赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

文字の大きさ
上 下
3 / 162
第1章 運命の出会いと運命の旅立ち

1-3 神の武器、その日の出来事

しおりを挟む


神の武器は薄暗い洞窟を歩いていた。
赤子を包んでいたと思われる大きな布を外套のように身に纏いながら。
持ち主の赤子は外套の中で眠っている。

神の武器は様々な触覚を味わっていた。
足の裏から感じる岩肌の冷たさや、洞穴を吹き抜ける風にたなびく長い銀の髪、赤子の温もりに感嘆を禁じ得ないでいる。

神の武器は博識である。
救世の英雄たる所有者の側で得た経験は高度な知識となった。
神の座にいてはこの世界の知識を耳にした。

だがそれと同時に無知でもある。

それは肉体を経て得る圧倒的な経験だ。
知識あるが故に発する知識欲が満たされていくのを感じている。
そしてその高揚を一歩ずつ噛み締めていた。

触覚や嗅覚の知識を堪能しつつも、己に出来ることを確認する事に余念はない。
歩きながらも魔法による気配探査や風属性の聴覚強化で、洞窟の外にヒトの気配が無いかなどの確認をしていた。

本来なら魔法の行使の際には杖や指、手などで魔力に指向性を持たせる必要がある。
だが神の武器は魔力の操作と視線のみでそれを行った。
かつての所有者であった賢者達がそうしていたように。


少なくとも近くに生物の気配はない。
だが神の武器は警戒を怠らず表を探った。
警戒したのは洞穴の入り口に魔力の残滓を感じたからだ。

 「・・・やはり世界は優しくないな」

おそらく幻惑魔法だろう。
洞窟の入り口が見つからぬようにかけたのだと神の武器は推察した。
眼前の気配なく倒れている女性が、万が一にも魔法が見破られぬようにより強く魔力を込めて。

幻惑魔法に魔力を使い過ぎたのか、追っ手が強かったのかそこまでは分からない。
ただ命懸けだったのは女性についた切り傷や刺し傷、服に飛び散った血の跡で想像するに難しくはなかった。


眠る赤子を起こさぬようそのダークエルフの女性にそっと跪いた。
右手で浄化の魔法をかけ血の跡を消し、白い回復魔法の光が傷口を消した。
もう一度手を振るうと女性の体はゆっくりと大地へと沈んでいった。
獣に掘り起こされることのないよう、深く、深く。

神の武器であれば魔法を扱うのに手を使う必要はなかった。
だがそうしたかった。
そうしたくなった。

墓標もない墓に目を閉じ黙祷を捧げた。
そして誓いを捧げる。

「名も知らぬ偉大な母に誓おう、汝の意思を継ぎこの子を守る・・・何があろうとも」

神の武器は立ち上がり横を向き肌よりも黒い目をカッと大きく見開いた。
その視線の先には女性の残した魔力の残滓が三つ感じられた。

かなりの距離だ。
一晩歩き続けたとして行ける距離ではない。
懸命に走り続けたのだろうか?
いや・・・未だにヨレヨレになりながら走り続けている。
だが慣れぬ体とはいえ神の武器が本気で駆ければ数刻の内に追いつけるだろう。

ピンっと冷たく張り詰めた空気が流れた。
近場の木にいた鳥達が大慌てで空へと飛び立つ。
近くにいた獣達が慌てふためき逃げ出していく。

神の武器は思い直し目を閉じた。
頭を横に振りその感情に蓋をした。
そして辺りの空気は暖かさを取り戻していく。

「はぁ・・・いかんいかん、この子を抱いてあそこまで駆ける訳には行くまい」

赤子にかかる負荷を気にした。
そして寝てる赤子に問いかける。

「いつか話した時に恨むかもしれん、だが守ると誓ったのだ・・・許してくれ」

逆方向に向きを変え歩き始めた。
そしてもう一つ言い訳を口にした。

「・・・それに全裸なのでな」

幸せそうに眠りにつく赤子と外套の下は全裸な神の武器は、鳴り続ける腹をさすりながら歩み出すのであった



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 


夫は同じダークエルフだ。
この子が産まれる前に私達を逃がすために囮になった。
今は生きてるかどうかさえ分からない。

この子が産まれてからもうすぐ一年になる。
夫の行方を捜しながら魔法で姿を変え酒場で働いていた。

(どこでバレたのかしら)

垂れ落ちる血を気にする暇は無い。
ひたすらに森の中を走りながら思案する。

定食屋と酒場を合わせたような小さな街の小さなお店。
気のいいマスターとママさんだった。
常連さんもたまにお尻を触ってくるが良い人達だ。

ダークエルフの男の奴隷。
多くもない種族なのだからいれば噂も立つはず。

(少しあせったのよね・・・)

いつまで待っても煙りすら見当たらず、空いた時間に街中で調べていたのが良くなかったのかも知れない。

ここ数日は普段より常連さんがごった返していた。
その分お尻を触られる回数が増えた気がして、つねったり叩いたりしていた。

「・・・今度は私の番かな」

空気を読んでなのか豪胆なのか。
腕の中で眠る我が子にそう問いかけた。

(まだ・・・諦めるなっ!)

そう何とか思い直しブルブルと首を振った。

いつものようにお店の中は混雑していた。
見慣れぬ客が私を囲み連れ出そうとした。
その時常連さん達が男達に体当たりをして壁になってくれた。
何事かと周りを見渡すとマスターが「逃げろ!」と言ってくれた。

慌てて二階へ駆け上がり、私を見つけ笑いかける我が子と相棒の細剣を掻っさらい窓から飛び出した。


その後森の中で4人に追いつかれ戦いになった。
囲まれてしまい避けきれずに細剣で相手の剣を受け折れてしまった。
我が子を抱く左側から斬りかかられた。
庇おうと身を捩り右肩を斬られた。
正面から槍で突かれ、背後から斬りかかられた。

「殺すんじゃねぇぞ!」

と声がして周りがビクついた。
好機と前につんのめった拍子に折れた細剣を槍を持った男の喉に突き刺した。

狩る側から狩られる側に回った仲間を見て驚愕している。
その隙に森の奥へと駆け出した。


途中で罠式の幻視魔法を仕掛けて何とか距離を離したが、追いかけてくる気配は消えなかった。

そしてどれくらい走っただろう。
気がつけば目の前にあった洞窟に飛び込み、我が子を降ろした。
戦いの最中も逃げている時も声ひとつあげなかった。

(あなたは大物になるわ・・・私達の子だもの)

私と同じ銀色の髪を撫で額にキスをした。
そして洞窟の入り口にありったけの魔力を込めた。

見た目だけじゃない。
触っても決してわからない。
中から声がしてもわからないように。

私は幻視魔法までしか使えなかった。
この時初めて上位の幻惑魔法が使えた事に心から感謝をした。

魔力も尽きかけ、フラフラと目の前の木へと背を向け倒れ込んだ。

暫くして、三人の男達がやってきた。
「死にかけだ」とか「ガキはどこだ」と騒いでいたが絶対に見つからない。
あんた達の後ろだとは口が裂けても言わない。

そう思うと身体が震えてきた。
愉悦を前に笑いが込み上げそうになった。
そう微笑む私を不気味そうに男達が取り囲んだ。

・・・何か言っているがもう聞こえない。

ふと上の方でキィーンと音がした。
私は何とか音の元を見上げた。
男達も身体をビクつかせ振り返りソレを見上げた。

月明かりの薄暗い闇夜の中、岩肌は金色の瞳を持つドラゴンのように見えた。

息も絶え絶えな私ですら息を呑み驚いた。
山道を追いかけ幻視魔法で精神を揺さぶられ続けた男達はそれ以上だっただろう。
奇声を上げ腰を抜かしていた。

(あぁ!・・・ありがとうございます)

残りカスの魔力と生命力全てを幻惑魔法として男達に叩きつけた。
目の前のソレに怯えた男達に抵抗する術もなかった。
命をかけた幻惑は魔法の域を超え呪いに近いものになった筈だ。

・・・三日三晩はそのドラゴンに追い続けられる幻を見る事になるだろう。

噛み殺した笑い声と血を吐きながら、必死に逃げ出した男達の背を見送った。

山奥の洞窟の更に奥で眠り続ける我が子・・・
本来なら餓死するしかない未来なのに不思議と何とかなる気がした。

私は鳴り続けるその音に感謝をしそっと目を閉じた。


我が娘の幸せを祈りながら・・・


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...