赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第5章 魔人国、後編

5-8 神の武器、戦場へ

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自分が少数派マイノリティだと言う自覚はある。
性的にも能力的にも。

いつ頃からだろう。
女教師に手を鞭で打たれた時から。
最年少であらゆる学問を修めた時から。
近衛騎士や宮廷魔道士よりも力を得た時から。
スキルに目覚めた時から。
母に毛嫌いされた時から。
父が継承権放棄を認めず口論になった時から。

物心ついた時からエインリッヒはそれを自覚していた。
そしてそれを疎ましく思っていた。
何を成しても自分が少数派になる事に。

城を出てからもそれは続いた。
国を出ることは許されなかったが、父には領主として国を支える事を条件に破棄を認めさせた。

領を見て回り愕然とした。
何もしていない様にしか見えなかった。
だから最低限度の事だけ手を付けた。

街道を整えて魔物に怯える事のない様に。
町々の区間の距離を整えて安全に運搬業務が行えるように。

それはいつしか魔人国のモデルケースとなり、各領に取り入れられた。

そしてやはり少数派である事を疎ましく思った。
この程度の事で評価される事を疎ましく思った。

そんな時に自分の運命を変える女性と出会った。
マリアも少数派だった。
性的にも能力的にも。
だが自分とは違いそれを隠す事はない。
自分は自分だと胸を張った。
それを誇りにさえ思っていた。
そしてエインは憧れた。
その生き様に憧れたのだ。

まず少数派である事を隠すのをやめた。
やりたい事をやった。
思いつくままに。
それは心の底から楽しかった。
そして少数派である事に誇りを持てた。

だが最後の最後に大きな壁に当たった。
全能力を持ってしても壊せなかった。
だが諦めなかった。
自分の行動はこれまでも少数派の結果をもたらしたのだ。
無理な事を成せるのが自分だと足掻いた。

そんな時にまた運命を変える女性と出会った。
その女性は種族も能力も少数派だった。
最初はただの興味だった。
たが自分の知も武も遠く及ばない少数派だと知らされた。
刺激されこれで最後だと足掻いた。
そして自分を思い知らされた。

だが彼女は壁を容易く壊してみせた。
そして自分を叱咤し激励した。
その純粋な心根に惹かれた。

そして彼女は自分の中で最大の少数派マイノリティを知った上で「守る」と言った。
恐らくソレが何かを知っているのはマリアと彼女だけだろう。

彼女なら、そう思う気持ちと彼女を友を我が子を傷つけてしまうという恐怖がせめぎ合う。

エインは頭を振る。
オリハ様ならと。
そして自分の中の少数派マイノリティに願った。
愛した者を自分の手で殺めてしまった少数派にはならないでくれと。


そんな事をエインは車から放り出されて考えていた。
「着替えますので」の一言だった。
相変わらず遠慮のない主人思いの侍女であった。

時刻は昼下がりを迎えた。
既に王都は見える所まで来ていた。


車の中ではマリアがドレスを選んでいた。
自分のではなくオリハのだ。

乳母としてならこれがいい。
だが折角なのだからもう少し見栄えがいい物を。
何かあった時に動き易いものがいいのでは?
と唸りながら悩んでいた。

「マリア、これで良いではないか」

そう一枚のドレスを手に取り悪戯を思いついた子供の様に微笑んだ。

「それですか?!」

「動きやすい、悪くなかろう」

「・・・それでしたら」

と自分の荷物から黒い薄手のレースのケープを取り出した。

「こちらと合わせられるとよろしいかと」

「うむ、任せる」

(ふっふっふっ、やはりオリハ様は面白いです、私めの斜め上をいつも選ばれます!)

着替えを手伝いながらそう賛辞を贈っていた。

「ぬ、少し胸がキツイな」

「ああ、そうでした、今は胸が大きくなってらっしゃいました」

「失礼します」と開いた胸元に手を入れ強調するように胸を押し上げた。

「これは上げすぎではないか?」

「そんな事は御座いません、殿方も私めも垂涎物です」

「・・・やめておけばよかった」

「もう手遅れです」

「あはは」と笑いケープを羽織らせて「呼んできます」と外に出た。
「おかあさんきれー」とハルが褒めてくれたので良しとした。

「エインリッヒ様、お待たせ致しました」

そう促され車内に上がったエインは目を見開いた。

「どうだ?似合うか?」

とそう言うオリハは「公爵様のご希望」の黒革のハーフドレス、所謂ボンテージだ。
それと黒のストッキングにガーターベルト、黒レースのケープを羽織っていた。

それは用意された時から着られる事はないだろうと諦めていた。
だが諦めきれず二十四時間の夢の中で着て頂いたソレが現実のモノとなって目の前に唐突に現れた。

エインは静かに地にひれ伏した。
それはまさしく五体投地であった。

「私めのゆ、夢の・・・夢が・・・女王様・・・」

しばらくの間、顔を上げる事が出来なかったという。


エインが落ち着きを取り戻した後、マリアの運転で王都へと向かった。
途中でアキがお腹が空いたようで一度ドレスを脱ぐ事になったが、日が落ちる前には王都に辿り着けそうだ。

「大変喜ばしいのですが・・・どうしてそれを?」

エインからすれば女王様に献上した品である。
下僕としてそれに袖を通してもらえたという事は至極の喜びであった。
だが何故今なのでしょう?という質問だった。

これを聞きオリハはしたり顔をした。
ただの意趣返しでしかなかった。
あとそれを思いついた理由を口をした。

「横に、いや後ろに立つのならコレの方が似合うだろう?」

「・・・余裕がお有りなのですね」

「似合わぬか?」

「いえ!滅相もございません!その出で立ちのオリハ様はまさしく漆黒の女王様、いえ女神さ「エインリッヒ様ー!着きました」

相変わらずよく気が利く侍女に溜息をつきマリアの案内の元、車から戦場へと降り立った。


何かあっても役に立てないとアキはマリアが背負ってくれている。
ハルはオリハが抱っこした。
先頭はエインだ。

ここから先はオリハから手を出すつもりはない。
エインからすれば愛すべき国民だ。
衛兵とはいえ殺して回るわけにもいかない。

ふとオリハは孤児院の子供達に聞かせた物語を思い出していた。
あの時の所有者はエインのような形をしていたなと。
そしてその所有者が一目惚れした魔人の女王を。
それを懐かしく思いながらオリハは透明化した魔力でマリアとアキとハルを包んだ。


先頭を歩くエインの前に衛兵四人が立ち塞がりこうべを垂れた。

「申し訳御座いません・・・王より捕縛命令が出ております」

震える声でそう言った。
立ち塞がった衛兵の一人から他の三人とは異なる愉悦を感じた。
恐らく魔人原理主義者だろうとオリハは推察した。

「・・・私が誰だかわかりませんか」

金髪で丸い魔人など他にいるはずもない。

「ドゥエムル公爵、いえエインリッヒ王子様、ですが命令なのです!・・・何卒お願い致します」

頭を上げる事なくそう願い出た。
エインは心配そうにオリハを振り返り見た。
オリハはウィンクで返した。
思わずビクッとして苦笑いをした。

(・・・ありがとう御座います、お陰で耐えられそうです)

心で感謝を告げ衛兵に向き直った。

「分かっていない、という意味で言ったのですが?」

そう言いエインは全身に魔力を込めた。
衛兵達は武器を構え後ろに下がった。

そしてエインはスキルの発動の鍵の一つである怒りを心に宿した。
何時もなら自分で嗜める怒り。
誰も諌める事もなく今は止める者もいない。

オリハ様には見られたくなかった。
そう思いつつも怒りに相応しい怒号の表情を成す。
その思いも怒りの焚き木にして焚べた。

衛兵達はその顔を見ても悲鳴はあげなかった。
だが恐怖で身体を震わせていた。

そしてエインは最後の鍵を回す。
王族の中でも稀にしか発生しないスキル。
心で思うだけでも良かったがあえて口にした。
自分が何者なのかを知らしめるために。


「私はエインリッヒ・フォン・ドゥエムル!であるぞ!」


エインを包んでいた魔力が色を成し圧力を激しく増した。
その色はその名に相応しき漆黒を帯びた。

その漆黒は使用者の精神を侵食する代わりに膨大な魔力と、その魔力に触れる者に精神異常を付与する。
スキル「魔王」を発動させた。


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