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最終章
最終章-9 神の武器、愛
しおりを挟む分厚い雲に太陽が隠されたまま、気が付けば日が暮れていた。
外からガッ!ゴキッ!グシャッ!などの異音が聞こえてくるが、それを気にする暇はない。
子供達にとってはお待ちかねで待望の夕食の時間だからだ。
フォローをすれば初めてではないから、と言っておこう。
大体、年に一度は行われる行事なのだ。
だから街の人達も獅子の咆哮が響き渡ろうとも「またか」「やってるねぇ」と生暖かく見守ってくれている。
本来慌てるべきは領主であるオーウェンだ。
他国の王と自領の司祭がステゴロを演じている上に、今回は明らかに雲行きが異なる。
だが止める事は出来ない。
ここまでくればレオンパルドが何をしているのかも理解出来る。
オリハのただ行き場の無い感情をその身で受け止めているのだと。
少なくともエインリッヒがそれを是としたのなら、それが最適な答えなのだろうと思い至る。
それを羨ましいと感じながらも、国交情勢に墨を落とす事が無いように無事を祈るのだった。
だだぶりの雨の中、その雨を押し返すように血飛沫が舞う。
拳と拳が鈍い音を立て重ねられた。
膂力の差もあれば体格差もある筈だ。
だが拮抗する。
複雑に入り混じるオリハの感情がそれを後押しする。
「・・・っ!」
重なる拳を引き、反動を利用してレオンパルドに身体ごと拳を叩きつける。
そのまま一撃、二撃、三撃と連撃を浴びせる。
怒りを纏った拳は威力を増し技のキレを奪った。
嘆きを纏った拳は速さを増し技の冴えを奪った。
それを防御もせずに、煩わしいと言わんばかりの拳をオリハに返す。
振り抜かれた拳はオリハの頬を穿ち、大きく体勢を崩させる。
「何だ?!その腑抜けた拳はっ!やる気あんのかっ!?」
「・・・あああああっ!!!」
効いていない筈がない。
同等の力の拳が、蹴りが幾度もその身体に抉り込んだのだから。
効いていない筈がない。
幾度も骨が軋み、幾度も乾いた様な音が鳴り響いたのだから。
レオンパルドはただ拳を打ち返し、ただ煽った。
経を説くつもりはない。
これはただのお節介なのだ。
オリハとて理解して納得している。
ナツとフユからそう言われれば、心の底から前途を祝福しただろう。
心の底から見送っただろう。
そして心の底からの笑顔と、心の底から嘘を吐くのだ。
「行ってらっしゃい」と。
だからこれはただの我儘だ。
だからこれはただの八つ当たりだ。
容赦無く振り抜いた右拳が肋骨を砕く。
返しざまに振り抜いた左拳が顎を砕いた。
その打撃に蹌踉めく。
だがレオンパルドは倒れない。
「・・・再生・・・」
幾度目かのスキルの酷使。
そして嘲笑う。
「足りねえなぁ・・・負けたいのか?!そんなに儂のベッドの上が恋しいのか?!ああっ!?」
子供の将来を想い、そして見送る。
その時に異なる感情があろうとも、笑い話になる筈だ。
将来、思い出話になる筈だ。
だが誰にも告げられないオリハの秘密がそれを否定する。
拳をその身で受けるレオンパルドは、それを当然知る由もない。
エイン、オーウェン、子供達もだ。
だからこれはただのお節介。
見送るオリハの顔に僅かな影すらも射さないで済むように。
心の底から「行ってらっしゃい」と、そう言えるように。
オリハの入り混じる感情の中に「馬鹿者」という単語が含まれ始める。
こんな事は無駄なのだ。
どうしようもない、ただのありふれた「親離れ」という事象に過ぎない。
その感傷を和らげる為だけに、その身を犠牲にし、命までかけている。
月日が経つ毎に弱くなっていく。
闘う為の力ではない。
只人として、だ。
時の訪れに後悔しないように生きようと決めた。
なのに過ごす日々に比例するように、失くしたくないモノが増えていく。
己の我儘に付き従っててくれる友に、己は何を返せるというのだろうか?
欲望の望むままに、この身体が欲しいというのならば喜んでくれてやろう。
だがその最後を看取ってやる事は叶わない。
鞭で打ち、脚で踏み付け、蔑んだ視線が欲しいのならば喜んでくれてやろう。
だが共に並び、共に未来を見てやる事は叶わない。
亡き妻の代わりにもなれない。
共に生き、愛を育む事も叶わない。
彼女と同じように置き去りにしてしまうのだから。
激しく降りつける雨がオリハの顔を叩き濡らす。
それを厭わず、駄々を捏ねる子供のように拳を叩きつける。
雨が目尻を辿り、目から雨が雫となり流れ落ちるのも厭わず、ただ、ただ、その想いを叩きつけた。
そんな背景の食事風景の中、ナツとフユは外の様子をソワソワと気にかける。
何せ自分達の事だ。
決して獣王の身を案じてではない。
悪戯がバレた後の子供のようなものだ。
前以て話しておく事が出来なかったのだから。
オリハが意図的にその状況を避けた所為でもある。
だからそれを察するエインが声をかけた。
「何も心配いりません、オリハ様が落ち着いたらしっかり話を聞かせて差し上げて下さい」
「・・・」
「悪いのはお二方ではありません、大人になれない大人の所為なのです・・・それにあれは怒っているのではありませんよ?」
「・・・ほんと?」
「・・・怒ってない?」
「オリハ様が・・・お母様がやりたい事をしたいと言うお二方を・・・叱ると思いますか?」
二人は黙ったまま首を横に振った。
「獣王のアレはただのお節介です、気にする必要はありません・・・何ならトドメを刺しても良いのですよ?」
「いや、それは駄目だ、エインリッヒ殿!自分の願望を無垢な子供に植え付けないで下さい!」
オーウェンがそれをすかさず止めた。
舌打ちをするエインを視線で咎め、咳払いを一つ。
「ナツくん、フユちゃん、言葉を飾る必要はない、思ったままを口にすれば良い・・・ね?」
「「・・・はい」」
外の雨はただ音を増していった。
鈍い音を非和声音にして。
・・・ウジウジと何を悩んでいたのだろうか?
そう悟る頃には腕を上げるのも億劫になっていた。
何て事はない。
あの母大狼が選んだ道と違いはないではないか。
側にいて欲しいという気持ちに変わりはない。
だが天秤にかけるまでもない。
それが我が子の為になれば良いのだ。
何かあれば駆けつけてやるだけなのだから。
木の上に立ち見守るだけが親ではない。
例え隔てる棒があり、離れ離れになったとしても母なのだから。
そんな自嘲に合わせて辺りの空気が弛緩する。
限界を迎えたのはオリハだけではない。
仰向けの姿勢でレオンパルドは地に伏した。
倒れる際に泥がオリハに跳ねたが、今更で気にする所ではない。
オリハも力無くその場に腰を落とした。
「・・・おい、少しはスッキリしたか?」
「・・・ああ」
謝罪をすれば良いのか。
感謝を告げれば良いのか。
・・・ただどちらも違う気がした。
「なら良い・・・流石に、死ぬかと思った・・・」
「・・・そのまま死んでしまえ」
そしてトドメの拳を振り下ろした。
その拳はポスンと音を立て腹部の上に降ろされた。
だからこれが正解なのだと思う。
レオは礼を言われたくてやったのではない。
だから・・・きっと・・・これで良いのだ。
「へっ・・・どうだ?惚れたか?」
いつもの軽口。
「ああ・・・前からな」
こんな自分には勿体ない。
返したいのに何も返してやれない。
この感情に名前を付けるのなら、きっと「愛」と呼ぶのだろう。
「そうか・・・よっと!」
レオが足を振り上げ上半身を跳ね起こす。
泥が顔に跳ねたが、それこそ今更だ。
「明後日にまた寄る」
「・・・分かった」
それで意味は伝わった。
ぺちゃぺちゃと水音を立て孤児院へと向かう。
「おい、魔王擬きっ!帰るぞっ!」
「・・・お断り致します」
「うるせえ、遠巻きにテメエも一枚噛んでんだろが・・・今日は素直に引っ込んでろ」
胡乱げな視線をレオンパルドに投げかけ溜息を吐く。
エインはそれを望んだのではない。
ただそれがキッカケとなったのは間違いない。
「・・・オリハ様、また参ります」
「すまんな」
それを恨むつもりはない。
その時、オリハも横にいたのだ。
寧ろナツとフユの将来への選択肢を繋いでくれた。
感謝をすれども恨む筋合いはない。
雨降る中を走る馬車を見送る。
子供達の夕食はもう済んだようだ。
「・・・母の分は残ってるか?」
「うん!」
「あるよー」
悩むのをやめた途端に腹が鳴った。
「後片付けは母がする!皆は風呂にはいれ!」
「「「はーい」」」
「ナツ、フユ、後でゆっくりと聞かせてくれ」
静かに頷く二人にいつもと何ら変わらぬ笑顔で答えた。
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