67 / 162
第5章 魔人国、後編
5-8 神の武器、戦場へ
しおりを挟む自分が少数派だと言う自覚はある。
性的にも能力的にも。
いつ頃からだろう。
女教師に手を鞭で打たれた時から。
最年少であらゆる学問を修めた時から。
近衛騎士や宮廷魔道士よりも力を得た時から。
スキルに目覚めた時から。
母に毛嫌いされた時から。
父が継承権放棄を認めず口論になった時から。
物心ついた時からエインリッヒはそれを自覚していた。
そしてそれを疎ましく思っていた。
何を成しても自分が少数派になる事に。
城を出てからもそれは続いた。
国を出ることは許されなかったが、父には領主として国を支える事を条件に破棄を認めさせた。
領を見て回り愕然とした。
何もしていない様にしか見えなかった。
だから最低限度の事だけ手を付けた。
街道を整えて魔物に怯える事のない様に。
町々の区間の距離を整えて安全に運搬業務が行えるように。
それはいつしか魔人国のモデルケースとなり、各領に取り入れられた。
そしてやはり少数派である事を疎ましく思った。
この程度の事で評価される事を疎ましく思った。
そんな時に自分の運命を変える女性と出会った。
マリアも少数派だった。
性的にも能力的にも。
だが自分とは違いそれを隠す事はない。
自分は自分だと胸を張った。
それを誇りにさえ思っていた。
そしてエインは憧れた。
その生き様に憧れたのだ。
まず少数派である事を隠すのをやめた。
やりたい事をやった。
思いつくままに。
それは心の底から楽しかった。
そして少数派である事に誇りを持てた。
だが最後の最後に大きな壁に当たった。
全能力を持ってしても壊せなかった。
だが諦めなかった。
自分の行動はこれまでも少数派の結果をもたらしたのだ。
無理な事を成せるのが自分だと足掻いた。
そんな時にまた運命を変える女性と出会った。
その女性は種族も能力も少数派だった。
最初はただの興味だった。
たが自分の知も武も遠く及ばない少数派だと知らされた。
刺激されこれで最後だと足掻いた。
そして自分を思い知らされた。
だが彼女は壁を容易く壊してみせた。
そして自分を叱咤し激励した。
その純粋な心根に惹かれた。
そして彼女は自分の中で最大の少数派を知った上で「守る」と言った。
恐らくソレが何かを知っているのはマリアと彼女だけだろう。
彼女なら、そう思う気持ちと彼女を友を我が子を傷つけてしまうという恐怖がせめぎ合う。
エインは頭を振る。
オリハ様ならと。
そして自分の中の少数派に願った。
愛した者を自分の手で殺めてしまった少数派にはならないでくれと。
そんな事をエインは車から放り出されて考えていた。
「着替えますので」の一言だった。
相変わらず遠慮のない主人思いの侍女であった。
時刻は昼下がりを迎えた。
既に王都は見える所まで来ていた。
車の中ではマリアがドレスを選んでいた。
自分のではなくオリハのだ。
乳母としてならこれがいい。
だが折角なのだからもう少し見栄えがいい物を。
何かあった時に動き易いものがいいのでは?
と唸りながら悩んでいた。
「マリア、これで良いではないか」
そう一枚のドレスを手に取り悪戯を思いついた子供の様に微笑んだ。
「それですか?!」
「動きやすい、悪くなかろう」
「・・・それでしたら」
と自分の荷物から黒い薄手のレースのケープを取り出した。
「こちらと合わせられるとよろしいかと」
「うむ、任せる」
(ふっふっふっ、やはりオリハ様は面白いです、私めの斜め上をいつも選ばれます!)
着替えを手伝いながらそう賛辞を贈っていた。
「ぬ、少し胸がキツイな」
「ああ、そうでした、今は胸が大きくなってらっしゃいました」
「失礼します」と開いた胸元に手を入れ強調するように胸を押し上げた。
「これは上げすぎではないか?」
「そんな事は御座いません、殿方も私めも垂涎物です」
「・・・やめておけばよかった」
「もう手遅れです」
「あはは」と笑いケープを羽織らせて「呼んできます」と外に出た。
「おかあさんきれー」とハルが褒めてくれたので良しとした。
「エインリッヒ様、お待たせ致しました」
そう促され車内に上がったエインは目を見開いた。
「どうだ?似合うか?」
とそう言うオリハは「公爵様のご希望」の黒革のハーフドレス、所謂ボンテージだ。
それと黒のストッキングにガーターベルト、黒レースのケープを羽織っていた。
それは用意された時から着られる事はないだろうと諦めていた。
だが諦めきれず二十四時間の夢の中で着て頂いたソレが現実のモノとなって目の前に唐突に現れた。
エインは静かに地にひれ伏した。
それはまさしく五体投地であった。
「私めのゆ、夢の・・・夢が・・・女王様・・・」
しばらくの間、顔を上げる事が出来なかったという。
エインが落ち着きを取り戻した後、マリアの運転で王都へと向かった。
途中でアキがお腹が空いたようで一度ドレスを脱ぐ事になったが、日が落ちる前には王都に辿り着けそうだ。
「大変喜ばしいのですが・・・どうしてそれを?」
エインからすれば女王様に献上した品である。
下僕としてそれに袖を通してもらえたという事は至極の喜びであった。
だが何故今なのでしょう?という質問だった。
これを聞きオリハはしたり顔をした。
ただの意趣返しでしかなかった。
あとそれを思いついた理由を口をした。
「横に、いや後ろに立つのならコレの方が似合うだろう?」
「・・・余裕がお有りなのですね」
「似合わぬか?」
「いえ!滅相もございません!その出で立ちのオリハ様はまさしく漆黒の女王様、いえ女神さ「エインリッヒ様ー!着きました」
相変わらずよく気が利く侍女に溜息をつきマリアの案内の元、車から戦場へと降り立った。
何かあっても役に立てないとアキはマリアが背負ってくれている。
ハルはオリハが抱っこした。
先頭はエインだ。
ここから先はオリハから手を出すつもりはない。
エインからすれば愛すべき国民だ。
衛兵とはいえ殺して回るわけにもいかない。
ふとオリハは孤児院の子供達に聞かせた物語を思い出していた。
あの時の所有者はエインのような形をしていたなと。
そしてその所有者が一目惚れした魔人の女王を。
それを懐かしく思いながらオリハは透明化した魔力でマリアとアキとハルを包んだ。
先頭を歩くエインの前に衛兵四人が立ち塞がりこうべを垂れた。
「申し訳御座いません・・・王より捕縛命令が出ております」
震える声でそう言った。
立ち塞がった衛兵の一人から他の三人とは異なる愉悦を感じた。
恐らく魔人原理主義者だろうとオリハは推察した。
「・・・私が誰だかわかりませんか」
金髪で丸い魔人など他にいるはずもない。
「ドゥエムル公爵、いえエインリッヒ王子様、ですが命令なのです!・・・何卒お願い致します」
頭を上げる事なくそう願い出た。
エインは心配そうにオリハを振り返り見た。
オリハはウィンクで返した。
思わずビクッとして苦笑いをした。
(・・・ありがとう御座います、お陰で耐えられそうです)
心で感謝を告げ衛兵に向き直った。
「分かっていない、という意味で言ったのですが?」
そう言いエインは全身に魔力を込めた。
衛兵達は武器を構え後ろに下がった。
そしてエインはスキルの発動の鍵の一つである怒りを心に宿した。
何時もなら自分で嗜める怒り。
誰も諌める事もなく今は止める者もいない。
オリハ様には見られたくなかった。
そう思いつつも怒りに相応しい怒号の表情を成す。
その思いも怒りの焚き木にして焚べた。
衛兵達はその顔を見ても悲鳴はあげなかった。
だが恐怖で身体を震わせていた。
そしてエインは最後の鍵を回す。
王族の中でも稀にしか発生しないスキル。
心で思うだけでも良かったがあえて口にした。
自分が何者なのかを知らしめるために。
「私はエインリッヒ・フォン・ドゥエムル!魔王であるぞ!」
エインを包んでいた魔力が色を成し圧力を激しく増した。
その色はその名に相応しき漆黒を帯びた。
その漆黒は使用者の精神を侵食する代わりに膨大な魔力と、その魔力に触れる者に精神異常を付与する。
スキル「魔王」を発動させた。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる