春、桜咲く

高鍋渡

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第一章 桜の下で再会した

第13話

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 帰宅したのは午後六時。伊織の部活がない日のうちの夕食はいつも七時ごろなので十分早く、お父さんにも【夕飯までには帰ります】とメッセージを送っておいたので特に心配されることもないはずだ。

 お父さんとお母さんに帰宅の挨拶を済ませて自分の部屋に戻ろうとすると、隣の部屋から伊織が出て来て呼び止められた。

「よお、楽しかった?」

「うん」

 今日の思い出を振り返るとつい顔がにやけてしまうが伊織にはばれているだろうか。

「それは良いけど、どこ行ってたんだよ。俺らは十二時集合で三時半くらいに解散したんだけど、お前ら十時集合で六時までってあの神社でそんなに時間潰せないだろ?父さんも夕飯までに帰るってメッセージ見てどこに行くつもりだーって心配してたから、詩織は途中で女友達と会って男の方と別れた後その子の家に行ったって俺が言い訳しておいてやったんだからな」

 伊織のおかげでお父さんは何も言わなかったのか。真人君関連のことでは伊織に世話になりっぱなしだ。いつかお返ししなければ。

「えっと、真人君の家に行ってた」

 伊織の表情が凍り付いた。凍り付いたまましゃべる姿はちょっと面白い。

「真人の家? もうお母さんに挨拶とか?」

「お母さんは出かけてていなかったよ」

「じゃあ、真人と二人きり? 真人の奴……いや、でも真人がそんな……」

 伊織も私が真人君の家に行く前にしていたものと同じような想像をしているようだ。複雑そうな顔をして狼狽えていて面白い。やっぱり私たちは双子なんだと思うし、なんだかんだ言って心配してくれるのは嬉しい。

「伊織は知ってる? 真人君の家の地下にバスケのコートがあるんだよ。半分だけど」

「あ、ああ。行ったことはないけど、聞いたことはあるし写真も見たことはある」

「そこで真人君がバスケしてるところを見たり、ちょっとだけ私もシュートとかドリブルを教えてもらっただけ。他には何もしてないよ」

「そうか、それならまあ……良かったな」 

 安心したように表情を和らげる伊織。意外と妹思いなのだ。

「どうだった?」

「カッコよかったよ」

「真人のことじゃなくて地下室の感想を聞きたかったんだけど、まあいいや。っていうか真人って名前で呼ぶようになったんだな」

「だって真人君は私のこと名前で呼ぶし、私だけ苗字で呼んでたらなんか変でしょ?」

 別にいいんじゃない? とも言われそうだが、これは私なりの照れ隠しだ。

「あと、これあげる。終業式の日から今日まで色々お世話になったお礼」  

「ああ、サンキュ……お守り、なんで交通安全?」

「真人君には必勝祈願のやつをあげたから、同じのはなんか嫌だったし、恋愛成就とかの方が良かった?」

「いや、別に好きな相手とかいないし……まあ気をつけててもいつ事故に遭うか分からないからな、ありがたくもらっておくよ」

 好きな相手はいない、か。

 色々アドバイスをくれた美月からはお礼に伊織の情報をお願いされている。彼女がいないことは知っていたが好きな相手もいないということはアプローチ次第で美月にも十分可能性があるということだ。そのうち好きなタイプでも聞き出してやろう。

 そして美月には恋愛成就のお守りを買っておいたので後であげよう。私とお揃いだ。

 会話がひと段落して自室に入ろうとしたとき伊織に聞かれた。

「詩織お前さ、真人のこと好き?」

「うん」

 私はとても素直に答えることができた。伊織は「そっか」と軽い返事をして自分の部屋に戻っていった。

 自室に入って着替えた私は早速美月にメッセージを送る。本当は電話で話したかったが、両親だけでなく祖父母も一緒に住んでいる美月の家には親戚がたくさん集まるのでこういう時期は忙しいらしい。

 お礼の言葉と伊織の情報を送り、今日の初詣デートの詳細は次に会ったときに話すということを伝えてスマホを置いた。

 楽しいことがたくさんあった。これからもきっと楽しいことが待っている。でも切り替えなくてはならない。真人君に変えてもらった。本気で取り組むことの大切さを教えてもらった。

 勉強に本気になろうと決めたのだから、メリハリをつけるんだ。恋愛や友達のことも大切だけれど、それはそれ、勉強は勉強だ。どちらも本気でやると決めた。

 夕食までの約一時間、夕食後に入浴を挟んで寝るまでの約四時間。私は机に向かって勉強した。きっと真人君は今も地下のコートで練習しているんだろうなと思うと、いくらでも頑張れる気がした。

 家族で祖父母の家に出掛けることはあったものの、それ以外は家にいて勉強をしていた。自分でも驚くくらいに集中できて、これはきっとメンタルが良い方向に変わったおかげだと思う。
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