赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第6章 獣王国編

6-1 神の武器、森の中

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暑い日差しの中、それは懸命に駆けていた。
熱帯の森林を駆け抜けた。
身体に鬱陶しく触れる枝や葉などに構うことは無い。
身体に引っかかった蔦を、気にする素振りもなく引き千切り駆けた。

遥か先で同族と思しき匂いがした。
だが、それの脚力なら問題はなかった。

同族とはいえ襲われる可能性もある。
だが、それは気にする余裕もなかった。

ソレからは身の危険を感じる程の魔力を感じた。
普通なら近寄る事など絶対にない。
だが、それにとっては些事でしかなかった。
ひたすらに助けを求めていた。
ただひたすらに救いを求めていた。
自分と同じ様な酔狂な事をしている気配がソレにはあったからだ。

茂みを突き抜けた先にソレはいた。
そこに居たのは同族ではなく、浅黒い肌をしたヒトの耳長だった。

(な、何故ヒトがっ!?罠っ?!)

だからそれは威嚇をした。
ヒトはこれで動けなくなる・・・筈だった。
だが、その耳長は首を傾げ微笑んだ。
その顔は、今まで見てきたどのヒトよりも醜悪だったように思えた。

「・・・伏せ」

そう不気味に耳長が呟いた途端に空気が重くなった。
それの周囲の地面が、その重さに耐えかねて沈んでいく。
その重さは逃げる為の脚力を奪った。
地に伏す事を耐える事しか許されなかった。

「流石だな」

その一言に、また空気が重みを増す。
だが、それが膝をつく事はない。
譲ることのない矜持があった。
死ぬ事すら許されない願いがあった。

「もう・・・お主しかいないと思っていた」

そう呟き子供と手を繋ぎ、赤子を抱いた耳長がそれに近寄る。
雷撃が耳長に幾度も襲いかかろうとするが、発生と同時に土に包まれた。

「・・・我にもふもふを与えてくれるのは・・・もうお主しかおらぬのだっ!フェンリルっ!」

(いっ、意味の分からない事をっ!)

そう思い浅慮に近寄った事を、激しく後悔した。
だが「くっ、殺せ!」と言うことは出来ない。
脚が地にめり込もうとも、脚が捥げようとも、諦めるつもりはなかったからだ。
絶対的な力を前に屈する事なく、更なる威嚇の唸り声を上げて睨みつけた。

そんな巨大な白銀の狼の瞳を、耳長は訝しげに見返す。
その瞬間、重力魔法が急に解除された。
軽くなった脚に力を入れ、爪を大地に掛けた。

(・・・逃げ切れるかしら?)

大狼の長きに渡る、生き伸びた経験が答えた。
・・・否と。
爪を立てようが牙を突き立てようが、自分の首が飛ぶ景色しか想像を許されなかった。
選択肢はない。
仕方なく大狼は、重力魔法を解除された理由を慮った。

(殺す気も捕まえる気も無いの ?・・・もふもふって何?)

抵抗が死を意味するなら抗う理由はない。
大狼は自分が生き残る事を考えた。
我が子らの為の救いを求めるために。

「何か・・・困っておるのか?・・・我に何か用か?」

耳長がそう口を開いた。
最初は同族であれば知恵を借りようと思っていた。
だがヒトが助けてくれるのなら、それが我が子らには良いと判断した。
大狼は耳長に縋るしかなかった。

「ワン!キュゥン、ガウ、ワワン!」

「うむ・・・わからぬ」

「・・・クゥ~ン」

わかってはいたがやはり無理だった。
嫌だが仕方ない、と頭側から地に伏せた。
ヒトなどを乗せたくないという誇りより、我が子らが大事だったからだ。

「・・・乗れと?」

「ワウ」

そう言うと、服の裾を掴んで背に隠れていた子に向き直り視線を揃えた。

「ハル、あの大きなワンワンが背中に乗せてくれるそうだ・・・触れるか?」

ワンワンと言われた事に憤慨しそうになるが、背に腹は変えられない。
「私は怖くないワンワンよ?」と言わんばかりに、その優雅な尻尾を振り、フサフサの毛に覆われた首を傾げた。

「・・・お母さん、ワンワン怖くない?」

「怖くない、もし噛もうとしたら母が頭を潰す、大丈夫だ」

大狼は何か不吉な事をさらっと言われた気がしたが、聞こえなかった事にした。

「・・・ワンワン、噛みませんか?」

そう怖がりながら自分を見つめるハルという子供を見返した。
中々可愛いらしい子だ、大狼はそう思った。
だが毛の有る我が子の方がやはり可愛い、そう思った。
フェンリルも親バカなのかもしれない。
そのハルを怖がらせないよう、目と口を閉じて顔を伏せた。

ハルが恐る恐る手を伸ばし、大狼の鼻に触れた。
敏感な部分なのもあり、ややくすぐったさを感じ、鼻先をヒクヒクと動かしてしまう。
少し首を伸ばし鼻先に当てられた手をずらした。

ハルはその場所を撫でた。
そして嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
そのハルを耳長が抱き上げ大狼の背に乗せた。
そしてそのまま息を呑み大狼に触れた。
その様子を見て、大狼は魔獣としての矜持が保たれた思いに安堵する。
やはり私は怖れられている、と。
残念ながら「・・・ゴワゴワ」「洗いたい・・・」と言う不吉な呟きは聞こえなかったらしい。

ハルを乗せている為、速度を落として走る大狼に耳長が愚痴る。
名をオリハと名乗った。
春頃に魔人国よりこちらの獣王国にやってきたと。
本人曰く聞くも涙、語るも涙との事。
普通に獣人達と会話をするのは問題はなかった。
だが獣人達は類にもれず、オリハと目が合うと、目を見開き固まるらしい。
尻尾がブワッと膨らむらしい。
どうも本能的に、オリハに対して怯えているのではないかと。
何となく申し訳ない気持ちになり、森の中を歩いて北西の国境を目指しているという事だった。
「可愛らしい獣人の子を、もふもふしたくてこの国に来たのに酷いではないか」と涙ながらに語るオリハを、大狼は人選間違えたかもしれないと後悔していた。
我が子らに合わせても良いのかと。

それにそれが普通の反応だとしか大狼は思えなかった。
薄いとはいえ獣人とて獣だ。
目が合えば本能を前に、獣としての格付けが行われてしまう。
大狼を前にした獣人も、そういう反応をしていた。
似たような気配、匂いを持つオリハならそうなるだろうと。

なので、仕方なく「わん」と適当に相槌を打つ事にした。
そんな話より、我が子の事が気になっているのは仕方のない事だろう。
そして魔獣である自分では、やはりどうしようもない事に、強く不甲斐なさを感じていた。


一刻程過ぎた頃、ようやく足を緩めた。
目の前に巣穴である大きな洞穴が現れた。
身体を屈めオリハ達に「バゥ」と降りるよう促した。

「ここは巣穴か?」

そう言い降りたオリハ達を置いて、巣穴へ大狼は駆け戻った。
置いていった子供らの状態が気になった。
洞穴の中は、大きなフェンリルの身体でも余裕がある程に広がっており、部屋の様相を成している。
隅に藁が小高く積んであり、そこに大狼は近寄った。
オリハ達の気配を感じ、飛び出す前と変わらず横になり苦しむ我が子らを見た。

やはりどうして良いのかわからず、大狼はウロウロとする。
巣穴に入ってきたオリハに、こっちだと言うように吠えた。

「ワウッ!ワウッ!」

「気配が二つ・・・お主の子か?だが我とて魔獣の生態などわからぬぞ?」

そう歩み寄るオリハに、そこは問題ないと、早く我が子らを何とかしてくれ、と吠える。

「ワンッ!ワンッ!」

「・・・わかった、取り敢えず見て・・・なっ?!」

藁の上で寝そべる二つの影を見てオリハは驚いた。
白い塊と赤茶けた塊が息苦しそうに寝そべっていた。
そしてオリハは、大狼にその子供らに対しての疑問を投げかけた。

「何故、獣人の子がっ?!」


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