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第3章 元帝国編
3-3 神の武器、海
しおりを挟むオリハはその地に仁王立ちで降り立った。
地面は硬いものではない、柔らかいのだ。
土ではなく砂が広がっている。
なので靴ではなく素足だ。
服装も見慣れたものではない。
服、というにはあまりにも頼りない面積しか持たない。
先程店員から勧められるがまま購入した。
色だけはオリハの希望で白が認められた。
腰には剣も帯びずに薄紫の薄い布が巻かれている。
水着とパレオだ。
ハルは可愛らしい水玉の水着だ。
シャルは嫌がった、とても嫌がった。
がレースの多い特定部分のサイズを誤魔化せるものを選んだ。
可愛いから選んだのか、特定条件を満たしたから選んだのかはシャルのみが知る。
ティダは髪の色にも似た短パンだ。
ティダは俺たちの冒険はここからだっ!と言わんばかりの跳躍を伴い砂浜を駆け、待って!と言わんばかりにシャルが追いかける。
ハルを砂浜の上に立たせて手を引きゆっくりと歩く。
オリハの手に捕まりトテトテと歩く。
あの後ティダと合流した。
シャルに何かあったのか問われたが、答えるわけにもいかず「いずれ説明をする時間をくれ」と答えた。
ティダは様子の変わった二人を見てこう言った。
「泳ぎに行こう!」と。
周りに様々なヒトがいる。
子連れの夫婦や冒険者だろう風体の者。
女性に声をかけあしらわれている者。
子供達がキャッキャッと波打際を走っている。
背中にキラキラと星を背負った様な若い男が品の良い女性の手を取り歩いている。
護衛らしき者が辺りを伺っている。
平和だ、オリハはそう思う。
我が子の手を引き砂浜を歩く、幸せだと。
惨劇の跡地が幸福の象徴たる風景となっている事を淋しくも嬉しく思う。
五百年前とは違う平和な世界を寂しくも嬉しく思う。
そして一つの違和感が確信となる。
まだ二つの国しか見てはいないが、交流がないように思われた。
聞いた限りでは、ほとんどの人がその地に産まれその地で育ちその地で死んでいく。
国境を渡るのは主に行商人か冒険者、少数の旅人。
食べ物もそうだ。
北側の国で美味しいと言われ流行っている料理がこの国にはない。
調味料も食材も同じ物があるのに。
三百年前に来たとされる男のもたらした食文化も北側の国にはなかった。
いい意味で保守的、悪く言えば封鎖的。
だがそれで平和が保たれるなら良いのか?と考えに耽る。
そしてオリハはもう一点深く悩んでいた。
(我は海に浮かぶのだろうか?)
ティダは泳ぎが得意らしい。
海にも何度か来た事もあるし川でよく泳いだと。
シャルは海は初めてだったらしく、ティダに手を引かれて泳ぐ練習をしている。
そんな光景を眺めながらハルと波打際に座り砂山を作っていた。
押し寄せる波が脚にかかり太陽で火照った身体を冷ましてくれる。
気持ちが良さそうとは思う。
だが身体が水に浮かぶイメージがどうしても持てなかった。
球状の光る鉱物が海に投げ入れられて海底に沈んでいくイメージしか浮かばなかった。
オリハルコンであった時期の方が長かったオリハには仕方なかったのかもしれない。
仕方なく脚の届く範囲でハルをプカプカさせて楽しんだ。
帰る時にはティダと競う程に泳げる様になった腕立て伏せを欠かさない肉体派実践型魔道士のシャルが「泳げばよかったのに」と聞いてきたので素直に海に浮かぶ自信が無かったと伝えた。
「いざとなれば魔法で浮けば良かったんじゃないですか?」
その一言にオリハは涙したとか。
宿に戻り夕食をいただく。
オリハの希望でほとんど魚尽くしだったので久し振りの肉だ!とティダは喜んでいた。
肉には日本酒よりワインだ!とオリハはワインを嗜んでいた。
シャルが変な気配はない?と聞いてきた。
訝しげな気配がないわけではないのだが、近寄ろうともしない。
様子見をしているのかもしれん、と答えた。
「オリハさんの噂に妙な尾ひれでもついて怖がってんじゃね?」
とティダが言うとスキルがなくてもそうなのかもしれない、と思うので不思議だ。
食糧品と自分の夏服も用意したらしく、明日にでも出発できるよ、との事。
貸し馬車でも借りて明日にでも西に出発する事になった。
海の側から離れるのが少し寂しいオリハであった。
翌朝も御食事をいただき宿を後にした。
ティダも肌着ではなく夏服に着替えている。
ハルは何を着ても可愛いのだが、昨日の水玉模様が天使の様だ!と特に可愛く感じたので、今日は水玉模様のスカートを履かせている。
馬車を借りて街道を西へと向かう。
左上方に浮かぶ太陽に追っかけられ時に追いかけるように馬はパカパカ歩く。
夏ならではだが、馬車の旅は快適を極める。
幌を張るタイプの馬車ならではの裏技があった。
幌を纏わせるための鉄枠の中に氷を通して馬車内を冷やしている。
中は冷んやりと心地よい。
御者には申し訳ないが。
街道沿いは強い魔物も滅多に出ない。
魔物の中でも魔獣と呼称される獣はオリハには近寄ろうともしない。
ふと見ると背を向けて走っている姿をよく見かける。
頭に尖ったツノの生えた一角ウサギや巨体なイノシシ、ワイルドボア一見オオカミのウェアウルフと呼ばれる魔物などがそれに当たる。
街道沿いの草陰にスライムは見かけられる。
がたまに街道へ飛び出しては夏の熱い地面にジュウ~と焼かれ溶けていく。
オリハ達がよく遭遇する魔物の筆頭はゴブリンであろう。
馬車にある積荷や所持品などを狙って襲ってくる。
亜種と呼ばれる弓矢を構えるゴブリンアーチャーという魔物もいるが、弓矢の射程よりオリハの気配探査の方が広いので問題にもならない。
蟲型や爬虫類型の魔物も出るようだが、街道には近寄ってこないとの事。
それでも御者からすると「今日は魔物があまり出ませんね」と言うのだからオリハ様々だ。
夜営を一回して次の町についた。
まだ日が昇ったばかりだが馬にも休息が必要だ。
消耗品を補充して一泊する予定にした。
冒険者ギルドにも顔を出しておく。
お金を預けられる様になってから多額のお金は持ち合わせない様にしている。
荷物になるからだ。
依頼票も大事がないか確認する。
討伐、採取、素材の依頼のみなのでスルーする。
受付嬢にギルドカードを渡して金貨を十枚程用意してもらう。
受付嬢がチラチラとこちらを伺う。
「あ、あの四十人斬りの聖女のオリハ様ですよね!」
名称に文字が増えていた。
聞いたところによると四十人の盗賊団を壊滅させたダークエルフの冒険者が更に百人の暗殺者を誘い出すための囮を一人で買って出た。
その活躍で悪事を企んでいた公爵家が取り潰しになった。
ということらしい。
囮のつもりはなかったのだが否定出来ずに求められるまま握手する事になった。
王都で様子を窺われていた理由がわかった気がした。
ギルドを出てからティダが「俺が一番大変だったのに」と拗ねていたので飴玉をあげた。
翌日、太陽を追いかける馬車の旅が始まる。
食事はオリハが作った。
あのレストランで食べたようなオムレツは再現出来なかったが、ハルが美味しそうに食べてくれるので問題はない。
二人も御者も喜んでくれるので作り甲斐がある。
今度は夜営を二回経て次の町についた。
馬車はここまでだ。
距離が伸びれば伸びる程金額がかさむ。
帰りの護衛費も上乗せされる。
ある程度進めば違う所でまた借りる方が安くつくからだ。
徒歩で数日行けばティダの生まれ故郷である街につくらしい。
ここからは歩きの旅をする事にした。
御者と馬と別れて宿を探して中心部へ向かう。
町の中心地に噴水と広場があり入り口から南側に住宅街が並び北側に商業地帯、噴水の奥北側に飲食や宿屋、など歓楽街になっている。
歩けば歩く程、臭いが濃くなってくる。
オリハに向けられたものではない。
あちこちからではない、一点からだ。
一点からなのに複数感じる。
そして引き合うような感覚を覚える。
だが、町の喧騒は穏やかなものだ。
何かあったようには感じられない。
訝しげなオリハにシャルが問う。
よくわからぬ、としか答えられず臭いの元に向かう。
嫌悪感や嫉妬、恐怖、様々なモノが入り混じる。
向こうは動かない。
呼ばれているような気がする、が正しいのかもしれない。
噴水のある広場についた。
甘いものやドリンク、軽食の屋台が並ぶ。
活気もあり、恋人達や子供達が楽しげにしている。
それがシャルとティダが見た風景だ。
オリハだけが目を見開き呟いた。
「・・・魔澱みか」
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