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第3章 元帝国編
3-13 神の武器、涙の理由
しおりを挟むシャルとティダは何とも言えない表情をしていた。
勧善懲悪の物語だと思っていたものが勧悪懲善とも言える内容だったからだ。
語りはしなかったがオリハはしっかりと覚えている。
ギュストの狂気と共鳴した己の狂気を。
無関係な者まで嬉々として己が刀身で斬り裂いた事を。
そして猛り狂う心の中の僅かな場所で、神の子たる人々の平和の為に存在しているんだという、動くことも出来ず、語る事も出来ない物質が唯一持っていた小さな誇りを地に落とされ、踏みにじられ、己の恐慌を否として泣き叫び続けた事を。
あの図書館で無駄ではなかったと涙したのはこの事だった。
ここまでは史実を述べただけだ、何も問題はない。
ただ世界の理に関わる事を話せば神罰が下る可能性は充分にありえる。
そして聞いた二人にも。
それだけは是が非でも避けなければならない。
だがシャルとティダに嘘は言いたくない。
だからここから先は上手く誤魔化すつもりだ。
(・・・何と思われるのだろうな)
ここから先の問いに対しての憂いが募る。
だが向こうにはシャルがいる。
ここまで話せなかった意図を汲んでくれるはずだ。
「オリハさんってさ・・・」
シャルは恐らく聞く事を整理していたのだろう。
口火を切ったのはティダだった。
「いくつなの?」
「「!?」」
息子ながらオリハは忌々しく思う。
真っ先に聞かれたくない二つの内の一つを聞いてきた。
もう一つは何者なのか?である。
シャルはおでこに手を当て呻いている。
「・・・ティダは女性に歳を聞くのか?」
「いや、そういうのいいから」
いつものおちゃらけた顔ではなく真剣な表情で聞いてくる。
シャルも聞いたのなら仕方ないと言わんばかりに溜息をつきオリハを見ていた。
「・・・以前に人里離れて研鑽しておったと言ったな?」
二人は頷く。
「あれが百年程度ではなかった・・・と言えば答えになるか?」
二人は瞬間肩を揺らした。
意識を持ってから約四千年とは言えない。
それでもヒトではない、と言ってるようなものだ。
オリハの心に憂いの嵩が増す。
だが後は二人の想像に任せるしかない。
恐る恐るシャルが手を挙げる。
「その・・・神様の事を今はどう思ってるんですか?」
オリハは主を思い眉を顰めた。
もう押し込め封じた思いはない。
だがわだかまりはまだある。
それ以外にもこの地で我に何を求めてらっしゃるのか、未だに御告げも神託もないのだ。
「うむ、怒っておる」
「え?おこ・・・ってるんです?」
この世界は神の存在が近い世界だ。
その神を怒っているなど、充分不敬な話だ。
だが母であるオリハにはもう関係の無い事だ。
これは嘘をつかなくてもいい、素直に答えれる問いに笑みがこぼれる。
「ああ、いつか天へ還った時はお尻をな・・・ペンペンしてやろうと思っておる」
「ペ、ペンペンですか?」
「ああ、ペンペンだ」
ニヤッと悪戯っ子のように微笑むオリハを見て二人は思わず笑い声を噴きこぼす。
シャルは安堵していた。
恨んでいる、そう言われれば手伝う事も出来ないしオリハの心の苛責を取り除ける自信もなかった。
そして心の何処かでオリハなら神に弓を引けるような気がしていた。
なので神様相手でもペンペンならいいんじゃないかな?と真面目にそう思えた。
だがシャルは気づいていない。
そうオリハが思えるようになったのは、その心境に至ったのは自分が関わっている事、そしてティダが関わっている事を。
二人は頷き合い、オリハがしたように跪き黙祷を捧げた。
「・・・よし行きましょうか」
立ち上がりオリハを見てそう言った。
「・・・良いのか?」
「オリハさんはオリハさんだろ?」
いつものおちゃらけたティダの笑顔だ。
そう言われたオリハの心の憂いは全て渇き、別のものに満たされた。
心から溢れたものが目から出そうになったが必死にこらえた。
「・・・うむ!今日は飲むぞ!」
「朝までな!」と言うオリハの横には二つの苦笑いがあった。
「あ、もう一個だけ」
「なんだ?」
「その・・・ギュスト、だっけ?・・・恋人だったの?」
「「!!」」
その頃、とある場所で「お尻かあ」や「ペンペンかあ」とボヤく人達の中で「・・・有りだな!キリッ」と一人が呟き周りからドン引きされたとか何とか。
二人の思い至った結果として、その当時の生き残った子供説、関係者説、などと思われたようだった。
見た目も寿命も手術による影響だと。
むしろ好都合だったので否定はしなかった。
流石にオリハが神の武器説は突拍子過ぎて思い至らなかったようだ。
村の酒場兼食堂のような所で飲みながら色々と話をした。
主に最近の話だ。
ギュストの話の時に狂気という単語があったので、共通する話題として魔澱みやオークキングの事だ。
「・・・じゃあハルちゃんが食べたっていうのは」
「うむ、ギュストの残留思念だ」
「大丈夫なんですか?」
「・・・わからぬ」
苦々しくそう答える。
ハルは辛いおかずに寄越せとばかりに手を伸ばしそれをオリハが取り上げている。
甘いものをスプーンに取り口に入れる。
それを美味しそうに食べるが目は真っ赤なおかずから離さない。
ティダがハルに見せるようにそのおかずを食べた。
取られたっ!と泣きそうになるハルに仕方なく「辛いのだぞ?」と食べさせた。
結局泣くことになった。
酒を飲みに来ていた村人達にも奢った。
雑談と飲み会は朝まで続いた。
その日は昼過ぎまで寝てしまったので、もう一泊する事にした。
その晩はさすがに酒を控えめにした。
翌朝四人で石碑と銅像に黙祷を捧げ、東へと旅だった。
黙祷の意味もわからず真似するハルは可愛いかった、とはオリハ談だ。
「・・・師匠?」
「ですです」
国境へ向かう旅の途中でシャルから言われた。
「お母さん・・・も何か違うしひいひいお婆ちゃんも違うし、師匠がオリハさんに一番しっくりくるんですよ」
「・・・姉は?」
「ないですね」
笑顔でそう答えられた。
娘から格落ちしたようで不満気な顔をするオリハ。
「師匠、弟子の前に愛を足してみてくださいよ」
「・・・まなでし」
「どうです?なかなか破壊力ありません?」
「・・・うむ、よいな!今日からシャルは愛弟子だ!」
こうしてこれから世界を回るであろうオリハの一番弟子という座を手にしたシャルであった。
そしてオリハはチョロかった。
「じゃあ俺も・・・」
「母と呼んで良いのだぞ?」
「おかーしゃん!」
「よく言えた、さすがハルだ!」
と抱きかかえくるくるきゃっきゃっと回る。
ティダは逃す気はないようだ。
そんな四人の旅はまもなく終わりを迎える。
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