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第二章 桜の下で誓った
第20話
しおりを挟む私はもうこの後の試合を見る気力もなくなってしまい、帰宅することにした。心配する美月には体調が悪くなったからと分かりやすい嘘をついてしまい余計に心配させてしまった。
美月は家まで付き添ってくれる間、ずっと大丈夫、詩織は悪いことしてないんだから何もされないと励ましてくれた。
でも私は小学校のときの嫌な記憶を思い出していた。
小学五年生になりたての頃、私が真人君のことを好きになる前のことだった。
私たちのクラスには当時の真人君と双璧をなす、いや真人君よりももっと人気のある男子がいた。顔もカッコよくてサッカーもうまくて、六年生からも存在を認知されていて、まるで今の真人君のような存在だった。
でもあまりに人気過ぎてクラスではある不文律ができていた。彼は皆のものだから告白は駄目、学校外で遊ぶのも駄目、学校内で遊ぶときは順番に、というものだった。
皆がその不文律を守って彼との学校生活を楽しんでいた。私は確かに彼の顔はカッコいいとは思ったけれどそれ以上の感情を抱かなかったので、彼を取り囲む集団から離れて一人で本を読んでいることが多かった。
ある日事件が起こった。クラスの女子の一人が不文律を破って彼に告白して、学校外で遊ぶ約束を取り付けようとしたらしく、告白の返事は保留だったものの二人きりで遊びには行ったということだ。
あっという間にクラスどころか学校中にその噂は広まって、不文律を破った子は非難され、やがて無視されたり、物を隠されたり、見えないように暴力を振るわれたりするようになった。要するにいじめられるようになった。
小学生と言えども悪知恵は働くもので、先生には決してばれないようにその行為は行われ、その子自身も度重なる非難により自分が悪いことをしたからだと思い込んでしまい誰にも相談できなかったようだった。
加害者はクラスの女子ほとんどと一部の他のクラスの女子。傍観者はクラスの男子と私だった。
今の真人君なら絶対に助けたと思うが、小五になりたての頃の真人君は今の真人君のようになり始めたばかりの時期だったため当時は傍観するしかなかったのだろう。
私も多少は心を痛めてはいたものの特別に何かしてあげる勇気は湧かず、今までほとんど話したことがなかった彼女に、これまで通り必要があれば話しかけることぐらいしかできなかった。
今まで仲が良かった子たちに無視されて、こそこそ悪口を言われて、先生がいないときに机の中に虫のおもちゃを入れられて驚く様子を陰でクスクス笑われたり、歩いている最中に足をかけられて転ばされそうになったり、それが一週間続いた。
週明けの月曜日に彼女は学校を休んだ。さすがの私も放っておけなくなって担任の先生にこれまでの出来事をすべて話した。
その日の授業はすべてこの件に関する話に変わり、新任でいつも優しかった女性の担任の先生がきつく問い詰めるとクラスの女子たちは涙を流しながらその行為を認めた。先生も泣いていた。
その週の木曜日に彼女は再び登校して、クラスの女子たちは皆彼女に謝った。私も早く先生に言わなかったことを一応謝った。
次の日も彼女は登校したけれど次の月曜日には登校せず、担任の先生から彼女は転校することになったと告げられた。謝罪があったとはいえクラスの女子ほぼ全員からいじめられていたのだから離れたくなって当然だと思った。
次の月曜日、担任の先生が変わった。
新しく来た先生は前の担任の先生が体調不良でしばらくお休みすることになったので復帰するまでの代理ですと言っていたが、前の担任の先生は私たちが六年生になっても復帰せず、卒業するときになっても復帰しなかった。
今考えれば、新任でいきなり持ったクラスでいじめが起きて、自分はそのことに気づかず、被害者の子が転校することになってしまったのだから辞めたくなっても仕方ないと思う。
そういうことがあったことも関係しているのか、真人君はクラスの皆に気を配るようになって、元気のない子や一人でいる私みたいなのにも積極的に声をかけてクラスを盛り上げようとしてくれていた。一生懸命で、真面目で、紳士的な彼に私は憧れを抱いた。
同じような事態が起きようとしていると思った。今度の被害者は私だ。小学生のときよりも生徒数も多く、やり口も巧妙になる。真人君は助けてくれるだろう。伊織もきっと助けてくれるはずだ。美月も味方でいてくれる。
でも美月も一緒に巻き込まれるかもしれないし、伊織も人気者の側なのでそれも嫉妬の対象になるかもしれない。真人君はそもそも当事者なので火に油となってしまうかもしれない。
そう考えると不安で仕方がなかった。まだ何もされていないのに学校に行きたくなくなっていた。
何もしたくなくなって制服のままベッドに横になっているとお母さんに皴になると怒られたので、一応部屋着にだけ着替えてお昼ご飯も食べずに再びベッドに横になった。
悪いことばかりが頭に浮かぶ。無視されるくらいはいつもと大差ないのでどうってことはないが、悪口を言われたり、物を隠されたり、暴力を振るわれたり、そういうことをされている自分を嫌でも想像してしまう。
そのまま私は現実から逃げるように眠ってしまった。
真人君が色々な髪の色、肌の色をした大きな人たちとバスケをしていた。大観衆が埋め尽くす会場はあらゆるところに英語が使われている。どこかで見たことがあるような大きな人たちの間をその人たちと大差ないくらい大きな身長になった真人君がドリブルで駆け抜け、ダンクシュートを決めた。大観衆が湧いた。私も跳び上がって喜んだ。左隣にいた美月とさらにその隣にいた伊織が抱き合って喜んでいる。私の右隣りには佐々木さんがいて私と笑顔でハイタッチしていた。
目が覚めて、体を起こして時計を確認すると午後五時を回っていた。あれから五時間くらいは寝てしまっていたようだ。
「夢……」
さっきのは夢だ。真人君とバスケをしていたのは伊織が持っているバスケ漫画の登場人物のアニメ版の姿。あの会場はアニメで一番盛り上がった試合の会場で、会場は日本だったはずだが文字が英語だったのは真人君がアメリカでバスケをするのが夢だと私が知っていたから。
美月と伊織が抱き合ったのは私がそうなって欲しいという願望を持っているから。なんで佐々木さんがいて私とハイタッチしていたのかは分からないが、きっと直前に佐々木さんと会っていたからだろう。
まさしく願望のような夢を冷静に分析してしまうと、一気に現実に戻されて嫌な気持ちになる。もう一度夢の世界に逃げ込んでしまおうかと思って横になると部屋のドアがノックされた。
重たい足を引きずりながらベッドから降りてドアを開けると帰宅したばかりでジャージ姿の伊織がいた。
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