赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

文字の大きさ
上 下
143 / 162
最終章

最終章-25 神の武器、手札

しおりを挟む


開始の合図と共にハルは前へと緩やかに飛び出す。
剣は脇構え。
重くて持ち上がらない剣を引き摺っているかの様に見える。
それに気の抜けたような掛け声が拍車をかける。

「てぇいやぁーっ!」

これだけはハルの素であった。
まず半歩。
そして半歩。
コロシアム全体の空気が解ける雰囲気を感じる。

アル、王子殿下がここまで先鋒として勝ち続けていたのは、観客も含め耳に届いているだろう。
ならば副将は?大将は?
交代をしなかったのは、王子殿下の飾りであった為だ。
誰もがそう認識していた。

そして大きく三歩目を強く地面に蹴り出し加速。
四歩目で全身をバネにして猫の様に跳躍した。
片手剣ではあるものの、細剣のように右手のみで胸元に持ち替えて跳躍に合わせてしなやかに刺突を放つ。

完全に虚を突いた。

だがその刺突を辛うじて剣で這わせるように受け、角度を変えさせ体を捻り躱してみせた。
オスカーの言う通り、確かに強いのだと確認する。
だがアキほどではない事も確認した。
不意を突いたとはいえ、ハルの剣を跳ね上げられなかったのだから。

弛緩した空気が締まっていくのを肌が感じる。
伸びた鼻の下は残念ながらもう戻ってしまったようだ。

脇構えではなく剣を前に置いた半身の構えを行う。
刺突をメインにした、ハル本来の細剣の構えだ。
あれで決まってくれれば儲けもの。
その程度の考えだったので落胆はしていない。

ここからが本番だ。
相手の間合いを測りながら、ヒットアンドアウェイで刺突を繰り出す。

「ちぇいやぁーっ!」

気の抜けた掛け声を出しながら。


オリハと向かい合ってアルが告げる。

「俺は・・・ハルといる事で幸せになれる、だからハルも幸せにしてみせる、としか考えていない」

そうスッパリと言い切った。

「残される者の、相手の気持ちなど考えない、というのか?」

「・・・生きていようが、死んでしまおうが、相手の気持ちなど知りようがないではないか・・・だから人は言葉を交わし想いを告げるのだろう?」

「・・・そういうものか」

なまじ感情が伝わって来る体質であるが故に、相手の感情をどう処理すべきか、オリハはそう考えていた。

「相手の、ハルの半分の人生に対して責任を持つ、残った半分に金や身分は用意する、それ以外は話し合いで擦り合わせるしかないだろう」

無駄に考え過ぎている。
暗にそう告げられた気がした。

「それに年老いて死ねるとは限らない、不意の事故があれば、病に侵される事だってあり得る・・・だからヒトはその時を懸命に生きるんじゃないか・・・って俺は何を言ってるんだ」

「いや、参考になった・・・思っていたよりも考えているんだな」

「・・・仮にも王族だしな」

そう言って年相応の顔で笑う。
オリハはまで後悔しないよう、そう思っていた。
違うのだ。
いつ、何があるかなんて誰も分からない。
だからこそ日々、後悔しないよう選択し生きていく。
それが難しくもあり、そして普通の幸せというものなのだ。

極端にいえば、己が天へ還る前にエインが先に召される可能性だってある。
何故エインを例に考えたのか?
オリハの罪悪感が一番少なくて済むからだ。
草葉の陰で、さぞエインも喜んでいる事だろう。

「では我の番だな・・・お前達は互いの気持ちにそれとなく気付いているのに、肝心な事は何も話しておらんだろう」

「むっ」

「その口でしかと伝えたのか?好きだと」

「・・・言ってない」

「まずはそこからだ、伝えられると案外響くものがあるものだ」

オリハの経験談からである。

「それにハルはアルに対して強さも地位も何も求めてはいない・・・それこそ話し合い、ではないのか?・・・まあ我は王族との婚姻など、本来は反対したいところではあるのだが」

そこで途切らせた。
貴様の祖父に丸め込まれた、など口にしたくなかったからだ。

「・・・まずは今回の件を謝る事だな、話はそれからだ」

独り善がりだった。
最後に理事長としてではなく、女として母親としてアルに教えを説いた。

「・・・怒っているのだろうか」

「うむ、ハルの怒りは我が家で一番恐ろしくて長いぞ」

頑張れ、と背中を叩く。
この辺りが「他所の子にも甘い」とハルに釘を刺された点だろう。

「どうだ?痛みは」

「あ、ああ、もう大丈夫だ」

話しながらも回復魔法は続けていた。
腕を動かしながらアルが答えた。

「では戻るか、ハルの試合に間に合えば良いが」

「・・・まだ戦っているのだろうか、相手はかなり強かったぞ?俺が万全だったとしても勝てるかどうか・・・」

「ふむ、ハルは確かに強くはない、だが我の教えに一番忠実なのは間違いなくハルだ」

「というと?」

「あの相手にならハルは絶対に、そう言う事だ」

格上が相手という想定の戦いは常に教えてあった。
それはナツやフユにも教えていたものだ。
ハルには膂力もなければ素早さもない。
卓越した剣術もない。
何も持たざる者だからこそ、状況という手札を忠実に駆使する。

「行くぞ、どうした、また抱えてやろうか?」

「も、もう歩ける!」

そうして二人は医務室を後にした。
何かが解決した訳ではない。
残される者に対しての罪悪感が消えた訳ではない。
返したい恩がなくなった訳ではない。
燻る感情はこの胸に抱いたままだ。

それでも、幸せなのか?

そう問われれば迷わずに答えられる。

我は幸せ者だ。

だから、今はこのままで良い。

今よりも少しだけ、そう、ほんの少しだけ優しくしてやろう。
それで良い筈だ。
きっと。


「おっ、アル、もう大丈夫なのか?」

「心配をかけた、すまない」

オスカーが安心した様子で声をかける。

「ハルは?」

「後1分」

オリハからの一言だけの問いに、ニヤッと笑いながら答えた。
3人は視線を中央へと戻す。
相手が大きく踏み込み斬撃を放つ。
その分後退しながら余裕を持ってハルは回避行動をとる。
地面にガンッと音を立て突き立てられる剣。

それは大きな隙な筈だ。
だがハルはその剣を軽く打ち払う。
カンとぶつけた相手の剣先が揺れた。

体重がかかっていない事を確認して、それが誘いであるのを確信する。
返す刃での籠手を中断して間合いを保つ。

(やっぱり、これだから強い人は・・・)

油断ならない。
兜の中で深呼吸をしながら合わせて溜息を吐く。
敗北は死に繋がる。
だからオリハは子供達に負けない事を教える。
ナツとフユは最後まで諦めずに、機を伺う事だと捉えた。
それはそれだけの能力があったからだと言える。
フェンリルに狩りと称して鍛えられた基礎能力があったからだ。

では能力のないハルは?
単純にそれを負けない為の手段と捉えた。

膂力は低い。
だから剣で相手の攻撃を受ける事はない。
身体能力も高くはない。
だから間合いを遠く離れ、相手の剣先の始動を眺める事が出来るので、回避を容易に行う事が出来る。
相手の隙を信用しない。
自分は決して強くなどないのだから。

万が一、誰かに襲われたら?
ハルはただ耐える。
そうすれば必ず助けに来てくるのだから。
オリハ母親が、ナツやフユ、アキ兄弟達が。
その時間を作る為の手段だとしか考えていない。

あの時、目の前でアキが倒れた衝撃はハルにもあった。
自分は姉なのに。
一撃を逸らす力があれば。
たった1秒、相手の気を逸らす事が出来たならば。
その思いはハルの守りの姿勢をより強固にさせた。

「俺相手には攻め一辺倒なのだが?」

「・・・アルだからだろ?」

「ふっ、そうか、特別なのは俺だからか」

満更でもなさそうである。
オスカーは「うへえ」と苦虫を噛み潰したような顔を向けるが、陶酔中のアルには届かなかった。

審判が時計を見やる。

それが焦りを生じる。
ましてや相手は性別も違う、それに年下だ。
剣を交えても強いとは思わない。
特質した何かがあるとは思えない。
それでも振り回す剣は、全く当たる気がしない。
それが更なる焦りを生じさせた。

「があぁぁあっ!」

大きな振り下ろし。
それが大地にガスンッと突き刺さる。

それは反射であった。

確認をしなくても確信した。
強いて挙げれば女としての第六感と言えよう。
ガラ空きになった左胸に迷う事なく刺突を繰り出す。

「にやぁー!」

気の抜けた声と共に。

ここまで一切フェイントに引っかからなかった。
誘いに乗る事もなかった。

「・・・あっ」

それでも辛うじて躱せたのは、強者としての矜持だろうか。
体勢を崩しながらも半身分だけ刺突から逃れる。
剥き出しの左腕上腕目掛けて刺突がめり込んだ。

「・・・それまでっ!」

有効打にはならない。
残念ながらアルの腕同様に無効打である。
そして小柄な少女の健闘を讃える拍手が贈られる。
結果は引き分け。
最後の惜しかった一撃も踏まえれば、充分大金星といえよう。

左腕を抑え、控え目に退場する対戦相手と比べて、想定通りの試合運びを終えたハルは笑顔であった。

「ま、まさか左腕・・・狙ったのか?」

「偶然だから「あっ」てハルも言ってたからな」

「そこまでして俺の仇を・・・」

「はい、聞いちゃいねえ」

笑顔のハルを出迎える。

「お疲れ、頑張ったな」

「あ、お母さん!ありがとーっ!」

そしてパァンとハイタッチ。
兜を脱ぎ大きく息を吐く。

「ハル・・・その、だな・・・」

「・・・アル・・・」

「す、すまな「馬鹿」・・・ハ、ハル?」

張り付いた笑顔のままでハルが言う。

「絶対に許さないんだから」

こうなったら後が長い。
オリハとオスカーは肩を竦め顔を見合わせる。
恋愛コメディを始める二人を他所にオスカーは溜息を吐く。

「・・・はぁ、とっとと終わらせてくる」

公称、モテない男は有言実行を果たす。
王都の空が夕暮れに染まる前に勝利を告げる鐘の音が二つ。
決勝戦で二人抜きを果たし優勝に貢献するも、オスカーに群がる淑女はその後も現れる事はなかったという。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...