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最終章
最終章-1 神の武器、五年
しおりを挟むここはサウセント王国。
国の中枢である王都から西にある街サテライト。
街の中心に位置する商店街。
まだ日が顔を出した所だというのに客足もない中、俄かに賑わい始める。
ここでは恒例となった行事が毎朝執り行われるのだ。
朝日から影が伸びる。
カッカッカッと迷い無く足跡が近付くに連れ、緊張が漂い、店主達は息を飲む。
何せその客は上客だ。
まず個人ながらに買う量が多い。
故に配達を頼まれる事になるが、有り難い事に気前が良い。
例え銀貨二枚の支払いだろうが「手間賃だ」と金貨を置いて行く。
その配達の為に人を雇ったとしても、充分にお釣りがくる。
そして買って行くのは一番良い品。
口先三寸の説明などでは足を止めない。
寧ろ店主達の、一番の品を当ててみろと言わんばかりの無言にこそ、その足を止める。
気が付けば、彼女の選んだ商品が[御墨付き]と呼ばれるようになった。
その[御墨付き]目当てに客が集まる。
それは、その日の完売が約束されたも同意だった。
ならばと店主達は独自の仕入れ先を模索し始めた。
生鮮物である以上、良い日もあれば悪い日もある。
物が良ければ足を伸ばしたとしても問題は無い。
状態を維持するのに、運ぶ為の馬車を用意した。
腕の立つ魔導師を用意した。
護衛の冒険者も抜かりなく。
真に品が良ければ、その金額を上乗せしたとしても売れるのだから。
店主達の競う様に、いつの間にやら商店街の品質や品揃えは、サウセント王国随一と言われるようになっていた。
すると不思議な事に選ばれなかった二番手、三番手の品でさえ品質の良い物ばかりになる。
結果、わざわざ離れた街や王都から馬車で買い出しに来る者もいる程になった。
この街を中心に好景気を生み出したと言っても過言ではないだろう。
決してそれを狙った訳ではない。
ただ彼女は子供達に良い物を食べさせたかっただけなのだから。
「どうだい?良いリンゴだろ?」
顔馴染みの果物屋の亭主が、試食にとリンゴを剥いてくれる。
元冒険者の亭主のナイフ捌きにより、ウサギが瞬く間に出来上がった。
今日は選ばれる自信があった。
香り立つ甘い香りは、今が食べ頃だと教えてくれる。
芳香な香りは溢れんばかりの果汁の表れだ。
「頂こう」
白い司祭服からは連想し得ない勢いで、ウサギが消える。
しゃくり、という小気味の良い音に合わせて眼鏡の奥の目が細められる。
試食の必要などなかった。
オリハは声をかけられたから足を止めたのではない。
鼻から目をつけていた。
否、端からだが、匂いで、だ。
それはリンゴの甘い香りと店主の自信を表す匂い。
だが店主はあえてリンゴを剥いた。
「・・・ん~っ!甘いな!」
この声とその笑顔を目の前で見たかったからだ。
「鼻の下伸ばしてんじゃないよっ!」
店主の嫁の肘が鳩尾へと突き刺さる。
膝を壊して辞めた元冒険者だが、素人の攻撃だ。
避けようと思えば出来ただろう。
「ぐへっ」
ここまでがお約束の一連の流れであった。
「女将、3ケース届けておいてくれるか?」
「はいよっ!いつもありがとね」
「うむ、また頼む」
片手をヒラヒラと振りながら品代を払い、肘鉄分の笑顔と駄賃を置いて行く。
他の諦め顔の店主達の前を脇見する事なく通り過ぎる。
選ばれる自信がない、と自分から匂いを出してくれているのだから、オリハからすれば有り難い。
今日はそろそろ予定が入る筈だ。
場合によっては数日、孤児院を空けなくてはならない。
買い物時間の短縮と食材の買い溜めは急務であった。
狼獣人の店主のいる精肉店の前で立ち止まった。
この街は亜人が少なからずいる。
エルフの集落も遠からず有り、交流もある。
魔人族に至っては語る必要もないだろう。
筆頭は変態だ。
海を隔てて獣王国もある。
サウセント王国、国王オリバーの政策で元々往来もあった。
不便とは思わないが、獣人族の心の安寧の為にも伊達眼鏡は外す事が出来ずにいるのだ。
何点か魔物肉をキロ単位で選りすぐり注文をする。
種族特徴故だろう。
熟成のさせ方は、この商店においては群を抜いているとオリハは評する。
魔物の狩りも店主自らで行なっている。
丁寧な下処理も含めて、オリハ自身が狩るよりも上質な魔物肉がここで買える。
「・・・どうした?」
そんな店主が首を傾げている。
「いや・・・こっちを買うと思ったんだがなぁ」
そう爪でショーケースをコツンコツンと指し示す。
さぞ自信があったのだろう。
「ああ、もうそろそろだろうから、ソレは自分で狩るつもりだ」
「それでか・・・で、避難はしなくていいのか?」
「我が出向くのにか?」
「・・・そうだった、不要な心配だったな」
元々、オリハはこの店の前を通り過ぎるだけだった。
当時は血抜きも不充分だった。
ただ適当に捌いて並べるあるだけだった。
だからオリハからすれば、初めての出会いとしては夜の森の中だった。
・・・伊達眼鏡を外した状態で。
その縁で処置のイロハを教える事になった。
狩り片手間で行うオリハと異なり、この狼獣人の店主からすれば魔物肉は商品だ。
徹底した処置と管理を行うのであれば、質の差は言うまでもないだろう。
「いや、そうでもない、暫く流通が溢れかえるだろう」
「おいおい、商売上がったりじゃないか・・・ほどほどに頼む」
「諦めろ、無理だ」
苦笑いを浮かべながらそう問うた。
こう答えるられるだろうと、分かりきっていた。
なのでオリハは罪悪感もなく、満面の笑みを浮かべ店を後にした。
雑談も含めて他の店も回る。
野菜も買わなくてはならない。
他の精肉店にも行く。
出汁に関しては魔物肉よりも、畜産の肉の方が良い出汁が取れるからだ。
在庫の少ない粉物や調味料も買い足す予定だ。
だがパン屋には寄らない。
毎朝、特定の店で配達してもらっている。
米を食する日もあるのだが、数は減らさない。
食卓に置いておけば誰かの口に収まっている。
余ることを知らないからだ。
決して通常の食事の量が少ない訳ではない。
味も、質も、量も、母オリハが満たさない訳がない。
とはいえ、肥満児はいない。
遊びを兼ねた運動という名の訓練は欠かす事はない。
同世代の子供達と比べて、決して劣る事はないだろう。
勉強とて欠かさない。
この国では12歳から王都にある学園で学ぶ事が義務付けられている。
3年間の基礎学修士課程の後、希望者は専門分野に別れて更に3年。
オリハはその3年の基礎学修士課程を、12歳までに終わらせるつもりなのだ。
その心は?
ただ手元から離したくない。
それだけだ。
少なくともナツとフユはそれで無理やり押し通した。
国王を脅した、とも言う。
二人は現在、おおよそ15歳といったところだ。
「フユ姉から連絡は?」
「んー、まだないな」
朝食の準備をハルが手伝いながらそう聞いてきた。
アキとエリーがサラダを準備している。
イリナが皿を並べてくれている。
二人は五年前の時の居残り組みである。
味見をしながらオリハが答えた。
「だがそろそろ・・・うむ、来た」
オリハにオリジナル魔法である「Signal」が届いた。
[ママー、聞こえるにゃー?]
耳に聞こえるのは、遠距離であっても声を届けられる風属性のロストマジックである。
難点といえば、距離に応じた魔力消費と、相手の位置指定になるのだが、フユからは教会を目掛けて行われる。
オリハが目標にするのはフユからの「Signal」の発生点になる。
フユはギルド依頼で西にある元帝国、現グラード王国との国境線付近にいる。
その国境線を跨ぐように、昔から魔淀みが発生していた。
故に管理が行き届き難いのだろう。
活性化の兆しが見える、との依頼だった。
[うむ、しっかりと聞こえている]
魔力量は5年前の覚醒により跳ね上がったので問題はない。
だが風に乗せて声を届ける為の魔力操作はそれとは別だ。
それもしっかりと聞こえる、という事で研鑽の後が見て取れる。
腕を組みながら何度も頷き、オリハは好相を崩す。
[・・・ハルが怪我してない?と聞いているぞ、問題はないか?]
[にゃ、大丈夫にゃ!]
その点においては心配はしていない。
ナツと二人掛かりなら魔物相手に遅れは取る事はないだろう。
[それで、魔淀みはどうだ?]
[間違いなく当たりにゃ・・・違う魔物同士が組んでるにゃ]
[分かった、これからそちらへ向かう、偵察を続けてくれ、グラード側には母からギルドを通じて知らせておく]
[了解にゃ!]
[何かあれば「Signal」だ]
[わかったにゃ!]
その返事に魔力の流れが途切れた。
「直ぐ出掛けるの?」
フユの声は教会に届いていた。
話の内容はここにいる全員に聴こえている。
「うむ、ギルドにも指示を伝えねばならんからな」
「分かった、こっちは大丈夫、明日はミシェルさんも帰ってくるし」
「頼む、余分目に買出しはしてあるが不足するようなら・・・」
「はい、オーウェンさんにお願いします・・・チッ」
「アキ、何故舌打ちをする」
「お土産、期待してるね?」
「ああ、任せろ!」
そして帯剣をし、準備の整えた時空間収納のポシェットを持ち、教会から飛び出して行った。
向かう先はギルドだろう。
ハルは知っている。
ここ数日、オリハが落ち着きなくソワソワしていたのを。
イリナとエリーは見ていた。
「当たり」と言ったフユの声に拳を握っていた事を。
オリハに手を振りながら、仕方ないと言わんばかりに三人娘が顔を見合わせて微笑みながら溜め息をついた。
今、この孤児院で暮らすのはオリハを除いて11人になる。
ハルと同い年になるエリーとオスカー。
一つ下のイリナとアルト。
不幸に見舞われ、ここで預かる事になった若年組の3人とアキとナツとフユだ。
後方から声と音が聞こえてくる。
皆が起きてくる時間でもあったが、フユの声が目覚まし代わりになったのだろう。
「・・・おねえちゃん、おはよー」
「おはよー」
「おはよう、朝ご飯出来てるからみんな顔洗ってきてー」
「「「「はーい」」」」
寝ぼけ眼の弟妹達にそう促した。
「アルト・・・オスカーは?」
「あれ?まだ寝てる?」
「じゃあアルト叩き起こして・・・私が行くわ、アキも皆んなの顔洗うの手伝ってあげて」
「わかりました」
「じゃあイリナ、私達でご飯の準備おわらせよう?」
「了解!」
さあ忙しくなるぞ、とハルは顔を手でパンと叩き、気合いを入れる。
暖かい日差しが心地良い。
洗濯物もよく乾くだろう。
他愛なくも忙しない日々。
移り変わる旅の景色を懐かしく思う日もある。
それでもここにいたい、そう思う。
寂しいと感じる暇もない。
兄妹達がそうさせてもくれない。
いや、母であるオリハが一番にさせてくれない。
心を砕く対象は増えたのに。
ハルは不思議に思う。
確かに二人の時間は短くなった。
それでもオリハから愛されている。
そう思えるからだ。
私もああなりたい。
そうでありたい。
いつしかそんな事を思うようになった。
あれから5年。
ハルは10歳の春を迎えた。
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