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リリーシアは翻弄される(2/3)

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「クラウソン令嬢は婚約者はまだいらっしゃらないけど、どのような方が好きなんですか?」
マルティナさんが話を逸してくれた。
「わたくしは父が決めた相手と結婚するつもりなので好きなタイプは考えないようにしているんです。お二人はどうなのですか?」
「私の嫌がることをやらせない人で、私が絵を描くことに寛容な人がいいですね。」
マルティナさんは答えた。私はライラに教えてもらった結婚相手の選び方を披露することにした。
「友達から勧められたのですが、結婚したい人の条件を20個書き出していくといいらしいですよ。」
「20個?多くないですか?」
「私も最初はそう思ったんですけど、具体的に考えると少ないくらいですよ。たとえばこういう店で店員さんに偉そうにしている人って嫌じゃないですか?そう考えると、空気が読める人、他人に配慮できる人、常識が自分と共通している人・・・とあっという間に3つも条件が出てきますよね。」
「確かにね。」
「暴力振らなくて、借金がなくて、女癖が悪くなければどんな人でもいいっていう、一見ハードルを凄く低くしている女の人は結局どんな人でも物足りないんだそうです。」
「「「「へぇ」」」」
「サルニア帝国では18歳から結婚できるので条件20個で18歳からスタートして、誕生日が来るたびに一つずつ書いた条件を消していくそうです。若さと可能性を相手に差し出す分、多くの条件を望む権利を持つという理屈らしくって。」
「一理あるかも。政略結婚じゃないと決断の時がいまいちわかりにくいですからね。マクレガーさんも考えたんですか?」
「ふふ。一応は。でも内容は秘密です。」
具体的にイメージすることが大事なのだそうだ。
「39歳になったら無条件なのね?」
「暴力と浪費癖と女・男癖は最低条件として20の条件とは別で永久に条件にして良いらしいです。」
殿下の護衛のカイルさん以外みんな独身なので結婚の条件を考え始めたので、話はうまく逸らすことができた。この後もまだまだ遊びに行く予定だったが、殿下を回収して城に連れて帰らなくてはいけない。
「殿下、明日の準備もありますし、そろそろ私達はお暇いとましませんか?」
レオンハルト殿下は明日の早朝にも運輸大臣との会談がある。まだ20時前なので帰るには早すぎるが殿下がいればみんなは羽目を外せない。
「あ、ああ。会計しておくから後はよろしく。みんなは問題を起こさない程度にパリシナ最後の夜を満喫してくれ。レキシントン警部はカイルとセフェムが居るから残っていて大丈夫だよ。」
テーブルの会計をしてレオンハルト殿下と護衛2人と先に店を出た。
「ごめん、自由に過ごしたかったよね?」
「大丈夫です。パリシナ国の食文化にも触れられましたし、夜の街の雰囲気も分かりました。私は2年後に好きなだけ満喫できますし。」
「そっか。」
それでも殿下は申し訳無さそうに言う。
「私服の護衛が付いてますから少し散策してから帰ってもいいですよ。マルティナ様に日付が変わるまで遊んでくるように伝えておきますね。」
私服の護衛と彼ら2人で合計8名を配置してくれているらしい。必要最低限の警備体制だから、くれぐれもレオンハルト殿下と私は別行動をしないでくれと言われた。
「衛星電話でマルティナ様にメッセージを送ったところ、了解とのことです。」
「ありがとう。ねぇ、リリーシア、見てみて!トゥクトゥクだ。乗ってみないか?」
「おぉ!」
私は写真でしか見たことのないトゥクトゥクという途上国によくあるバイクのタクシーに興奮する。
「乗ってみたいです。4人乗りなんですね。」
露店で薄手のフード付きのパーカーを買ってもらった。レオンハルト殿下はキャップとストールも。
私はパーカーを羽織ってもらい、レオンハルト殿下はキャップとフードも被った。
「パリシナ民草たみくさはまさか隣国の王子が変装してトゥクトゥクに乗っているとは思わないでしょうね。」
カイルさんはトゥクトゥクの運転手に夜市へ向かうように指示を出す。夜にトゥクトゥクに乗ると風を受けて結構寒い!パーカーを買ってもらって正解だった。
車内には広告のチラシが何枚か貼ってある。
「《パリシナ・シティ動物園、ナイトサファリ開催中。夜の動物たちの営みを観察してみよう》だって。面白そう。」
「《今の時期は肉バスツアーをやってますよ。最終は確か23時の便です。》」
すかさず運転手が肉バスなるものを紹介してきた。さてはインセンティブがもらえるな。
肉バスと聞いて私も殿下も目をキラキラと輝かせる。行ってみたい。
「仕方ありませんね。バスを貸切できるか問い合わせてみましょう。」
カイルさんは動物園に電話して22:00発の便を貸し切りにしてくれた。
「じゃあ、それまでは夜市を回ろう。」
「はい!」

時間まで屋台でジュースを買ったり、お土産屋を冷やかしたりした。屋台でジュースは成り行きでトロピカルジュースと温かい翡翠レモンティーを買って、お互いに飲み物を交換して間接キスをするという10代の恋物語のようなドキドキイベントもあったが割愛する。
躊躇ためらいなく恋人繋ぎで手を繋いできた殿下のほうをみると、微笑まれて何も言えなくなってしまった。
男の人というのは行けると思ったら驚くほど早く行動してくる、と母が忠告してくれたことを思い出した。
(行ける?いや、まだこの人が何を考えているのか分からないけどね。)
「伝えそびれていたけれど、リシア・クラウソンはスパイだからね。」
今の状況を悶々と考えていると、それを忘れさせるような爆弾を打ち込んできた。
「えぇっ。誤情報を掴ませるためにあえて間諜を置いているんですか?」
「そう、だね。バークハー男爵家ミーラン・バークハーとハイレン男爵家のローズ・ハイレンも同様。リリーシアのことを警戒しているみたいだから彼女たちと会話するときは気をつけてくれ。」
先程の飲み会の登場に慌ててきたのはキアヌ殿下のことがあったからというよりも間諜が近くにいたからか。
「事前に言ってほしかったです。」
「ごめん、それは俺が話すのを躊躇ためらったせいだ。ついでに、皇太子室所属のサミール・マーロンとレイド・リーズもね。」
「そう、ですか。中立派ばかりですね・・・。クラウソン、ミーラン、ハイレン、マーロン、リーズはリベラル派に寄ったということですか?」
「中立派は玉虫色だから、まぁその可能性もある・・・かな。」
可能性ある?つまり中立派の貴族が何か画策しているということよね?
いま出てきた家門は、みんな大した家門じゃない。間諜を入れているということは、もっと大きな家門が後ろにいるはずよね。
「そこまで。今から王城に帰るまでは観光タイムだ。楽しいことだけ考えようか。」
私は頷いてパリシナの夜市に再び目を向ける。
(あ、あのピカピカ光るサングラス、ライラが好きそう。)

ところでさっきから周囲の人が私のことを残念そうな顔で見ている。何故だ?今までこんな視線を受けたこと無いのに・・・。

「マクレガー令嬢、上着を預かります。もう居た堪れなくなってきました。」
「?」
護衛のカイルさんが申し訳なさそうにパーカーを買った屋台でもらった紙袋を開けてそういう。
もう寒くないので服を脱ぐことにした。ジッパーを開けてパーカーを脱いでみると背中に
”Fui a Parichina-Ciudad”《パリシナ・シティに行ってきました》とプリントしてあった。しかもオレンジを基調にした震えた手で書いたようなダっサい文字フォントで!
パリシナ国の地図が描かれていてパリシナ・シティだけ赤く強調されていた。そして何故か国鳥コンドルの生息地にコンドルのマークが書いてある。
酷い。
デザインも酷いが、こっそりこれを私に着させた殿下も酷い。ヒョイッと殿下の背中を見ると彼の黒いパーカーは無地だ。
「ご自分のはずいぶんシンプルじゃないですか。」
「その場で好きなデザインをプリントできるらしい。リリーシアのは店主が作ったサンプルらしいぞ。」
「何なんですか。このフォントの揺らぎ。」
「店主がガス欠を起こしたんじゃない?ニコチン切れかアルコール切れ。」
「は?」
「??」
だめよ、リリーシア。この人は上司だし次期皇帝なんだからキレてはダメよ。
「走って逃げたい。」
今の私ってまるで観光でテンションが上がってしまって、後先考えずに現地名が入ったお土産を買ってしまった観光客みたいだ。
恥ずかしくて顔を両手で隠した。
「心中察しますが警護の人数の関係で逃走は却下します。」
「逃走もさせてもらえない・・・」
明らかに笑いを堪えているセフェム氏に却下された。
やや機嫌が悪くなった私は腕を組んでムッとした。これで手を繋いで誤魔化されることもない。しばらく腕を胸の前で組みながら歩いていると腰をグッと抱かれて足を止められた。
「ごめん、リリーシアが怒るとき唇を尖らせるのが可愛くてからかってしまった。」
「私は唇なんて尖らせていません。」
そう言うと殿下は私の唇を指差す。あ、確かに尖っていた。私が口を真一文字に結び直すと殿下もセフェムさんもニヤニヤしてこっちを見てきた。私はそろそろ本当にムカついてきたのでカイルさんの腕を取って「そろそろサファリパークに移動しましょう」と言って歩き出した。もうパーカーは着たくなかったので寒かったけど薄手のワンピースのままトゥクトゥクに乗ってサファリパークに移動した。殿下は自分のパーカーを私に差し出したが意地で受け取らなかった。
とりあえず一つだけ見解を述べさせてもらうと、あの露店の店主が路面店を開くことは無いわね。
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