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33 マリー

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謁見の後、陛下の計らいで用意された馬車に乗った。
明日の迎えも寄越すと言ってくれた。
その期待には添えられる情報の筈だ。
とは言っても情報はあくまでも情報でしかない。
それをどう利用するかは陛下次第だ。

ただ明日は何を着て行けば良いだろう?
・・・同じドレス2日連続は流石に不味い。
軍籍にあれば騎士団の制服で事足りたのだが除籍の身ではそうもいかない。
明日は朝から既製品のドレスを買いに行くしかなさそうだ。

そんな事を考えている内に馬車はドラグノフ邸へと到着した。
出迎えていたのは半年振りの執事と侍女達だ。
特に子供の頃から世話になった侍女頭には泣いて心配をされた。

玄関ホールで領主代行をしてくれているレイモンドが出迎えてくれた。
横には少しお腹の膨らんだ女性がいた。
挨拶の中で嫁のハンナだと紹介された。
胸も痛まず微笑ましく思えた。
これも心境の変化だろうか?

レイモンドに父の事を聞いた。
病気ではないというが歯切れが悪かった。
あの父が?と思ったが精神的なものらしい。

私が死んだと聞いて何も手につかなくなったが当然領主としての仕事はある。
なのでレイモンドを急ぎ養子に迎えたとか。
・・・後は見れば分かると。


父とは正直仲の良い親娘とは言えない。
ただ恨んでいるかといえばそうでもない。
ハッグと出会えて幸せを感じられたのも、遡れば父が剣を握らせた日々があったからだ。
将軍を目指した日々も全てがそこから始まっている。

そして思う。
父は恐らく母を愛しすぎたのだろう。
その愛した分憎しみが大きくなったのかも知れない。
それが母に似た私に向いたのかも知れない。
もしかしたら罪悪感を感じていたのかも知れない。
元夫に裏切られた時は母を思い出したのだろう。
怒りは凄まじかった。
普段会話のない親娘だったが、その時は確かに気遣う言葉を掛けられた。
そして私が死んだと聞かされて何も手につかなくなったというのだから。

ハッグを愛した今の私なら少しは理解出来る。
共感は出来ないが理解に苦しくはない。


レイモンドの「見ればわかる」という姿を見てもその気持ちは変わらなかった。
部屋は薄暗く魔道具の灯火が光るだけ。
まず見る前に強く鼻についた。

・・・酒の臭いだ。

「父上・・・只今戻りました」

「・・・ローズか・・・酒だ・・・」

「父上?」

「・・・酒を持って来いと言っているだろう!・・・」

「・・・レイモンド、ずっとか?」

「はい」

そう、共感は出来ないが理解に苦しくはない。
普通なら「もうやめて下さい」と泣き縋るなだろうか?
普通なら抱き締めて慰めるのだろうか?

そう思えないのは私がこの男を共感出来ないからだ。

レイモンドに「黙って見ていろ」そう告げた。
その情けない男を見下ろした。
そして共感出来る事をした。

もし・・・もしハッグがこんな情けない真似をしていたらどう思う?
私を失った事で酒に溺れていたらどうする?

だからそう共感して胸倉を掴んだ。
そして頬を平手で打った。
乾いた音が部屋に鳴り響く。
少し違うのはハッグなら手加減はしない。
この男には手加減をした。
殺してしまうからな。

「ち!父親に手をぶふっ!」

何も言わずに反対の頬を甲で打った。
何も言わずに平手で打った。
それを延々と繰り返した。
屋敷に染み渡る程乾いた音が鳴り続けた。

ハッグが反省したらどういう反応をするか考えた。
間違いなく泣いて謝るだろう。
だからこの男が泣いて謝るまで叩いた。
ハッグと違い泣き虫ではないのを忘れて。
この男に共感出来ないのだからそれは仕方ない。

どれ程そうしただろう。
漸く一粒の涙と「ゆ、許じでくれ」と聞こえたので手を離した。

部屋を出る時に嗚咽が聞こえた気がした。
そして強く音を立て閉めた。
怖いものを見たような目をするレイモンドやハンナや執事、侍女達に優しく微笑んでおいた。

・・・逆効果だったようだ。

ただサザーランド将軍閣下の時と違い恨みを晴らしたつもりはない。
ハッグが相手ならそうすると思ったのと、私への慚愧の念故の行動だったのなら、王国での私のように断罪されたいだろうと思ったからだ。

勘違いなら仕方ない。
ここから追い出されるだけだ。

後は「金輪際酒を出すな」「何かあれば私を呼べ」と伝えておいた。
ドラグノフ家は代々騎士の家系だ。
侯爵位は先祖が戦で得た軍功を積み上げた結果だ。
肩書きの割には小さいが領地も賜った。
そして父も過分にもれず騎士職についた。
性格が変わったあの時期に騎士の職を辞して領地経営に専念したが、変わる前の父は私の憧れだったのだ。

だからあの様な父の姿は見たくない。

その後レイモンドと話をした。
まず当たり障りなく領地経営の具合だ。
父があの様子では引き継ぎもなかったろう。
だが元々文官を務めていたらしく、書類を見れば大まかな事柄は理解できたという。

急遽推し進められた養子手続きや引っ越し、引き継ぎのない領地経営、それに父の事も有り職は辞したらしいが、上役からは落ち着いたら戻って欲しいと言われたそうだ。
どうせならハンナの出産が無事終わってから復帰すると笑いながら言った。
優秀な上に腹も坐っているようだ。

なら私の計画に巻き込んでみよう。

レイモンドの実家は伯爵家で戦争に対して中立派だという。
だがドラグノフ家は賛成派だ。
先祖代々が騎士職なので仕方ない。
その旗を振るのはあくまでも侯爵である父だからだ。
その父を説得して反対派に出来れば戦況は覆る。

だが父がアレではどうしようもないがな。

レイモンドにはハッグに嫁いだ事以外は全て話した。
肥沃な土地や人権を無視した魔道具使用などだ。
その上で私が入り婿を取ることはないと宣言した。
形としては嫁ぐか独り身を貫くか、教会に行って修道女にでもなると。
それを聞いたレイモンドの口角が少しだけ動いた気がした。

・・・やはり優秀なようだ。
この場合は頼もしいと言える。

旗は振れないが昔からの友人や、反対寄りの中立派の位置で噂の流布を手伝ってくれるとの事。
それと生家である伯爵家にもその協力を約束させると言ってくれた。
争う事なく領主の座を譲った御礼だろう。

私は反対派の茶会に顔を出す。
周りから見れば行き遅れが婿を探す様に見えるだろう。
つまり反対派の婿を。

ただし条件は私より強い者だ。
ハッグ以外を夫と認めるわけには行かないからな。

賛成派の領主は床に伏せている。
領主代行のレイモンドは反対寄りの中立派。
私は反対派の婿を探す。
遠回りだがドラグノフ家は反対派であると明言する事になる。


朝から衝撃的な思いをした。
私の身体は小さくなり大きくなっていた。
何を言っているのか分からないと思うがそれだけ衝撃的だったと思って欲しい。

ハッグと閨を共にしてから身体を動かす時間が減ったのが原因だ。
運動はしていたはずだ。
毎晩息切れして疲れ果てるのだから。
だがアレでは筋肉はつかない。

シャツのサイズが全く合わなくなっていた。
成長はないだろうと身体に合わせてオーダーメイドで作らせていたのが仇になった。

肩幅は筋肉が減り余って弛んでいる。
胸が脂肪に変わり大きくなった分、胸元のボタンの所が引っ張られ隙間が見えた。
王国では全く気にならなかった事を考えると、ベアード侯爵家の侍女の底力を垣間見た気がする。

侍女長に助けを求めると、脇の下の縫い目に切り込みを入れてくれた。
上着を着れば分からないが、これはこれで落ち着かないものだ。
普段着でも既製品では胸に合わせる必要があるので女性物を買った方が良いと言われた。

侍女に付き添ってもらい服を買いに行った。
私よりも侍女の方が熱心だった気がする。
ワンピースやシャツ、スカート、ドレスを数点買い込んだ。
着てみたが足元がどうしても落ち着かない。
この格好にもいずれ慣れるのだろうか?

後は屋敷で迎えの馬車を待った。
淡い藍色のドレスを着て。

父は部屋から出てこないようだ。
朝餉はスープだけは飲んだとか。
酒は要求していないらしい。

いずれは向き合う日が来るのかも知れない。
別段、謝罪も説明も求める気はない。
もしその気があるのなら協力してもらおう。


ハッグとの再開の日が少しでも早くなるように。

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