っちゃった】
【ほぼばれてたんだからしょうがないけど、大丈夫か?】
【何が?】
【色々、気持ちとか】
【大丈夫 教室には佐々木さんがいるし 美月も真人君も伊織もいるから怖くない】
【ならいいけど、何かあったら言えよ】
【ありがと】
【真人には俺から言っとく、真人も色々聞かれて大変そうだから】
怖くない。私には味方がいるから大丈夫。そう言い聞かせて午前中を過ごした。
授業の合間の休み時間に一組の教室を覗く人がいるとつい私のことを見ているのではないかと思ってしまい、そのたびに心がざわつく。
実際にトイレや移動教室のために教室を出ると視線を感じるしひそひそと私を揶揄したり侮蔑するような声も聞こえる。私への嫉妬、私の容姿や性格への批判、そんな言葉たちは教室の外に出たわずかな時間でも聞き飽きるほどに聞いた。
何も考えたくなくなって怒りや悲しみよりも虚無が心を満たした。
昼休みはいつも美月と食堂でお昼ご飯を食べていたけれど、人目につくのは嫌だったので一組の教室で食べることにした。
「なんか女子は皆詩織と桜君の話題ばっかりだし、男子も伊織君や桜君にちょっかい出しに行ってる人もいるみたい。詩織、ほんとに大丈夫?」
教室に余っている椅子を持ってきて私の机のそばに座った瞬間、美月は私を心配してくれた。
その綺麗で純粋な瞳に私は嬉しくなる。元気が出る。
「でも一組はなんか平和だよね」
「佐々木さんがいるからだと思う。休み時間とかちょくちょく声かけてくれて、やっぱり佐々木さんて強い。それに美月がいるし、真人君も伊織もいるから大丈夫。それより美月のこと聞かせてよ。自転車の乗り方教えてもらうことになった経緯とか」
せっかくの美月と落ち着いて話ができる時間。毎週月曜日はお菓子作り部もとい料理部の活動日なので帰りは別々になる。私のつまらない話で時間を消費したくないし余計な心配をかけたくない。
美月は「えへへ」と照れ笑いをしながら話してくれた。
「伊織君からどこまで聞いてる?」
「伊織が大声出したこと謝ってその後雑談してたら自転車の話になってその流れで美月がお願いしてってところまでは……」
「うん、だいたいその通り。伊織君と電話したのなんて初めてだったからなんとか長く話したくて、部活のこととか詩織のこととかいっぱい話して。ごめんね?勝手に」
「ううん。私も真人君と話すときは伊織のことよく話題に出すし全然いいよ」
「うん、じゃあこれからもいっぱいお世話になるね。それでね、話題が尽きないように好きな本とか音楽とか使ってる文房具とか得意な教科とか苦手な教科とか何時ごろ寝るのとかとにかく色んなことを話して、その中で通学手段の話をして自転車の話になって」
美月はそのときのことを思い出しているのか、クリっとした大きな目を少しだけ細めて教室の天井より少し低い虚空を見つめた。思い出しただけで頬がほんのり赤くなっていて、まさしく恋する乙女の顔だ。
「伊織君って優しいの。どんな話題にもしっかり答えてくれて、私にも同じことを聞いてくれて、どうでもいい面白くもない話題なのに嫌な感じを出さずに会話を続けてくれて、私嬉しくて、ついお願いしちゃった。ほんとに衝動的に言っちゃって自分でもびっくりしちゃった。さすがに無理だよねって思ったら伊織君オッケーしてくれて、いきなり二人きりなんて緊張して無理って思ったから詩織も巻き込んじゃった。ごめんね?」
「いいよ、私は見守ってるから。この機会にもっと伊織と仲良くなって彼女になっちゃってよ」
「ええ? そんな、まだ心の準備が……」
「だって伊織の彼女なんて将来的に私も関わらないといけなくなるから、美月だったら楽……嬉しい。私、美月と家族になりたい」
「詩織……それ、すごくいい。私、詩織のお姉ちゃんになれるように頑張る」
「うん、頑張って美月お姉ちゃん」
「やあん、もう一回言って?」
「お姉ちゃん」
「ふ、ぐふふ……」
恋する乙女の顔だった美月は妄想する変態みたいな顔になった。ギリギリよだれは垂れていないのでセーフ。美月お姉ちゃんのこういうところは可愛いけれどちょっと心配だ。
真面目な話からくだらない話まで美月と話をする楽しい時間は昼休み終了のチャイムとともに終了を告げられ、私は現実に戻される。
将来の楽しい想像はいくらでもできるがそんなことをしても現実は何も変わっていないのだ。午後の授業は移動教室がなく、私は教室を出ることなく一日の授業を終えた。
部活に行く美月を見送って私は一人で昇降口に向かう。真人君からも騒動になっていることへの謝罪と心配のメッセージが来ていたが心配しないように返信して昇降口に到着した。
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