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第1章 運命の出会いと運命の旅立ち
1-3 神の武器、その日の出来事
しおりを挟む神の武器は薄暗い洞窟を歩いていた。
赤子を包んでいたと思われる大きな布を外套のように身に纏いながら。
持ち主の赤子は外套の中で眠っている。
神の武器は様々な触覚を味わっていた。
足の裏から感じる岩肌の冷たさや、洞穴を吹き抜ける風にたなびく長い銀の髪、赤子の温もりに感嘆を禁じ得ないでいる。
神の武器は博識である。
救世の英雄たる所有者の側で得た経験は高度な知識となった。
神の座にいてはこの世界の知識を耳にした。
だがそれと同時に無知でもある。
それは肉体を経て得る圧倒的な経験だ。
知識あるが故に発する知識欲が満たされていくのを感じている。
そしてその高揚を一歩ずつ噛み締めていた。
触覚や嗅覚の知識を堪能しつつも、己に出来ることを確認する事に余念はない。
歩きながらも魔法による気配探査や風属性の聴覚強化で、洞窟の外にヒトの気配が無いかなどの確認をしていた。
本来なら魔法の行使の際には杖や指、手などで魔力に指向性を持たせる必要がある。
だが神の武器は魔力の操作と視線のみでそれを行った。
かつての所有者であった賢者達がそうしていたように。
少なくとも近くに生物の気配はない。
だが神の武器は警戒を怠らず表を探った。
警戒したのは洞穴の入り口に魔力の残滓を感じたからだ。
「・・・やはり世界は優しくないな」
おそらく幻惑魔法だろう。
洞窟の入り口が見つからぬようにかけたのだと神の武器は推察した。
眼前の気配なく倒れている女性が、万が一にも魔法が見破られぬようにより強く魔力を込めて。
幻惑魔法に魔力を使い過ぎたのか、追っ手が強かったのかそこまでは分からない。
ただ命懸けだったのは女性についた切り傷や刺し傷、服に飛び散った血の跡で想像するに難しくはなかった。
眠る赤子を起こさぬようそのダークエルフの女性にそっと跪いた。
右手で浄化の魔法をかけ血の跡を消し、白い回復魔法の光が傷口を消した。
もう一度手を振るうと女性の体はゆっくりと大地へと沈んでいった。
獣に掘り起こされることのないよう、深く、深く。
神の武器であれば魔法を扱うのに手を使う必要はなかった。
だがそうしたかった。
そうしたくなった。
墓標もない墓に目を閉じ黙祷を捧げた。
そして誓いを捧げる。
「名も知らぬ偉大な母に誓おう、汝の意思を継ぎこの子を守る・・・何があろうとも」
神の武器は立ち上がり横を向き肌よりも黒い目をカッと大きく見開いた。
その視線の先には女性の残した魔力の残滓が三つ感じられた。
かなりの距離だ。
一晩歩き続けたとして行ける距離ではない。
懸命に走り続けたのだろうか?
いや・・・未だにヨレヨレになりながら走り続けている。
だが慣れぬ体とはいえ神の武器が本気で駆ければ数刻の内に追いつけるだろう。
ピンっと冷たく張り詰めた空気が流れた。
近場の木にいた鳥達が大慌てで空へと飛び立つ。
近くにいた獣達が慌てふためき逃げ出していく。
神の武器は思い直し目を閉じた。
頭を横に振りその感情に蓋をした。
そして辺りの空気は暖かさを取り戻していく。
「はぁ・・・いかんいかん、この子を抱いてあそこまで駆ける訳には行くまい」
赤子にかかる負荷を気にした。
そして寝てる赤子に問いかける。
「いつか話した時に恨むかもしれん、だが守ると誓ったのだ・・・許してくれ」
逆方向に向きを変え歩き始めた。
そしてもう一つ言い訳を口にした。
「・・・それに全裸なのでな」
幸せそうに眠りにつく赤子と外套の下は全裸な神の武器は、鳴り続ける腹をさすりながら歩み出すのであった
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夫は同じダークエルフだ。
この子が産まれる前に私達を逃がすために囮になった。
今は生きてるかどうかさえ分からない。
この子が産まれてからもうすぐ一年になる。
夫の行方を捜しながら魔法で姿を変え酒場で働いていた。
(どこでバレたのかしら)
垂れ落ちる血を気にする暇は無い。
ひたすらに森の中を走りながら思案する。
定食屋と酒場を合わせたような小さな街の小さなお店。
気のいいマスターとママさんだった。
常連さんもたまにお尻を触ってくるが良い人達だ。
ダークエルフの男の奴隷。
多くもない種族なのだからいれば噂も立つはず。
(少しあせったのよね・・・)
いつまで待っても煙りすら見当たらず、空いた時間に街中で調べていたのが良くなかったのかも知れない。
ここ数日は普段より常連さんがごった返していた。
その分お尻を触られる回数が増えた気がして、つねったり叩いたりしていた。
「・・・今度は私の番かな」
空気を読んでなのか豪胆なのか。
腕の中で眠る我が子にそう問いかけた。
(まだ・・・諦めるなっ!)
そう何とか思い直しブルブルと首を振った。
いつものようにお店の中は混雑していた。
見慣れぬ客が私を囲み連れ出そうとした。
その時常連さん達が男達に体当たりをして壁になってくれた。
何事かと周りを見渡すとマスターが「逃げろ!」と言ってくれた。
慌てて二階へ駆け上がり、私を見つけ笑いかける我が子と相棒の細剣を掻っさらい窓から飛び出した。
その後森の中で4人に追いつかれ戦いになった。
囲まれてしまい避けきれずに細剣で相手の剣を受け折れてしまった。
我が子を抱く左側から斬りかかられた。
庇おうと身を捩り右肩を斬られた。
正面から槍で突かれ、背後から斬りかかられた。
「殺すんじゃねぇぞ!」
と声がして周りがビクついた。
好機と前につんのめった拍子に折れた細剣を槍を持った男の喉に突き刺した。
狩る側から狩られる側に回った仲間を見て驚愕している。
その隙に森の奥へと駆け出した。
途中で罠式の幻視魔法を仕掛けて何とか距離を離したが、追いかけてくる気配は消えなかった。
そしてどれくらい走っただろう。
気がつけば目の前にあった洞窟に飛び込み、我が子を降ろした。
戦いの最中も逃げている時も声ひとつあげなかった。
(あなたは大物になるわ・・・私達の子だもの)
私と同じ銀色の髪を撫で額にキスをした。
そして洞窟の入り口にありったけの魔力を込めた。
見た目だけじゃない。
触っても決してわからない。
中から声がしてもわからないように。
私は幻視魔法までしか使えなかった。
この時初めて上位の幻惑魔法が使えた事に心から感謝をした。
魔力も尽きかけ、フラフラと目の前の木へと背を向け倒れ込んだ。
暫くして、三人の男達がやってきた。
「死にかけだ」とか「ガキはどこだ」と騒いでいたが絶対に見つからない。
あんた達の後ろだとは口が裂けても言わない。
そう思うと身体が震えてきた。
愉悦を前に笑いが込み上げそうになった。
そう微笑む私を不気味そうに男達が取り囲んだ。
・・・何か言っているがもう聞こえない。
ふと上の方でキィーンと音がした。
私は何とか音の元を見上げた。
男達も身体をビクつかせ振り返りソレを見上げた。
月明かりの薄暗い闇夜の中、岩肌は金色の瞳を持つドラゴンのように見えた。
息も絶え絶えな私ですら息を呑み驚いた。
山道を追いかけ幻視魔法で精神を揺さぶられ続けた男達はそれ以上だっただろう。
奇声を上げ腰を抜かしていた。
(あぁ!・・・ありがとうございます)
残りカスの魔力と生命力全てを幻惑魔法として男達に叩きつけた。
目の前のソレに怯えた男達に抵抗する術もなかった。
命をかけた幻惑は魔法の域を超え呪いに近いものになった筈だ。
・・・三日三晩はそのドラゴンに追い続けられる幻を見る事になるだろう。
噛み殺した笑い声と血を吐きながら、必死に逃げ出した男達の背を見送った。
山奥の洞窟の更に奥で眠り続ける我が子・・・
本来なら餓死するしかない未来なのに不思議と何とかなる気がした。
私は鳴り続けるその音に感謝をしそっと目を閉じた。
我が娘の幸せを祈りながら・・・
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