赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第7章 ノーセスト王国編

7-8 神の武器、罪悪感

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嘲るような気配があった。
そして刺すような殺気を伴った。
たかが女一人だ。
オリハはヘラヘラとした顔に取り囲まれた。
その内の一人が自分はB級冒険者だと名乗り始めた。

その男は名乗ると同時に嘔吐しながら地面に伏せる事になった。
オリハの魔力による威圧で卒倒せずに腰を抜かせただけなのだから、強ち嘘でもなかったのだろう。
その所為で腹部に拳がめり込んだのは幸か不幸か。

辺りを見渡すと10人前後の男共が転がっていた。

術式で魔力を紐状にして、転がる男共をぐるぐる巻きにする。
それらを浮遊魔法で浮かせてゴム風船のように引っ張った。
ふと思い出したかのように踵を返し、飲みかけのワインを呷った。
グラスとワインの瓶をチィンと鳴らしながら鼻歌交じりに機嫌よく宿へと向かう。

オリハが宿の異変に気がついたのはその時だった。
ハル達とは異なる気配が二つ。
そしてエインの怒りの感情が鼻についた。
焦りを顔に浮かべて宿へと駆け始めた。


「何者ですかっ!」

「おっさん顔怖いって!敵じゃない、敵じゃないから!」

エインの目の前には二人の男女がいた。
男は懸命に両手を振り敵意は無いとアピールをする。

「あんたが気配消してるのにいきなり喋るからでしょ!」

「なんだよ、シャルだってめっちゃ聞いてたじゃんか」

お互いを誹り合う様に毒気を抜かれる思いをする。
確かに害意は感じない。
それでも二度めの油断はあり得ない。
煽る事なく静かに問い直した。

「・・・何用でしょうか?」

「え?ああ、子供を攫うっていうから俺たちが買ってでたんだ・・・いてっ!」

シャルが鍛え上げられた拳でティダの頭をど突いた。

「言い方があるでしょ!ごめんなさい、こいつ馬鹿なんで・・・私たちオリハさんの知り合いです」

その一言でエインは肩の力を抜いた。
二人が工作員のように潜入していたのだろうとそれだけで察した。
思わず苦笑する。
「オリハ」と名前を出されただけで信用に値すると感じられた事に。
免罪符の如き効き目だと。

「私はシャルロッテ、シャルと呼んで下さい、オリハさんの一番弟子です」

「俺はティダ、お前たちの兄ちゃんだ」

名乗った所で表から駆ける足音が聞こえた。
勢いをつけ過ぎたのだろう。
ズザーッと踏ん張るも通り過ぎる影が振り返ったティダ達に映った。
バタバタと足音をさせて勢い良く二人に抱きついた。

「ティダ!シャル!」

「「ぐえっ!」」

「元気にしておったか!大きくなったな!」

やや見下げる程度の身長だったティダはオリハが上を向く程の成長をしていた。
肩幅も背に背負う両手剣に相応しく広がり、面構えも少年から戦士へと変わっている。

「・・・かーちゃんは変わんねーな」

「・・・っ!」

「ちょっ!きつい!苦しいって!」

4年ぶりの再会だ。
しかも「かーちゃん」と呼ばれたのだ。
ミシミシと骨が軋むほど抱きしめられるのは仕方がないだろう。

「シャルは・・・うむ、久し振りだな」

「・・・師匠もお変わりなく」

視線は互いの胸へと注がれた。
長寿であるエルフは4年程度では成長しない。
まだまだこれからだ、分かってます、そう師弟は目で語り合った。


「ハル大きくなってたなあ」

「4年ぶりだからな」

再会を祝して3つの盃が重なりチチンと音がする。
オリハ、ティダ、シャルは酒場へと繰り出した。
積もる話もあるだろうと子供達はエインが見てくれている。

「なぜこの国におるのだ?」

二人のホームは運河を挟んだ西の王都だ。

「ギルドに解呪の依頼があったからですよ」

「今俺たちあいつ探して回ってんだ」

「誰だ?」

「ギュスト」

「なっ?!」

「解析覚えました」

ニヒヒとVサインをしてみせる。

「祓えないけど企んでる事は阻止出来ますから」

その言葉から何度か成功している事は分かった。
だが危険だと告げたくなる。
それと同時に二人の成長に目を見張る。
行動に見合うだけの実力をつけ、行動に伴う責任も背負ったのだ。

「・・・無茶はするなよ」

苦笑いを浮かべ親の元を巣立った子供にそれだけ告げた。

「うん、そしたらさかーちゃんに会えるってスキルで分かったからアイツらに雇われたんだ」

「それで子供を攫うって言うから私達が買って出たんです」

二人は見張りの男をノシて宿に向かった。
楽しそうな雰囲気だったので邪魔しないよう気配を消していたと言う。

「そーそー、すっげえ分かりやすかったんだよ、エインさんの話」

「ほう、何の話をしていたのだ?」

「・・・寿命の話ですね」

そしてシャルはすっと視線を逸らした。
不意だったのだろうか。
その仕草で何処までの話だったのか予想をつける。
自覚はあった。
いずれしなければならない話だと。
襲い来る死の恐怖は教えても回避出来ない未来の話はオリハには心苦しかった。
己がいつまで今世に滞在出来るのか?
どうしてもそれに繋がってしまうから。

「何で王妃様が狙われるのかとか、偉い人を捕まえる方法とか色々教えてもらった」

「そうか・・・」

嬉しそうに聞いた内容を説明する。
その話を聞いてティダが何も感じないのなら、二人の関係も変わらないのだろう。

例え話のショーツの事を聞いてオリハは苦笑した。
何故なら無くなった段階で実行犯はともかく、黒幕はエインかマリアだと決めつけるからだ。
証拠など必要はない。
何故なら変態だからだ。

「でもエインさんって強いんだろ?本気出されたら勝てる気しなかったからビビったわ・・・すげー顔こえーし」

「そうか?面白い顔だと思うが」

「いや、怖かったですよ・・・それでどういう関係なんですか?」

ニターっと笑い肘で突いてきた。

「・・・ただの友人だ」

「へー」

わざわざ何度も求婚されているなど伝える必要はない。
素っ気なくそう答えた。
だがそれにニヤニヤとするシャルにムッとして、頭を抑えて咥えていたグラスを無理やり呷らせた。

「んっ!ごぼっ・・・んぐっんぐっんぐっ・・・」

強制的に一気飲みをさせ、オリハはおかわりを頼んだ。
そして己の盃も空にしてニヤっと笑った。
二人には聞きたい事は山ほどある。
話したい事も山ほどあった。
応えられない想いだと説明する暇はないのだ。


耽る夜を惜しみながら会話を肴に酒が進む。
暫くはこの国にいるという。
明日も会える。
だが今日の酒は今日の酒だ。
4年ぶりの会話はシャルが潰れるまで続いた。

「じゃあ俺たち宿あっちだから」

シャルに肩を貸しながらそう言った。

「ああ、昼過ぎに登城するからその前に来てくれ」

「わかった、おやすみー」

オリハは踵を返し宿へと向かった。
抱えるこの感情は早く吐き出した方が良い。
これは溜めると重くなる。
その思いが歩を早めた。

再会した日から途切れる事なくソレは向けられている。
未だ己が抱いた事のない感情に罪悪感を覚える。
身が震えるような喜びと針が刺さったような痛みを覚える。

オリハは気づいている。
アキだけではなく子供達へ父親然として接している事に。
ついでに外堀を埋めようなど小賢しい事を考えている事に。

だがそこには純粋たる愛情がある。
外堀がついでなのだと分かる程に。
そして父親として寿命の事も話したのだと。
酒精を溜息と共に吐き出した。
オリハは己を情けなく思う。
肝心な所で逃げに回った己を。


(もう寝ておるだろうか?)

宿の部屋の前で立ち止まった。
寝て起きれば言えなくなる気がした。
そして溜めたこの感情が育つ気がした。

ギシィと軋む音がドア越しに部屋の中から聞こえた。
ミシィと床が軋む音が聞こえた。

「・・・オリハ様?」

「そのままで良い・・・寿命の話をしたと聞いた」

厚めの木の板を挟んだまま切り出した。

「はい・・・勝手な事を致しました」

「ナツとフユの事もか?」

「・・・はい」

だが悪かったと謝辞は言わない。
いずれ言うべき、いや、母親が言えなかった事を父親として代弁したのだ。
だから伝えなくてはならない。

「・・・ありがとう」

動いたドアノブをオリハは慌て抑えた。
これ以上絆されては堪らない。

「お、オリハ様、お顔を見せて下さいっ!」

「断る!」

今は駄目だ。
これは弱っている顔だ。
声色で何かを察したのだろうか?
諦める事なく動かないノブがガッと鳴る。

「お、お顔を!エインめお顔を見とう御座います!」

「嫌だ!」

込み上げてくる笑いを噛み殺した。
弱った心が温まるのを感じる。

(・・・すまぬな、この関係が良いのだ)

半刻の後、解放されたドアの向こうには何時ものオリハがいた。
絆されるよりマシだ。
罪悪感で心が痛む方が。



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