春、桜咲く

高鍋渡

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第一章 桜の下で再会した

第5話

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 十二月二十四日、午後十二時三十分から桜高校の初戦が始まる。今日は日曜日だがクリスマス本番直前の売り出しということでお母さんの勤める百貨店は大忙しのためお母さんは家には不在だ。

 クリスマスに婦人服なんて買う人がいるのかとも疑問に思ったが年末商戦も兼ねているらしい。私ももうすぐ服を買いに行くつもりなので偉そうなことは言えない。

 私の家には家族共用のパソコンがリビングに一台あるが、リビングではお父さんがテレビを見ている。大きい画面で見たいとも思うし物理的にはパソコンで見ることは可能だが、何を見ているのか確実にお父さんにばれる配置になっている。

  お父さんは昔から私や伊織のことは熱心に応援してくれるが、私たちが所属する学校とかチーム自体にはあまり興味がなく、今回の大会も伊織の出場可能性が無いなら別に見なくていいというスタンスのため一緒に見るという選択肢はない。

 私も普段からバスケの試合を見るような人間ではないので、私が伊織も出ていないバスケの試合なんかを見ていたらきっと何事かと思うことだろう。

 バスケ部に彼氏でもできたのかなんて邪推されたら面倒くさいので、諦めて二階の自室でスマホで見ることにした。

 ちなみに桜君と初詣に行くことはお母さんには服を買いに行くときに伝えるつもりだが、お父さんには女友達と行くと言うつもりだ。

 地味でいつも教室の端っこにいて、身内以外から可愛いと言われたことのない私でも、お父さんにとっては世界一可愛い娘のようで何かと過保護なのだ。

 男の子と出掛けるとか、彼氏とか、そういう話になったらきっとお父さんはうろたえて泣いてしまうかもしれない。愛されているとは思うけどちょっと面倒くさいとも思う。

 試合の映像配信サイトを開くとウォーミングアップ中の選手の様子が映し出されていた。実況や解説の音声まで入っていて本格的だ。この時間に学校や選手の紹介が行われている。

 実況のアナウンサーによると桜高校は去年も一昨年もこの全国大会に出場しているものの両年とも一回戦敗退。悲願の一回戦突破を目指しているとのことだ。

 注目選手として今年新加入の桜君の姿がアップになる。真剣な表情でありながらリラックスしているのか笑顔も見えて、まるで大スターかのように錯覚してしまう。

 実況の人は身長が百八十八センチあるとか、物心ついたときからバスケットボールに触れているとか、お父さんがバスケの元日本代表選手で今はプロチームの監督をやっていることとか、お母さんも大学まで活躍したバスケ選手で今は高校で体育教員をやりながらバスケ部の顧問をしていることとか、将来はアメリカでバスケのプロ選手になりたいと考えていることとか、桜君のバスケ関連の情報を事細かに教えてくれた。

 桜高校の上級生よりも、相手校の全選手よりも桜君は注目選手のようで、こんなにすごい人に初詣に誘われたのかと思うと、私の心は慌てふためき始める。

 学校どころか高校バスケ界の注目の的と教室の端っこにいる地味女なんて釣り合いようもないのではないかと思ってしまう。でも美月との作戦会議でとりあえず初詣までは頑張ってみることに決めたので弱音をはいてはいられない。

 桜君は圧倒的だった。去年のこの大会でベスト八だったという相手チームに対してシュートを決めまくって、相手のボールを奪いまくっていた。

 体育でバスケをやったときにはものすごく広く感じていたコートをあっという間に行ったり来たりして、ルールなんて普通のシュートが二点、遠くからのシュートが三点であることと三歩以上歩くとトラベリングという反則になることくらいしか知らないど素人の私にも分かるくらい、この試合に出場している全選手の中で飛び抜けて一番上手だった。

 皆身長が高くてなかなか区別がつかなかったけれど桜君だけはその髪色も相まってすぐに分かって、私は桜君に釘付けだった。バスケの試合というより桜君の動きをずっと見ていた。

 桜君の大活躍もあって桜高校は百対三十五の大差で勝利した。おそらく三年生と思われる先輩たちが大喜びしている。この人たちが一年生、二年生のときは一回戦負けだったから喜びもひとしおなのだろう。

 桜君も嬉しそうだがなんとなくまだまだ余裕そうな感じもして、泣いて喜んでいる人もいる中、一人だけもっと先を見ているようだった。

「すごいなぁ」

 私以外誰もいない自分の部屋で呟いていた。全国大会なのだから各都道府県のどの高校よりも強いチームなのは当たり前で、あの場にいた選手はそんな強豪校の競争を勝ち抜いた選手で、私が想像できないくらいの努力をしてきたはずだ。

 そんな中でも断トツに上手い桜君はいったいどれだけの努力をしてきたのか。

 実況の人がつい桜君のことを天才と称して解説の人が沈黙した場面があったけれど、私もその言葉は使いたくない。もちろん生まれ持った才能も多少はあるだろうけれど、その実力の大部分は努力の成果だと思う。

 天才という言葉はその努力を無視して、才能だけを褒めているような気がして私は好きじゃない。

 桜君と比べるのもおこがましいが私も天才と言われることはある。地味でいつも端っこにいる私がたまに真ん中に躍り出るのは定期テストのときで、そのときだけクラスの皆に注目されて天才と言われる。

 私がテストで高得点を取れるのは勉強を頑張ったからだし、そもそも私が行きたかった進学校の最下位の人と比べたらどっこいどっこいかむしろ私の方が下なのに、桜高校では希望者だけが受ける全国模試ではギリギリ偏差値五十を超えられたくらいなのに、頭が良いとか才能があるとか言われるとちょっと違うんだよなぁって感じがする。

 その人の努力も知らないのに、その世界がもっと広いことも知らないのに、天才という言葉を使って才能を褒めることはしたくない。ちゃんとその世界のことを理解している人じゃないと使いこなせない褒め言葉もあると思っている。

 だから私は桜君に

【試合見ました おめでとう カッコよかったです 次もがんばってください】

 とメッセージを送った。

 桜君が一番上手かったとは思ったけれど、バスケど素人の私がその言葉を使って褒めるのは桜君にも他の選手にも失礼だと思った。心の中で思うのは勝手だけど、相手に伝わるときは気をつけたい。

 だから評価はしない。そういうのは詳しい人がやればいい。単純にカッコよかったという感想だけを送った。

 返信はすぐに来た。

【ありがとう。詩織さんに見てもらえてたって思うと頑張ってよかったって思う。明日の試合は同じ時間からなのでまた時間があったら見てくれたら嬉しいです。】

 私はなんだか胸がむずむずする感覚がしてにやにやが止まらなくなってベッドに横になって、スマホの画面を見つめた。

 美月の気持ちが分かる。気になる男子から名前で呼ばれるのってこんな感覚なんだ。美月が伊織に名前で呼ばれてテンションが上がってたときに心の中で色々突っ込んでごめん、と心の中で謝った。

 伊織も同じ苗字で紛らわしいから私のことも名前で呼んでいるだけなのかもしれないけれどそれでも嬉しい。伊織には生まれてきたことを感謝をした。

 そんな伊織からメッセージが届いた。

【今日のヒーロー】

 という一文とともに写真が一枚。おそらく会場の体育館の廊下で撮られた、試合直後のユニフォーム姿で笑顔で控え目にピースをする桜君が一人で写っている。

 汗で髪がペタッとなっていて、試合中の真剣でカッコいい表情とは違って優しい表情になっていてちょっと可愛い。

 その写真はしっかりと保存させてもらって、伊織にはありがとうと感謝のメッセージを送っておいた。

 私は桜君に夢中になっていたことに気がついた。

 試合前も、試合中も、試合後のメッセージも、桜君で埋め尽くされていてドキドキして、嬉しくて、ちょっとだけ恥ずかしくて、自分の気持ちを確かめたいとかではなくて、純粋に桜君に会いたくて一月一日が待ち遠しい。

 伊織の部屋から以前とは別のバスケ漫画を借りてきて読んだ。ほんの少しだけど試合の描写の解像度が上がった気がして、漫画の登場人物たちがどれだけ現実離れしたプレーをしているのかなんとなく分かった。

 桜君はダンクシュートできるのかなとか、コートの真ん中からシュートを決めたりできるのかなとか、登場人物のプレーを桜君に置き換えながら読んだ漫画はストーリーがあまり頭に入らなかった。

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