かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
87 / 89
栄枯無常

青の教祖。

しおりを挟む
「ついに見つけました!」
 旧アルケー湖。現「タチナナ教」本殿の青い廊下にに少女の声が響き渡る。
 
「その……駆け付けた時には、既に欠損が多く……狼などに襲われたようで――」
「かまわん!」
 青の教祖と呼ばれる、ツインテールのスライムが、青く半透明の腕を伸ばし、少女の抱えた布をさらう。
 
「おぉ…ナナ……久しいな」
 布にくるまれていたのは、小さな赤ん坊だった。
 その子を一目見ると、青の教祖は十年ぶりの涙を流した。
 
 懐かしい、友との再会だった。
 
「では、本当にこのお方が……?」
「あぁ源の力を感じる。わらわの授けた、水の源じゃ……懐かしいユニの香りもする」
 赤ん坊を連れてきた銀髪の少女は、瞳に喜びの涙を浮かべ、青の教祖を抱きしめた。

「高祖母からの夢が――ついに、叶いました。やっと、ズーミ様にお会いさせることが……母の汚名をそそぐことが……!」
「そう悪く言ってやるな。母上はわらわを信じられなかったというだけじゃ。――よくやってくれた。パール」
 パールと呼ばれた少女が、跪き頭をたれる。 

「あの人は!仕えるという尊さをしらなかったのです」
「お主は、大ババに似ておるよ……泣き虫のストレにの」
 よくやった。青の教祖はもう一度呟くと、パールの頭を一撫でした。

「しかし、なんと痛々しい姿で……、この二百年何度生まれ変わったのじゃ?なぜ、わらわの元に訪れなかったナナ?」
「残念ですが、そう長くはもたないかと思われます」
 少女が報告しなければならない事は、山ほどあったが一番大切で、一番言いにくいことをまずは口にする。
 厚手の布に包まれた赤ん坊の体は、「欠け」ばかりだった。
 唯一、人の形をしている胴体も、傷だらけで半分以上が黒ずんでいる。
 
「そうか……湯あみの準備を、綺麗にしてやらねば可哀そうだ」
 青の教祖の命をうけ、銀髪の少女は静かに部屋を後にした。
「すまんな。ナナ。お主がこんな状況で探し続けているとは、思わなんだ。わらわがもっと早く、全力でお主を探しておったら、もっと早く出会えたかもしれん」
 青の教祖には、赤ん坊の瞳のない黒い目が、少し微笑んだように思えた。

「わらわも、するべきことがあっての。……祝福のおかげで、みなおかしくなってしもうた。今や意志のある人間なんて、一握りなんじゃよ?信じられるかナナ」
 ゆっくり、優しく、赤ん坊の頬を撫でる青の教祖。
 彼女の顔には、長く積み重ねた悲しみの色が溢れている。

「人に助けられ、人に教わったわらわとしては、抵抗せんわけにはいかん。ナビとユニ「祝福なき者」としてこの教団を立ち上げたのじゃが……ごらんの通り、半数以上が人外じゃ」
 青の教祖は部屋を出て、瞳の無い赤子に周りを見せた。彼女か感じ取ってくれると信じ。

 かつてアルケー湖を賑やかし旗のように、色とりどりの青の柱が支える大広間。
 引き詰められた絨毯の色も濃い青。天井はまるで空を写したかのように、爽やかな青色だった。

 だが、その中に立ち並ぶ者達は違った。色も。形も。みな違う。
 色んな種族の生き物が、二本、四本、果ては六本の足で歩き、走り、騒いでいた。
 かつて、人々が魔獣と呼んだ生物までいる。
 
「わかるかナナ?いまや人語をしゃべる者も珍しい。世にも孤独な動物どもの集まりじゃ」
 青の教祖は、一人しゃべり続ける。
 彼女はいくつもの通り名を持っていた。「青の教祖」「スライムの女王」「二代目水の化身」
 そして、人間と魔物の架け橋となった最初の生き物「青の結び」とも呼ばれていた。

「タチナナ教。よい名前じゃろう?教義は一つ。「誠実に生きよう」じゃ……こんな名前じゃけど、どこぞの変態みたいなセクハラを教えたりしとらんよ?」
 ここは少し、騒がしいの。そういって青の教祖は外に出る。
 外の景色の半分は、白く染まっていた。
 
 遠くの山も、遠くの森も、だいぶん白く染まっている。
 目の前に広がるアルケー湖も、半分が白い硬質な物質で覆われていた。

「おぉ……懐かしい。懐かしいの。覚えておるか?ほら、もちもちの。わらわあれからギルガに教わったんじゃよ。それで、年に一度の祭りで、みなに振舞っておるんじゃよ?」
 アルケー湖を見渡したせいか、旧友との再開のせいか、青の教祖は思い出に浸っていた。
 振り返れば、ちょっと伸びるだけで取り戻せそうな昔の記憶に。
 
「お主も……お主にも食わせてやりたかったの……」
 ずいぶん小さくなってしまった思い出の湖。
 青の教祖が、その煌めく水面に見とれていると、抱きかかえられた赤ん坊が少し身をよじった。

「おぉ。ナナ。あれか?そうじゃよ。タチの剣「神殺し」じゃよ」
 青の教祖が赤ん坊を向けたその先には、大地に突き刺さる剣があった。

 
「やっぱりわかるんじゃな。体よく使わせてもらっておるよ、意志ある者の象徴。いわゆる「伝説の剣」じゃ。嘘は言っておらんじゃろ?……――すまん。すまんの。どこかで生きているとは信じていたが、こんなにもふさぎ込んでしまっていたとは……どうか、どうかゆるしておくれナナ」
 少し寒いじゃろう?部屋に戻ろう。そういうと青の教祖は、大事に大事に赤ん坊を抱え、再び部屋へと戻っていった。
 
 銀髪の少女の案内で、青の教祖は浴場へと足を運ぶ。
 大き目の浴槽の両脇には、疲れを癒す香が焚かれていた。

「タチナナ教の名はユニの奴がごり押したんじゃ」
 湯に直接つけるのは、赤ん坊の体に触る。
 青の教祖は、お湯で湿らせた布で、怪我だらけの赤ん坊を丁寧に丁寧に拭く。
 その間も彼女はずっと、赤ん坊に話しかけていた。

「元神であるナナが先の方が、看板として正しい在り方じゃろう?ナナタチ教じゃ!とわらわは言ったんじゃが、絶対にタチナナが良いと譲らんくての。お主が「右」じゃなきゃイヤなんじゃと」
 耳のない赤ん坊には、もちろん聞こえていない。
 もし聞こえてたとしても大した意味のない会話。
 それでも青の教祖は口を閉じる事はなく、しゃべり続ける。
 
「そのユニもの……。――もう死んでしまった。本来、スライムなんかより長生きなはずなんじゃがの。角を失ったユニコーンはそう長く生きれんようじゃ……」
 本当は、話したいことが山ほどあったのだろう。
 または、口を閉じたとたんに。失いそうでこわかったのだろう。
 
 赤ん坊の命も、溢れ出た思い出も。


「すまん。すまんのナナ。これはわらわのわがままじゃ……今は、どうか、ここで少しばかり休んでおくれ。ちーっとばかりゆっくりしてもいい頃じゃろう?」
 それは共に居ることはできなかったが、同じ、険しく長い道のりを歩んできたであろう「友」への願いだったに違いない。

 青の教祖に保護された赤ん坊は、その後も彼女の手厚い保護を受け、三年も生きたという。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...