ドラゴンさんとスライムさん

ウサギ卿

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懸念していた事があった。
エキドナが私より先に亡くならんかどうかだ。

『エキドナ、歳はいくつだ?』

そう聞けばペシリと叩かれた。
雌に気軽に聞いて良い事ではないらしい。

『寿命はどうなのか知りたかったのだ』

そう言えば、首かどうか分からぬ部位を傾げてみせた。
相変わらず愛い仕草をみせてくれる。

その質問から幾年月が過ぎただろうか。
血肉をやる事もなかった。
杞憂であった事が嬉しく思う。

偶に愛を囁いた。
それくらいは良いだろう?
エキドナは行動はお馬鹿で可愛いが賢い。
だが不安になるのだ。
忘れてはいないだろうか?
この気持ちを疑ってはいないだろうか?

それはエキドナからは告げられない故の葛藤だ。
言葉で聞けない故の葛藤だ。

何せ種族が違う。
受け入れられるとは思えない。
少なくとも肉体は受け入れられぬのだ。
ならせめて覚えていて欲しい。

心から其方を愛した雄がいた事だけは。

ある日其処にいた。
ただそれだけの存在だった。

ただ共に在った。
ただそれだけの存在だった。

だが癒されたのだ。
満たされたのだ。
温もりを知らぬ竜に温もりを与えた。
憐れで愚かで孤独だった竜を、其方が救ったのだ。

それを愛さずにいられるだろうか。


その日は生憎の天気だった。
前回も雨が降っていた記憶がある。
何らかの関係性があるのだろうか?
案外、そういうものなのかも知れない。

首を返し振り向けばエキドナが私の背にいる。
その先には色褪せた花冠が置いてある。
尾で軽く触ればカサカサと音がした。
知恵を借り乾燥させたのだ。
花は色褪せども、あの日の記憶は褪せる事はない。
変わらぬ想いが此処にある。

私の背で古皮を消化しているエキドナを呼んだ。
寝そべる私の背を跳ね、定位置へと足を運ぶ。
足はないがな。

だが其処ではない。
鼻の上の粘体を指先でそっと摘み、顔の前に降ろした。
疑問符を浮かべ首を傾げるエキドナに話しかける。

『其方は強くなった』

満更でもない仕草をする。
少なくともこの森で敵はもういない。
エキドナから懇願され迷宮にも見送った。
地上で不安に駆られ狼狽えていたが、見事に制覇してみせた。
噛まれてもその柔らかな粘体を突き破る牙はない。
魔法の扱いも上手くなった。
そこらの竜種となら渡り合えるかも知れん。

『それに泳げるようにもなったしな』

これは魔物を倒すよりも苦労した。
器用に粘体を伸び縮みさせ、推進力を生み出し水中で自在に動けるようになった。
これで溺れ死ぬ心配も無い。
魚型の魔物に丸呑みにされて慌てさせられた。

だが自分で脱出してみせた。

本当に強くなった。
弱点はもうなくなった。

・・・それでも心残りはある。

不安なのだ。
何時迄も傍らに置いておきたい。
私が守ってやりたい。

『お別れだ』

私は笑えているだろうか。
ぎこちなくとも許してくれ。
このような経験はないのだから。

エキドナの動きがなくなった。
動揺してくれているのか?

『其方は聡い・・・説明の必要はない、分かっておるだろう?』

あの会合から、あの時の事を聞いてきた事はない。
話の端々から理解したのだろう?
だから聞いてこなかった。

『・・・楽しかった』

体の中激しく熱を帯びてきた。
千年も生きていれば、こうなった雄の顛末を聞いた事もある。
過去には人族の雌に恋に落ちた竜もいたらしい。

最後には気が狂い、その雌を喰い殺した。
そして絶望し己で命を絶った。

その気持ちは全く理解出来ん。

エキドナを喰らう?
それで何になるというのだ。
此奴の居ない世界に何の魅力がある?
臓腑が焼け焦げようとも御免被る。

『・・・幸せだった』

あの日、其方は否定した。
貰ってばかりだと言う私の言葉を否定した。
だが今日この日を穏やかに迎えられたのは其方のお陰なのだ。

『・・・ありがとう』

感謝の言葉しか返せない私をどうか許してくれ。
このような雨の日に追い出す私を許してくれ。

もう・・・動けぬのだ。

変調には気付いていた。
発情期の訪れには気が付いていた。
だが側に居たかった。
許される限り共に在りたかった。
例え一分でも、一秒でも長く其方を感じていたかった。

『どうした、私を看取ってくれるのか?』

私の言葉にエキドナは身動きも反応もしようとしない。
ああ・・・それも悪くはない。
悪くはないが・・・苦しむ姿は見せたくはない。

『もしだ・・・もしも少しでも私を思ってくれるなら・・・』

笑っている私を・・・

『頼む、行ってくれ』

最後にその姿を映してくれ。
其方を前にしても爪を立てぬ自信はある。
牙を向けぬ自信もある。

だがみっともなく身悶える姿は見せたくはない。
欲色に染まる目を向けたくはない。
それを見せない自信だけはないのだ。

『・・・エキドナ・・・愛している』

其方がくれた。
この気持ちだけは隠せない。
隠したくはないのだ。
だから笑っていられる。
笑顔で其方を見送れるのだ。

・・・どうだ?しっかりと笑えているだろう?

その言葉にようやく反応してくれた。
是も否もなく。
首を上げる事も叶わず、地に伏せた私に・・・ぷよんと口付けてくれた。

百年近い年月、共に過ごしたのだ。
その部分がエキドナの顔にあたる場所だという事くらいは分かる。

・・・ほら、やはり貰ってばかりではないか。

振り返り、洞穴の外に向かって跳ねるエキドナを見送る。
噛みしめる顎に力が込もる。
開かぬように、耐えるように。
それは呼び止める言葉を吐かぬ為に。
それは引き留める為に牙を剥かぬように。

・・・それで良い。

振り返るな。
未練だけは・・・与えてくれるな。

嗚呼、心が叫ぶ。
寂しいと泣き叫ぶ。
温もりを求めて前脚を伸ばし爪を尖らせる。

だが此処にある。

エキドナと過ごした記憶が此処にある。
その中に確かに存在する。
温もりが、そして愛が。
傲慢で強欲な竜にはそれで・・・充分だ。

だが・・・エキドナは立ち止まった。
洞穴の入り口で雨に打たれながら。
其方も寂しく思ってくれたのか?
其方も愛しく感じてくれているのか?
粘体が水分を含み幾らか膨らみだしている。

・・・嬉しかった。
もう良い。
その気持ちだけで良い。

どれだけ私に与えてくれれば満足するのだ?

大丈夫だ。
もう逝ける。

ありがとう・・・エキドナ、愛している・・・
































ぴろりん

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