かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
57 / 89

しおりを挟む
 二手に分かれて数時間。
 俺はストレを後ろに乗せ、黒馬を走らせる。

 久しぶりにご主人様と離れた結果、物寂しさで体が震えた。
 
 戦功を持ち帰り、お役に立つ機会――そう思うことで、心を震わす。
 
 ずっと、俺を待ってくれているだろう……。――そう勘違いしていた、かつての想い人「カメ」
 付き従え、ひどい仕打ちで置いて行ってしまった彼女「ユールク」からの当然の拒絶から数か月。
 
 ご主人……タチだけをよりどころに今は生きている。彼女の犬として。

 俺が思い知らされたことは「転生し、凄い能力と才を得てもクズはクズ」
 その余りにわかり切ったはずの事実も、突きつけられるとつらいものだ。

 なんで、ユールクがオレを待ってくれていると思い込めたのだろう。
 俺を許し、二人幸せにやり直せるなんて……。

 振り返れば、今までチャンスも選択肢もいくらでもあった。
 イトラに呼びこまれ、転生し、恵まれた可能性からでも、この道をたどったのは、俺が俺だから。

 神に選ばれたと「力」を見せつけ、女をはべらせ、嫉妬に狂う――。
 前世、世界に優しくされなかったから……と、余りにも身勝手で無様な生き様だ。

 もうわかっている。
 何度やり直せようが、何処に転生しようが、オレがオレである限り同じなのだろうと。

 帰る場所のない俺が、惨めにもタチの所に戻った時、中身の抜けた格好で立ち尽くす俺を見た彼女は大笑いでこう言った。

「ハッハッハ!!!なんだお前は!!意気揚々と風を切って立ち去ったのに、ボロ布みたいな姿で戻って来て!!ズルいぞ!!!」

 馬鹿にしてんのか――と、怒る気力もその時は無く。
 むしろ、腹を抱えて爆笑し、バシバシと肩を叩く彼女がありがたかった。

 こんなオレでも笑いもの程度にはなれるのだと……。少しは誰かの役に立てたんだって。
 
 でも、それも俺の勘違いだった。
 彼女の様子に腹立たしさも、怒りも感じなかったのは、タチがオレを嘲笑ったわけじゃなかったから。

「ズルい!ズルいぞ!!そんな腐らせた匂いをさせて!!食い散らかしたくなる!!!私の好物だ!!!」

 彼女は片寄っていた。普通じゃなく。それを恥じも隠しもしない。
 言葉通り、ただ彼女は「そういうの」が好きだっただけだ。

 今にも死にそうな奴が。

 言葉を発する元気もない俺は、ただボーッと彼女の笑顔を眺め、世界に放置されていた。
 俺と同じ、身勝手な生き様なはずなのに、どうしてこうも違うのか……。

「ぐぬぬぬ。ナナに嫌われたくはないが……これを食わないのは私の否定な気がするぞ…?さすがにこれは据え膳だろう――ナナが与えた試練か?いやいや。非常食を用意してくれたのかもしれんな」
 
 一人全力で思い悩み、地面を睨みつけ、空を仰ぐ彼女。
 当然俺には「ナンデ」も「ナゼ」も理解できないし、しようと思わない。

 その元気がない。ただただ質の違いを思い知るだけだ。
 タチは「今」を肯定できて、俺は「今」を受け入れられない。
 
 今までずっと。

「だめだ!一度だけ!一口だけな!!!愛してるぞナナ!!後でちゃんと話すからな!!!嫌わないよな!!!」
 タチは同意を求めるように、俺の顔を見るが、もちろん反応なんてない。
 ボーっと水槽の向こうの出来事を眺めているように、虚ろな気分で取り残されたまま。

「なっ!!いいよな!!」
 そうもう一度、タチが同意を求める言葉を発した時。
 きっと彼女の中で何かが、勝手に決まったのだろう。

 動くだけのヒトモドキの俺は、雑木林の中へと連れ込まれた。
 首根っこを掴まれて、ズルズルと引きずられ。
 
 後ろで銀髪の小さいのが、わーわー喚き散らかしていたが、その言葉は俺にもタチにも届いていない。

 その時の俺はただの穴だった。
 はべらせた女どもを切り殺した時と同じ。
 全てが胸のあたりにあるソレに飲み込まれていく。

 肉体も心も、あると信じちゃいない「魂」だって。
 
 せめて、死ぬ勇気ぐらい湧き出てくれれば、これ以上「恥」を上塗ることもないのに……。
 自らの情けなさに、涙の一筋すら流せない。

 木々の中にひっぱり連れ込まれ、乱暴に押し倒される。

「身の程しらずが。だから焼かれて損なうのだ。この世は最高に楽しいな」
 黒い木と黒い葉の隙間から、星のない黒い空が見え隠れする。
 彼女の罵りは、決して大きな声ではないが、濃く、強く、俺の内部に入り込む。
 
 すべてを飲み込む穴の中に。

「どんな気持ちなんだ?そんなに打ちひしがれ、死を与えてやることが救いになるありようとは……?」 
 黒い、黒い、俺より上の世界で、真っ赤な瞳が、爛々と光輝いていた。
 俺の失意を喜びのエネルギーとして。
 
 化け物がいた。俺の上に。
 人の皮を被った怪物。
 
「たまらん!!たまらんな!!お前のような奴は!!なんでこの世に存在するんだ!!!どうして居てくれる!!!」
 ズガズガ、グサグサと突き立てられる言葉と態度。
 感触はあるが「穴」からの反応はない。
 
 その有様が彼女をより掻き立てるようで、自ら剥ぎ取るように服を捨て、俺の鎧を素手で引きちぎる。

 今でもわからない。
 彼女の中に燃え上がるソレは、暴虐だったのか、優しさだったのか。

 染みてくるのは、俺には無い、ナニか。
 「衝動」に近いナニか。

 拳でボコボコに殴られ、言葉をグシャグシャと叩きつけられ。
 心に慈しみを――、体に快楽を一方的に流し込まれる。
 
 最初に湧き出たのは恐怖だった。

 彼女の中にある強い衝動を注がれつづけ、怯えるオレに「それがお前の性《さが》だ」と彼女は囁《ささや》いた……。
 
 情けなさの重ね塗り。
 小さく、詰まりのない俺は、彼女の熱にあてられ反応を返してしまう。  

 俺には理解できないはずの、彼女だけの喜び。
 それをただただ当てつけられて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

結婚式で王子を溺愛する幼馴染が泣き叫んで婚約破棄「妊娠した。慰謝料を払え!」花嫁は王子の返答に衝撃を受けた。

window
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の結婚式に幼馴染が泣き叫んでかけ寄って来た。 式の大事な場面で何が起こったのか? 二人を祝福していた参列者たちは突然の出来事に会場は大きくどよめいた。 王子は公爵令嬢と幼馴染と二股交際をしていた。 「あなたの子供を妊娠してる。私を捨てて自分だけ幸せになるなんて許せない。慰謝料を払え!」 幼馴染は王子に詰め寄って主張すると王子は信じられない事を言って花嫁と参列者全員を驚かせた。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

処理中です...