かみてんせい

あゆみのり

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 二手に分かれて数時間。
 俺はストレを後ろに乗せ、黒馬を走らせる。

 久しぶりにご主人様と離れた結果、物寂しさで体が震えた。
 
 戦功を持ち帰り、お役に立つ機会――そう思うことで、心を震わす。
 
 ずっと、俺を待ってくれているだろう……。――そう勘違いしていた、かつての想い人「カメ」
 付き従え、ひどい仕打ちで置いて行ってしまった彼女「ユールク」からの当然の拒絶から数か月。
 
 ご主人……タチだけをよりどころに今は生きている。彼女の犬として。

 俺が思い知らされたことは「転生し、凄い能力と才を得てもクズはクズ」
 その余りにわかり切ったはずの事実も、突きつけられるとつらいものだ。

 なんで、ユールクがオレを待ってくれていると思い込めたのだろう。
 俺を許し、二人幸せにやり直せるなんて……。

 振り返れば、今までチャンスも選択肢もいくらでもあった。
 イトラに呼びこまれ、転生し、恵まれた可能性からでも、この道をたどったのは、俺が俺だから。

 神に選ばれたと「力」を見せつけ、女をはべらせ、嫉妬に狂う――。
 前世、世界に優しくされなかったから……と、余りにも身勝手で無様な生き様だ。

 もうわかっている。
 何度やり直せようが、何処に転生しようが、オレがオレである限り同じなのだろうと。

 帰る場所のない俺が、惨めにもタチの所に戻った時、中身の抜けた格好で立ち尽くす俺を見た彼女は大笑いでこう言った。

「ハッハッハ!!!なんだお前は!!意気揚々と風を切って立ち去ったのに、ボロ布みたいな姿で戻って来て!!ズルいぞ!!!」

 馬鹿にしてんのか――と、怒る気力もその時は無く。
 むしろ、腹を抱えて爆笑し、バシバシと肩を叩く彼女がありがたかった。

 こんなオレでも笑いもの程度にはなれるのだと……。少しは誰かの役に立てたんだって。
 
 でも、それも俺の勘違いだった。
 彼女の様子に腹立たしさも、怒りも感じなかったのは、タチがオレを嘲笑ったわけじゃなかったから。

「ズルい!ズルいぞ!!そんな腐らせた匂いをさせて!!食い散らかしたくなる!!!私の好物だ!!!」

 彼女は片寄っていた。普通じゃなく。それを恥じも隠しもしない。
 言葉通り、ただ彼女は「そういうの」が好きだっただけだ。

 今にも死にそうな奴が。

 言葉を発する元気もない俺は、ただボーッと彼女の笑顔を眺め、世界に放置されていた。
 俺と同じ、身勝手な生き様なはずなのに、どうしてこうも違うのか……。

「ぐぬぬぬ。ナナに嫌われたくはないが……これを食わないのは私の否定な気がするぞ…?さすがにこれは据え膳だろう――ナナが与えた試練か?いやいや。非常食を用意してくれたのかもしれんな」
 
 一人全力で思い悩み、地面を睨みつけ、空を仰ぐ彼女。
 当然俺には「ナンデ」も「ナゼ」も理解できないし、しようと思わない。

 その元気がない。ただただ質の違いを思い知るだけだ。
 タチは「今」を肯定できて、俺は「今」を受け入れられない。
 
 今までずっと。

「だめだ!一度だけ!一口だけな!!!愛してるぞナナ!!後でちゃんと話すからな!!!嫌わないよな!!!」
 タチは同意を求めるように、俺の顔を見るが、もちろん反応なんてない。
 ボーっと水槽の向こうの出来事を眺めているように、虚ろな気分で取り残されたまま。

「なっ!!いいよな!!」
 そうもう一度、タチが同意を求める言葉を発した時。
 きっと彼女の中で何かが、勝手に決まったのだろう。

 動くだけのヒトモドキの俺は、雑木林の中へと連れ込まれた。
 首根っこを掴まれて、ズルズルと引きずられ。
 
 後ろで銀髪の小さいのが、わーわー喚き散らかしていたが、その言葉は俺にもタチにも届いていない。

 その時の俺はただの穴だった。
 はべらせた女どもを切り殺した時と同じ。
 全てが胸のあたりにあるソレに飲み込まれていく。

 肉体も心も、あると信じちゃいない「魂」だって。
 
 せめて、死ぬ勇気ぐらい湧き出てくれれば、これ以上「恥」を上塗ることもないのに……。
 自らの情けなさに、涙の一筋すら流せない。

 木々の中にひっぱり連れ込まれ、乱暴に押し倒される。

「身の程しらずが。だから焼かれて損なうのだ。この世は最高に楽しいな」
 黒い木と黒い葉の隙間から、星のない黒い空が見え隠れする。
 彼女の罵りは、決して大きな声ではないが、濃く、強く、俺の内部に入り込む。
 
 すべてを飲み込む穴の中に。

「どんな気持ちなんだ?そんなに打ちひしがれ、死を与えてやることが救いになるありようとは……?」 
 黒い、黒い、俺より上の世界で、真っ赤な瞳が、爛々と光輝いていた。
 俺の失意を喜びのエネルギーとして。
 
 化け物がいた。俺の上に。
 人の皮を被った怪物。
 
「たまらん!!たまらんな!!お前のような奴は!!なんでこの世に存在するんだ!!!どうして居てくれる!!!」
 ズガズガ、グサグサと突き立てられる言葉と態度。
 感触はあるが「穴」からの反応はない。
 
 その有様が彼女をより掻き立てるようで、自ら剥ぎ取るように服を捨て、俺の鎧を素手で引きちぎる。

 今でもわからない。
 彼女の中に燃え上がるソレは、暴虐だったのか、優しさだったのか。

 染みてくるのは、俺には無い、ナニか。
 「衝動」に近いナニか。

 拳でボコボコに殴られ、言葉をグシャグシャと叩きつけられ。
 心に慈しみを――、体に快楽を一方的に流し込まれる。
 
 最初に湧き出たのは恐怖だった。

 彼女の中にある強い衝動を注がれつづけ、怯えるオレに「それがお前の性《さが》だ」と彼女は囁《ささや》いた……。
 
 情けなさの重ね塗り。
 小さく、詰まりのない俺は、彼女の熱にあてられ反応を返してしまう。  

 俺には理解できないはずの、彼女だけの喜び。
 それをただただ当てつけられて。
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