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第8章 サウセント王国編
8-3 神の武器、屍
しおりを挟む結果として老執事の用意した茶菓子は、オリハの子供達に振る舞われる事はなかった。
慌てた荷造りの中にソレを入れたのは、執事の嗜みだったのかも知れない。
「セバスッ!急げっ!」
「はっ、はいっ!」
29歳にして若く見られる事を嫌い、生やしたトレードマークの口髭。
後ろへ撫で付けるように押さえられた艶のある茶色の髪は靡く事はない。
無精で生やした周りの髭をキレイに剃り、身に付けた軽鎧は、文官上がりとは思えない立ち姿であった。
オーウェン・アルベルト子爵の元に冒険者からの一報が届いたのは明け方であった。
その時朝焼けを見ていた。
また眠る事は出来なかった。
だが体は羽根のように軽く気分も良い。
明らかに僅かな時間ではあったが、泥のように眠れた事が原因だ。
情け無さに自嘲した。
自分の管理すら怠った事に。
領主としても父としてもだ。
そして初めて会った者にそれを気付かされた。
(・・・不思議な女性だ)
オーウェンの心中で亡き奥方、ミシェルの比重は重い。
彼の人生は順風満帆な物であった。
伯爵家の三男として生を受け、後継としての重圧もなかった。
ミシェルとは学園で出会った。
一人娘であったのも運が良かった。
王都の学園は首席で卒業した。
文官として王城に務め、才能ある若者と宰相の覚えも目出度かった。
ただ、初の出産は難産を極めた。
本人の希望により子供を優先させた。
その結果、命と引き換えに産まれた我が子に、妻と同じ名を付けたのは執着心だったのかも知れない。
そのお陰で保てた平穏だったのかも知れない。
愛娘を恨む事なく慈しんで育てられたのだから。
その愛娘が拐われたのだ。
オーウェンは発狂寸前だった。
水すら喉を通らない。
目を瞑る事すら出来なかった。
極限の最中で酒にも溺れず、狂わずに済んだのは我が子を助ける為。
その一念からだろう。
下手な手並みで自分で淹れた渋い珈琲を口に含む。
吐き出す息に脳が冴え、反省が過ぎる。
こんな状況だからこそ、万全を尽くさなければならないというのに。
同じような思いに駆られる親もいるというのに。
手と足と脳を我が子の為に動かせられるだけ、自分はまだマシだというのに。
(・・・また頼めるだろうか?)
そんな事を考えていた時だ。
門前が妙に騒がしい事に気が付いた。
その様子にただの報ではないだろうと、主人自ら足を運んだ。
身振り手振りで何事かを侍従に叫んでいるのは冒険者だ。
そして探りを入れさせていた者であった。
この数週間、至る所を探させた。
街や山や谷、森の中に至るまでだ。
だが目撃情報すら出て来なかった。
残るはダンジョンと化した魔澱みだろうと推測したのだ。
「落ち着け、何事だ」
「旦那っ!た、大変だ!北西の魔澱みから大量の魔物がっ!・・・あ、ありゃ屍軍舞だっ!」
「何だと?!・・・有り得ないっ!」
それは幽体系の魔物のみが集まって起こす軍舞。
生者への憧れと妬みと怒りの津波。
襲撃する対象はただ生きとし生けるヒト。
雪崩れのように近くの生者に押し寄せるのみ。
子爵領の近くの魔澱みだ。
当然オーウェンは管理者に等しく、間引きを冒険者ギルドに依頼していた。
大まかな魔物の数も生息している種類も把握している。
だからこそ有り得ないと発言した。
少なくともこの国の歴史から鑑みても屍軍舞が発生した事などないのだから。
とはいえ、有り得ない事が起こった以上、対応するのが領主の務めだ。
王都にもこの街にもそれなりの魔物対策の結界は張ってある。
王都には聖属性の結界は張られてあるが、この街には無い。
ならば屍軍舞は間違いなくこの街に押し寄せるだろう。
討伐する為に脳内の資料を漁る。
普通の軍舞なら対応は可能だった。
この街に冒険者を待機させてあるからだ。
だが屍軍舞なら話は別だ。
聖属性の使い手が揃えられるか?
万が一討伐に失敗したら?
(・・・王都への避難が優先だ)
悔しさに握る拳が色を白く染める。
妻の愛した街を捨てる決意。
それが領主としての最良だと判断した。
「屋敷の者を全員叩き起こせっ!お前は衛兵の宿舎と冒険者ギルドに通達をっ!王都へ非難する!急げっ!!!」
「はいっ!」
数分の後、街に鐘の音が響き渡る。
緊急時の鐘の音だ。
衛兵か冒険者か分からない怒号が飛び交う。
支持は出した。
後は彼らの方が専門だ。
余計な口は挟まない方が良い。
軽鎧と帯剣をし、屋敷の中の者に急ぐよう声を掛けた。
全ての侍従が外に出たのを確認してオーウェンも外へ出た。
「お前達も王都への列に加われ・・・出来るならアルベルト家の者として、街の皆を助けてやってくれ」
領主としてやれる事をやる。
その為にオーウェンは馬に跨った。
「・・・旦那様」
「時間を稼ぐだけだ」
我が子ミシェルの為にも死ぬ訳にはいかない。
だが妻ミシェルの為にも領民に被害を出す訳にもいかない。
「・・・はっ!」
馬の脇腹を蹴り走り出した。
そのまま北西に向かう訳にはいかない。
まず街中に馬を進めた。
保険は必要である。
一騎だけでは心許ない。
騎馬兵を率いる必要があると判断した。
街は混乱の中にある。
怒号は変わらず飛び交う。
だがその内容に安堵していた。
「おらっ!そこの若いのっ!年寄りの荷物くらい持たねぇかっ!」
「テメエの妻と子供だろうがっ!手を握れ!離すんじゃねぇぞっ!」
怯えながらも冒険者の支持に従う領民達に、心の中で苦笑いで詫びた。
「アルベルト殿っ!」
名を呼ばれ振り返ると、子を連れた昨日の恩人がいた。
「我に手伝える事は?」
ギルドで事情は聞いていた。
勝手にやらかしても構わなかったが、船頭多くて船進まず。
避難が始まっている以上、支持に従う方が良いだろう。
「オリハさん、聖属性は?」
「問題ない、使える」
「・・・申し訳ないが・・・殿を頼めるだろうか?」
オーウェンは当然オリハの実力を知らない。
A級冒険者とはいえ子を連れた女性だ。
隊列の殿を任せるなど、と気を持たせた。
だが屍軍舞の最後尾を任せるのに、聖属性持ちなら最適解である。
「任せておけ」
そう告げ笑みを見せた。
オリハにはオーウェンの葛藤が伝わる。
だからこそ笑みを浮かべた。
心配などいらない。
些事だと言わんばかりに。
「お主も無理はするな」
そして振り返りナツとフユに支持を出す。
「良し、ナツ、フユ、荷物を運ぶのを手伝ってやれ」
「はい!」
「にゃっ!」
「母上っ、ぼくは?」
「アキはハルを守る役目だ」
「はい!姉上をまもりますっ!」
「えー?大丈夫?」
キャハハという笑い声が空気を和ませる。
(やはり・・・不思議な女性だ)
領民への不安は消えていた。
名前しか知らない。
だが任せられる。
そして・・・自分に何かあっても・・・
「そこの騎兵!私に続けっ!屍軍舞と距離を保ちつつ誘導し、時間を稼ぐぞっ!」
ミシェルを・・・我が子を・・・
そして強く手綱を握った。
避難の列は既に東へと向かっていた。
朝焼けは昇る太陽に変わっていた。
駆る馬は北西へと蹄を鳴らせた。
魔澱みが天高く渦巻いている。
東と西の空が不吉な程、色濃く異なっていた。
その下で屍共は生者の気配を察する。
どす黒い怨嗟の声が地の底から轟いた。
踊るように幽体が宙を彷徨う。
カタカタと骨が笑うようにぶつかる音がした。
首の無い騎士と馬が数騎駆け出した。
南東へと向けて。
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