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最終章
最終章-31 神の武器、顛末
しおりを挟む主はアピールするかのように顎髭を撫でる。
だがその顔は優男としか言いようがない青年の面立ちだ。
そこはかとなく違和感しか感じられない。
似合わないとしか言いようがなかった。
・・・アレに触れてはならない。
そう感じ取ったオリハは膝をつき視線をふせる。
ヒトが王に行うような礼儀で良いのかは分からない。
それでも行わないよりは良いだろう。
何よりも長い顎髭の感想を誤魔化せる。
それが一番大事だった。
「ああ、そんな事はしなくていい、必要ないよ、言葉遣いもあちらと同じ、いつも通りで構わないから」
「で、ですが・・・」
柱同士の間でもそんな遣り取りはない。
頂点に立つ主もそれを求めた姿を見た事はない。
だがその御手で作られた存在であるオリハには、礼を欠くのは不敬だと感じられた。
誤魔化す為でもあったが。
それに主は首を振る。
「敬われるような存在じゃない、私達はただこの世界を管理している存在に過ぎないのだから」
「そのような事はっ!」
「確かに君を作ったのは私だ、だがその魂を作ったのは私じゃない、あの世界だ・・・ん?となると、私は君の父親みたいなものじゃないか、だったらなおさら礼儀なんていらないよ、寂しいじゃないか」
「ほう?ではオリハルコンを打ち出した儂が母親という事になるのか?」
「母親は世界の方でしょ?そんなむさ苦しいお母さんなんていらないわよ、ねえ?」
他の柱も会話に混ざる。
それでもオリハはついた膝を崩せない。
初めての会話なのだ。
それは致し方ないのかも知れない。
「・・・仕方ない、では命令する、いつも通りで構わない、良いね?」
このままでは話も進まない。
それは否定を、二の句を継げさせないという意思を孕んでいた。
これ以上の拒否は逆に不敬だろう。
強い緊張にはち切れてしまいそうな胸を押さえてオリハは立ち上がる。
「ふぅ・・・分かった、そうさせてもらう」
「うん、それて良い、どうせ必要なくなるんだから」
その言葉に内心鼓動を早める。
その意味を考える。
「まずは座って、話はそれからだ」
そう言うとパチンと指を鳴らした。
白い円卓が少しだけ大きくなり、空いたスペースに白い椅子が出来る。
緊張、動揺、頭の中も白く染まる。
だからいつもの定位置に着こうと円卓に登る。
円卓中央にある敷物の上に。
「落ち着きなさい」
「そこじゃない」
円卓に膝を乗せた所で、最初に生み出されたとされる、水と恵み、風と土を司る柱が抑揚なく止めてくれた。
「あー、もう君はヒトなのだから椅子でいいんじゃないかな?」
「も、申し訳、ない・・・」
気恥ずかしさから語尾を落とす。
「いや、こちらもちゃんと伝えれば良かった・・・落ち着く為にもまずは良い話からしようか」
なら悪い話もある。
思考が悪い方にしかまとまらない。
「・・・頼む」
だが聞くことしか出来ない。
もう選択肢はない筈だ。
主は静かに頷く。
「今ここにいるのは、存在証明の完結からじゃない、ここに君を招待した・・・いや、ようやく呼べるようになった、が正解かな」
「それは・・・」
「君の魂が理の外の存在だからね、神託も何も伝える事ができなかったんだ・・・すまない」
その説明に口吃るオリハ。
欲しい言葉はそちらではなかった。
「帰れるわよ」
察しの悪い主を置いて美の柱が口を挟む。
「・・・ほんとう、に?」
「ええ、でも結末までは変えられない、悪い話はその事よ・・・」
「だが!確かに我の時は・・・っ!」
残っていなかった。
5千年繰り返して来た降臨と帰還。
その感覚に狂いはない筈だ。
「そうだね、君にはその方が大切な事だった・・・[地母神]を使ったんだよ、君の子供達がね、まさかシステムの刻を押し留めるとは思わなかったよ」
「では、我は?」
「恐らく、としか言えないが・・・半年、リミットが伸びたようだ」
足りない。
未だその欲は止まらない。
それでもまた会える。
耳で声を、手で触れる事が出来る。
ようやく思考が晴れた気がした。
抑圧から解放された、が正しいのかも知れない。
「その事で・・・我々は君に詫びなければならない事がある」
「・・・誰もそうなるとは思わなんだ、許して欲しい」
「ほんとっっっうにゴメンねっ!」
口々から告げられる謝罪。
「今回の降臨とその存在証明の話だ」
理由を加えてくれた。
「・・・ハル、いやギュストの魂を救う為、ではないのか?」
それだけではないのは分かっている。
それならこの段階で存在証明を終える筈がない。
「それなら、救った時点で君は帰還している筈だろう?・・・利用したんだ、成し得ない存在証明を立て、ギュスト、いやハルを救う為に」
各々が口を開く。
「お前に魂があるのを儂らが知ったのは・・・500年前のあの時だ・・・」
「あれは我らの罪だ」
「怠慢だってギュストに怒られた」
「謝っても許してくれなかった」
その記憶はオリハにはない。
帰還の直前までの記憶しかなかった。
考え込むオリハを見て、主が付け加える。
「・・・君は眠っていたようだからね、狂気に抗おうとした分、その魂の損傷はギュストよりも酷かったんだ」
「記憶は、どこからあるんだ?」
「・・・降臨の途中からだ」
「ならその間眠っていたんだろう・・・正直、私達はオリハルコンの使用を金輪際するつもりはなかったんだよ」
「ギュストは魂の癒しを、輪廻を拒絶した・・・そして眠るお前の横で我らをただ見張っていた」
「だから結構真面目に働いてたんだぜ?・・・まぁ、反省してたしなぁ」
やはり眠っていたのだろう。
酒と悦楽の柱が働いているところなど、オリハは見た事がない。
「飲んだんだろ?[神の雫]」
「ああ、あれは本当に美味かった」
「だろっ?!あれは自信作だったんだよな!」
胸を張り、指で鼻の下を擦る。
「これ悦楽のっ!自慢する事ではない!」
「働くのは」
「当然」
「へいへい」
柱達も疲れ切っていたのだ。
何も変わらない世界に。
打てども響かない現状に。
きっと同じように憂いていたのだ。
オリハには、このように集まり語らう柱の記憶はなかったのだから。
「そして500年経って、ようやくギュストは許してくれた」
柱達の何人かは元々ヒトである。
主もヒトを生み出した存在だからとて、それを不敬とも傲慢とも思わない。
少なくともヒトから柱になった存在は、現世からの信仰により成り立っている。
誰もがそれを理解しているのだ。
「輪廻を望んだ先が・・・最後のダークエルフ種の赤子だった」
それを聞いて、オリハはギュストらしいと思った。
最後の最後まで捻くれていたのだろう。
「・・・何度も夢で逃亡先を誘導した」
「不吉の雨も降らせたわね・・・アキ君の時にも降らせた雨よ」
「足りなかった」
「助けられなかった」
悔しそうな顔を見渡す。
必死に手段を講じたのがそれだけで分かる。
「・・・だから君を使用した・・・返事も出来ない君に勝手に託したんだ」
「お前がヒトになるのかは、正直、賭けだったが・・・問題はそこからだな」
「詫びの一環として器を与えた、ヒトとしての生涯を過ごせるように」
「私達が君に発した証明は・・・[悠久足る平和への架け橋]種族間の争いもなく、生きる者全てが平和に暮らせる、その世界のきっかけを作る事だった」
「・・・誰も成し遂げるとは思わなかったんだ」
「我らの浅はかな思慮の所為で、より貴女を苦しめてしまった」
「ごめん」
「ゴメン」
いくつかの疑問がようやく融解する。
好きに生きろ。
あれはそのままの意味だったのか。
張り詰めた氷の張った心を溶け始める。
己の行動は間違いではなかった。
確かに世を去る事にはなった。
これからも手を抜く事は出来ない。
平和とは緩みの無い糸のようなものなのだから。
それでも残される我が子らに、残してやれる。
少しでも愛を教えてくれた者達に報いる事が出来たようにも思えた。
主をして不可能と思われた事を成し遂げてみせたのだ。
後悔はある。
不満もある。
だが未練は消えた。
「だが勘違いするでないぞ、成し遂げた行為には一同感謝しておるのだ」
「ああ、その為に俺達は働かせれてんだからな」
「・・・自主的に頼むよ」
もう良い、満足だ。
達成感という愉悦すらある。
その上、我が子らが己を思い猶予をくれた。
残された思いも回収出来るだろう。
気が付けばオリハも笑いの輪の中に入っていた。
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