かみてんせい

あゆみのり

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肉我

お別れ。

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「タチ?」
 ある朝。
 目が覚めると、枕が冷たくなっていた。
 
 いつもなら、朝までぐっすり。目が覚める事なんてないのに。
 まだ月明りが部屋を照らしている。
 
 おかしな話だ。
 
 アルケー湖の側。
 ズーミちゃんの家の上。
 
 みんなで建てたお家の二階。
 私とタチとの部屋。
 
 夢ではなさそう。
 
「タチ?」 
 恐る恐る、タチの頬にふれてみる。
 まだ、少し暖かい。
 
 でも、人の温度ではなかった。

「タチ?」
 少し、体を揺さぶってみる。
 変に強くさわって、崩れたりしないように。
 
 でも、その心配とは別で、タチの体は、固かった。


 不安の波が押し寄せる。
 
 体も、心も、ぐわんぐわんと歪み始めた。


「やだ、、、、、、、、やだよ?」
 もっと強く、揺さぶる。
 なにせ相手はタチだ。これぐらい強く触っても、どうってことはあるまい。
 
 不自然な動きで、タチがベットの下へと転がり落ちる。 
 まるで「物」みたいに。

 あまりの恐怖に、私の口から叫び声が吐き出された。

「まって……!まってよタチ!いかないでよ!!!」
 強く強く抱きしめた。
 タチのナニかが損なわれないように、一粒、一欠けらも、なくならないように。
 
 絶対に嫌だ。
 絶対に失わない。
 絶対に逃がさない。

 
 そんなわけがない。
 あれはヤウの意地悪だ。
 
 もし事実であったとしても、こんなに早く訪れるわけがない。
 
 夢なのだ。
 なにもかも夢。
 
 タチが。
 タチが、いなくなるわけなんてない。
 
 しかも、私を置いて。

「ナナぽん……」
 いつの間にか、私の周りにみんながいた。
 ストレちゃんも、ナビも、ポチ君も、ズーミちゃんも祝福も。
 
 夢だといいな。
 夢なはずだ。

 タチを抱きかかえる私を、ズーミちゃんが抱きしめる。
 何も言わず。

 やめて欲しい。
 そうされると、まるで現実みたいではないか。
 
 やめて欲しい。
 優しさなんて微塵もいらない。
 そんなことよりタチを返して欲しい。
 
 タチはどこ?
 どこにいっちゃったの?

「違うの……これは違うの!」
 なんだかわからないけど、私はコレをみんなから隠そうとした。
 これは、タチじゃないんだけれど、弱ったタチをみんなに見せたくなかった。 
 
 タチはずっと最強で、無敵だ。
 これは違う。

「ナナ。ナナ。そんなに強く抱きしめては、タチが痛かろう……」
 ズーミちゃんが私に優しく、語り掛ける。
 私がどんなに、力を込めたってタチが怪我するわけなんてない。
 
 それに、これは、違うのだ。 
 
 でも、もし、が、怖くって、抱きしめる力を弱める。

 タチが、力なく、崩れた。
 しなやかな筋肉があるはずなのに。
 無限の活力があるはずなのに。


 私の愛した人のはずなのに。
 

 ポチ君が、夜空に向かって遠く鳴いた。
 まるで、誰かを弔うように。

「やだ……やだよ……私も連れて行ってくれるって……約束したのに……」
 みんなが私と、タチを抱きしめてくれた。
 それがとてもありがたくて、嫌だった。
 
 受け入れられない。

 受け入れられない。

 受け入れられない。





 恐れていた時が、おとずれたなんて。





 太陽が昇り、日の光が頬を照らしても、私は夢だと思いたかった。
 でも、タチをこのままにするのは、あまりに可哀そうだ。
 
 全ては廻る。
 タチの魂は、もう逝ってしまった。
 私とは違い、形だけ変えてそのまま生まれ変わることはない。

 そんな、ズルできるのは「神」であった私だけだ。
 
 だから、このタチの体だって、土に返り、空に返り、新しい命にしてあげるのが道理である。
 知っていた。

 それでも私は嫌だった。
 だって、私のタチだもん。
 
「……」
 タチの遺体を抱きかかえたまま動かない私に、ユニちゃんが体を寄せる。
  
 顔を上げると、つぶらで綺麗な瞳がこちらをみていた。
 悲しみと、優しさの溢れた瞳だった。

 ユニちゃんの小さな手が、自らの角を指さす。

「ユニちゃん……?」 
 じーっとこちらを見る彼女が、なにを伝えようとしているかを理解した。
 
 彼女の角には、能力がある。
 神聖なものを分解して、保存できる能力。
 
 生命以外を。

「それでも……一緒にいたいの」
 タチの残り香を抱きしめ、出し尽くしたはずの涙で頬を濡らす。
 
 そんな私の姿を見て、ユニちゃんは小さく頷き、角を輝かせた。
 
 タチの体が柔らかい光に包まれて、角の方へと吸い込まれてゆく。
 それは、もうここにタチの命はないことの証明でもあった。 

 私の腕からタチの体が消えると、ユニちゃんの角は激しく振動して、根元から折れた。

「ユニちゃん……!」
 ちびユニちゃんは、無言で私に角だったモノを差し出す。

 凝縮され、丸く黒く染まった宝石。
 タチの体を構成していた全てがつまっているはずのモノを。





 全ては廻る。
 石も木も、人も、動物も、魔物も。
 
 腐敗し、霧散し、再構成され……・
 
 本当なら、タチの体もそのはずだった。
 でも今はこの黒い宝石に詰まっている。
 私のわがままで。

 ――タチの魂以外は。
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