56 / 162
第4章 魔人国、前編
4-10 神の武器、包囲網
しおりを挟むその夜の緊急魔道具会議は朝まで続いた。
途中から専門家ではないオリハではついて行けず、もう必要ではない所まで話が進んだ。
口を挟む事もないので、ふむふむと頷くだけになった頃、ハルが起きたのでエインに断り離席しようとした。
だが「朝食を準備致します」と食堂に案内された。
食事もせずにエインがニコニコとそこにいた。
パンと魔物肉のソテーが出されたので、パンに切れ目を入れソテーを挟んでみせた。
「成る程」とメモを取ってマリアに渡していた。
オリハの控えているレシピを渡してもいいかもしれない。
それからはバタバタした日々が続いた。
「「「ありがとうございました!」」」
気がつけば七日目の訓練が終わっていた。
素振りも三連撃まで行えた。
一度だけトムが早い素振りの最中にきれいな脱力と力の伝導をさせ、勢いで前につんのめり木剣を地面に突き刺した。
これはドワーフの老人がティダに一年かけてさせていたものを理論的にさせていたものだ。
その感触を得ても商人の道を歩むかは彼次第だろう。
ニコの魔法による身体強化も術式の訓練により格段に上がった。
ミゲルは下位の詠唱破棄まで出来るようになった。
D級推奨の魔物であれば問題ないだろう、とはオリハ談だ。
だが成人して冒険者登録をするまでは、決して街の外には出ないように念を押した。
強くなったと過信した時が一番危ないからだ。
今までの訓練も必ず続けるように、模擬戦をするなら最初の頃の様にゆっくりから始めるように、と。
そして危なくなったら必ず逃げる、無理はしないように、と釘を刺した。
我が子認定しなくとも過保護なオリハである。
「また顔を出す」と子供達と神父、シスターに見送られながら手を振り返す。
そこには当然のように公爵家の執事が車で待機していた。
逃す気は無いようだ。
オリハはギルドで報酬を受け取ってそのまま逃げようと画策していた。
勝手に友人認定した勢いで、王族たる公爵様に水をぶっかけ呼び捨てにしたからだ。
「公爵殿はどうしておる?」
「大変お忙しくされております、とても楽しそうに」
この四日の間たまに見かけたがいつもニコニコしていた。
恐らく十年の内には国内の魔素対策を整え、他国に働きかけ始めるだろう、とオリハは予測する。
やる事は山の様にある。
魔道具の作成、農作物の育成、畜産にも手をつけるだろう。
料理人を他国から雇い入れたり、従事する者共の住む家も手配しなければならない。
魔人国の名産品もいずれは出来るだろう。
「美味しい」と顔を綻ばせる者達も増えるだろう。
それを思うとオリハも心踊らさずにはいられない。
「・・・農場へ出向かれたり、ああ、本日はオリハ様をお迎えする、と張り切って朝から歓待の準備を整えて屋敷に待機されております」
「くっ!?」
やはり逃げる事は認められていないようだ。
屋敷に着くとマリアが待っており、先に離れの研究所へ案内された。
開発の成果を見てもらいたいらしい。
「オリハ様!お待ちしておりました」
ニコニコしているがまともに寝てもいないのだろう。
丸盆の三本線の間に二つの隈がある。
だが体形は全く変わっていない。
「エイン殿も元気そうで何より」
「その様な他人行儀な!豚かオークかエインと!」
咎められる心配はないのだが、あれ以来会うたびにずっとコレが続いている。
「善処する」
「・・・私めにいつでも水を掛けて頂いて構いませんので」
「ぐぬっ!」
「豚かオークかエインと」
ずいずいと迫ってくる。
「わ、わかったエイン」
そう聞きあの時より丸盆の上の線が細くなった。
その後、開発した魔道具を一通り見せてもらった。
農場用のミスリル付きは問題ないらしい。
建物や冷蔵庫、街道など固定する分も問題なく稼働しているとの事。
改良が必要なのが持ち運び式と車などの移動用らしい。
動かす度に高濃度の状態になるので吸収が間に合わない事があるそうだ。
車に関しては強力な物を複数個積む事で対応出来るが、鞄などは当然つけられない。
鞄の布自体に高価なミスリルとはいかないが伝導率の高いものを練り込んだりと開発に時間がかかりそうだ。
「ふむ、かなり進んでいるようだな」
「ええ、すぐ量産体制も整えますので、もう暫くお待ちください」
「・・・待つ、とは?」
「各地にて魔道具の配布や使い方の説明、料理の仕方など教えて回らねばなりません」
「我もか?!」
口元に指を当て首を傾げる。
だが全然かわいくはない。
「最後までのお付き合いをと願い出て、お手柔らかにと契約を御了承頂きましたので」
「なっ!?」
「既にその分の報酬もオリハ様のギルドカードを経由した形で、ギルドの方に預けさせて頂いております」
今回の魔道具作成のアドバイザー料として・・・
ここから十年で予測される経済効果の10%を・・・
料理のレシピを頂いた分が・・・
同行して頂く護衛費として・・・
同行先での調理実習費が・・・
新兵の訓練内容の貢献として・・・
今回の三人の訓練費が金貨十枚ですので、と全報酬の書いた紙を手渡した。
「なっ!!!」
「・・・ちなみにその額を満額下ろせる冒険者ギルドなどこの世に存在致しません」
と肉肉しく微笑んだ。
「そ、そんな、どうやって勝手に金を預けるなど!」
「私め、こう見えても王族でございますので」
と肉肉しく深々と一礼をした。
「それとこの依頼が終わればA級に昇格されます」
「ど、どういう事だ?!」
「B級までしか上げられない、と言うギルドの方々に御納得頂くのは少々骨が折れました」
「はぁ?!」
「魔人国の一大事業です、貢献度で言えばS級でもおかしくなかったのですが・・・」
やれやれと手を上げ首を振った。
そして呆然とするオリハにとどめを刺した。
「大丈夫です、一年もかけません」
そう言うとかんらかんらと笑った。
屋敷の方へ案内されながら、試験的に魔法で農作物を育てる実験を、この後その農作物でお食事を、お泊り頂いている宿にも、宿の料理人は人族の国から手配を、と公爵様の手際を垣間見る、ならぬ垣間聞かされた。
「私め、試食だけで肥えてしまいそうです」
とホクホク顔でロールキャベツを食べている。
既に肥えているだろうとは突っ込まない。
マリアに確かにこの料理のレシピは教えた。
使っている材料も同じだ。
がそれ以上に美味しいのは肉の差なのだろうか?
料理人の腕の差なのだろうか?
(いや、構わない、野菜、美味い)
と心の中で片言で涙ながらに久方振りの野菜を堪能するオリハ。
ハルも「おいしい!」と手をぶんぶんして食べている。
「温泉宿に手配した料理人の方にこちらで作って頂きました、明日の朝より宿で調理の指導と責任者として従事して頂く予定です」
とマリアが説明してくれた。
「で、では!?」
「この街にいる限り食事でオリハ様を悩ませる事はありません」
ニッコリと微笑むエイン。
こうしてエインリッヒ・フォン・ドゥエムル公爵によるオリハ包囲網は完成された。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる