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うた。
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日も傾いて、空が茜色に染まる頃。
小さな仮テントを一つ張ってもらい、馬を繋いで荷も下ろし終わった。
ストレは既に横になり、親指をしゃぶりながら丸くなっている。
タチに抱きかかえられながら、ウトウトと移動していた私と違い、ストレは戦闘の後から活動しっぱなし。
疲れていて当然だろう。
厚めのかけ布を肩までかぶせてあげて、そっとテントの外に出る。
「あんた!なんだいこの入れ墨は!!」
「いいだろう!私の勝手だ……!!」
三つ隣の大きなテントから、タチとタチママの口論が聞こえてくる。
(たぶん淫紋、見られたな……)
フル族の男の人が、焚火を組んで夜越えの準備をし、また別の人は楽器の準備をしている。
これから始まるであろう「タチの詩」を待つみなさんが、火を囲み、お食事したり、おしゃべりしたり。
「ほら。対価を払いな」
テントから押し出されるようにタチが出てきた。
緑を基調とした、踊り子みたいな衣裳で。
「へぇ~。似合うね!」
私はタチのそばに歩み寄り、声をかける。
「田舎の匂いがする」
不服そうに、鼻をクンクンさせるタチ。
「傷はもういいの?」
「あぁ。薬草も塗り込んだし、万全だ」
お腹のあたりにまだうっすらと傷跡がみえるが、本人は元気で一安心。
改めて思うけど、驚異的な回復力だ。
「話はあとだよ、さっさと謳いな!」
タチママに小突かれ、焚火の前に追いやられるタチ。
フルのみんなが手を叩き、はやし立てた。
「あんたは、そこに座りな」
焚火を囲んだ円の最前列。
タチの真ん前に座らされる。
「えっと…私は後ろのほうで大丈夫です――」
「だまんな。音!!」
私の事など相手もせず、楽器を持った人たちに合図を送る。
男があぐらで挟んだ太鼓をポコポコ手で叩き、女はチャカチャカ棒状で無数の紐のついた楽器を鳴らす。
五人の楽器隊のみなさんが音を重ね、流れを作りだした。
タチは自然と目を閉じ、ゆっくりと腕を広げ、口を開く。
――――――――――――――――――――
ある日少女は旅に出る。
何もかもが嫌になり、盗んだ馬で旅に出る。
ある朝、彼女は下働き。嫌味な女を張り倒す。
ある夕、彼女は給仕人。唾吐く男を蹴り殺す。
ある夜、彼女は春を売る。ヤラレた分はヤリ返す。
――――――――――――――――――――
タチが謳い始めると、彼女のリズムに寄り添うように音も流れを緩めた。
――――――――――――――――――――
何処に行っても何しても、虚しさだけがついてくる。
あっちら、こちらと逃げ回り、わかったことは母の愛。
それでも、彼女は帰らない。彼女が彼女でいるために――。
ある日彼女は、傭兵で。
任せた背中を見捨てられ、光も届かぬ崖の底。
なぜか彼女は大笑い。
内から溢れる活力は、業火の如く燃ゆ怒り。
これが彼女の持ち合わせ。
これこそ彼女のお楽しみ。
迫る者ども叩き伏せ。
もひとつ、大きな大笑い。
そこにあらわる影の使者。彼女に契約持ちかけた。
――――――――――――――――――――
長くはないタチとの付き合い。
彼女は七色の――いや玉虫色の輝きを私に見せてきた。
いったい、どれが彼女の芯なのだろう?
目の前で言葉を紡ぐ、儚い姿を初めて見せつけられ、心が動揺しているのがわかる。
――――――――――――――――――――
ある日も彼女は、逃亡者。
過ち、穢れとののしられ、喜び勇んで迎え撃つ。
例え相手が空の上、天の向こうに居ようとも――
今日も私は血がたぎる。
神を殺すと剣を手に、斬って抱いての日々送り、出会った少女に恋をする。
――――――――――――――――――――
タチがゆっくり目を開き、私を見下ろす。
私に向かって、詩を続けてくれた。
――――――――――――――――――――
出会った時はただの欲。
気付けばあなたに、とらわれた。
なぜ、どうしてと問おうとも、それこそまさに恋心。
神への怒りは二の次で、今はお前を愛したい――
――――――――――――――――――――
タチがしなやかにお辞儀をして、詩の終わりを知らせた。
フル族の人々がパチパチと拍手をし、口笛を鳴らす。
涙が流れていた。
いつから私はこんな泣き虫になったのだろう?
今までで一番弱い体だから、心も弱くなってしまっているのかもしれない。
簡単に影響を受け、心を揺さぶられてしまう。
「良いつまみだ」
タチママがタチの頭をグリリと撫でる。
しっとりとした空気に、焚火の燃える音が響く。
「こんな特技まで隠してたんだね。……すっごく綺麗だった」
私の前に座ったタチに素直な感想を口にする。
「ただの思い出語りだ誰でもできる。散々聞かされてきたしな。しかし……苦手な風習だ」
「そんなことない!すっごく綺麗で――」
称賛の言葉を続ける自分の熱気に少し恥ずかしさを覚え、口ごもる。
これじゃあまるで……。
「素敵だったか?」
私の両手をとり、微笑むタチ。
「……うん。今ちゃんと自分で言おうとしたのに」
「わかっている」
正面から抱きかかえられて、頭にキスをされる。
タチの距離感は凄く近い。出会った初めから近かったのに、仲良しになればなるほど近くなる。
でもそれは、肉体を持つ生命として当然のことなのかもしれない。
タチといるとそれが、実感として身にしみこむ。
だって抱きしめられるのを嬉しく思ってしまうから。
「つまみにはなれたようだ。対価は払えたな」
気付かぬうちに、周りの音楽は明るく陽気なものに変わっていた。
焚火を囲んで踊る人や、酒を飲む人。
フル族のみなさんは、とっても楽しそうだった。
「なんて言うか――健康な人たちだね」
「面白い言葉選びをする。健康……たしかに健康だが」
不意に出た私の言葉にひっかかりを覚えるタチ。
確かにちょっとズレてるかもしれない。
「じゃあ健全とか?」
「私は不健全だぞ?」
「タチは……みんなと違うもん」
いつもの。いつもの。たわいのない会話。
タチとする交信が大好きだ。
またちょっと言葉選びがズレてた気がするけど。
「よし。私達も踊るか」
「やだ!!!」
反射で発した悲鳴のような大声は、陽気なこの場からだいぶズレていた。
小さな仮テントを一つ張ってもらい、馬を繋いで荷も下ろし終わった。
ストレは既に横になり、親指をしゃぶりながら丸くなっている。
タチに抱きかかえられながら、ウトウトと移動していた私と違い、ストレは戦闘の後から活動しっぱなし。
疲れていて当然だろう。
厚めのかけ布を肩までかぶせてあげて、そっとテントの外に出る。
「あんた!なんだいこの入れ墨は!!」
「いいだろう!私の勝手だ……!!」
三つ隣の大きなテントから、タチとタチママの口論が聞こえてくる。
(たぶん淫紋、見られたな……)
フル族の男の人が、焚火を組んで夜越えの準備をし、また別の人は楽器の準備をしている。
これから始まるであろう「タチの詩」を待つみなさんが、火を囲み、お食事したり、おしゃべりしたり。
「ほら。対価を払いな」
テントから押し出されるようにタチが出てきた。
緑を基調とした、踊り子みたいな衣裳で。
「へぇ~。似合うね!」
私はタチのそばに歩み寄り、声をかける。
「田舎の匂いがする」
不服そうに、鼻をクンクンさせるタチ。
「傷はもういいの?」
「あぁ。薬草も塗り込んだし、万全だ」
お腹のあたりにまだうっすらと傷跡がみえるが、本人は元気で一安心。
改めて思うけど、驚異的な回復力だ。
「話はあとだよ、さっさと謳いな!」
タチママに小突かれ、焚火の前に追いやられるタチ。
フルのみんなが手を叩き、はやし立てた。
「あんたは、そこに座りな」
焚火を囲んだ円の最前列。
タチの真ん前に座らされる。
「えっと…私は後ろのほうで大丈夫です――」
「だまんな。音!!」
私の事など相手もせず、楽器を持った人たちに合図を送る。
男があぐらで挟んだ太鼓をポコポコ手で叩き、女はチャカチャカ棒状で無数の紐のついた楽器を鳴らす。
五人の楽器隊のみなさんが音を重ね、流れを作りだした。
タチは自然と目を閉じ、ゆっくりと腕を広げ、口を開く。
――――――――――――――――――――
ある日少女は旅に出る。
何もかもが嫌になり、盗んだ馬で旅に出る。
ある朝、彼女は下働き。嫌味な女を張り倒す。
ある夕、彼女は給仕人。唾吐く男を蹴り殺す。
ある夜、彼女は春を売る。ヤラレた分はヤリ返す。
――――――――――――――――――――
タチが謳い始めると、彼女のリズムに寄り添うように音も流れを緩めた。
――――――――――――――――――――
何処に行っても何しても、虚しさだけがついてくる。
あっちら、こちらと逃げ回り、わかったことは母の愛。
それでも、彼女は帰らない。彼女が彼女でいるために――。
ある日彼女は、傭兵で。
任せた背中を見捨てられ、光も届かぬ崖の底。
なぜか彼女は大笑い。
内から溢れる活力は、業火の如く燃ゆ怒り。
これが彼女の持ち合わせ。
これこそ彼女のお楽しみ。
迫る者ども叩き伏せ。
もひとつ、大きな大笑い。
そこにあらわる影の使者。彼女に契約持ちかけた。
――――――――――――――――――――
長くはないタチとの付き合い。
彼女は七色の――いや玉虫色の輝きを私に見せてきた。
いったい、どれが彼女の芯なのだろう?
目の前で言葉を紡ぐ、儚い姿を初めて見せつけられ、心が動揺しているのがわかる。
――――――――――――――――――――
ある日も彼女は、逃亡者。
過ち、穢れとののしられ、喜び勇んで迎え撃つ。
例え相手が空の上、天の向こうに居ようとも――
今日も私は血がたぎる。
神を殺すと剣を手に、斬って抱いての日々送り、出会った少女に恋をする。
――――――――――――――――――――
タチがゆっくり目を開き、私を見下ろす。
私に向かって、詩を続けてくれた。
――――――――――――――――――――
出会った時はただの欲。
気付けばあなたに、とらわれた。
なぜ、どうしてと問おうとも、それこそまさに恋心。
神への怒りは二の次で、今はお前を愛したい――
――――――――――――――――――――
タチがしなやかにお辞儀をして、詩の終わりを知らせた。
フル族の人々がパチパチと拍手をし、口笛を鳴らす。
涙が流れていた。
いつから私はこんな泣き虫になったのだろう?
今までで一番弱い体だから、心も弱くなってしまっているのかもしれない。
簡単に影響を受け、心を揺さぶられてしまう。
「良いつまみだ」
タチママがタチの頭をグリリと撫でる。
しっとりとした空気に、焚火の燃える音が響く。
「こんな特技まで隠してたんだね。……すっごく綺麗だった」
私の前に座ったタチに素直な感想を口にする。
「ただの思い出語りだ誰でもできる。散々聞かされてきたしな。しかし……苦手な風習だ」
「そんなことない!すっごく綺麗で――」
称賛の言葉を続ける自分の熱気に少し恥ずかしさを覚え、口ごもる。
これじゃあまるで……。
「素敵だったか?」
私の両手をとり、微笑むタチ。
「……うん。今ちゃんと自分で言おうとしたのに」
「わかっている」
正面から抱きかかえられて、頭にキスをされる。
タチの距離感は凄く近い。出会った初めから近かったのに、仲良しになればなるほど近くなる。
でもそれは、肉体を持つ生命として当然のことなのかもしれない。
タチといるとそれが、実感として身にしみこむ。
だって抱きしめられるのを嬉しく思ってしまうから。
「つまみにはなれたようだ。対価は払えたな」
気付かぬうちに、周りの音楽は明るく陽気なものに変わっていた。
焚火を囲んで踊る人や、酒を飲む人。
フル族のみなさんは、とっても楽しそうだった。
「なんて言うか――健康な人たちだね」
「面白い言葉選びをする。健康……たしかに健康だが」
不意に出た私の言葉にひっかかりを覚えるタチ。
確かにちょっとズレてるかもしれない。
「じゃあ健全とか?」
「私は不健全だぞ?」
「タチは……みんなと違うもん」
いつもの。いつもの。たわいのない会話。
タチとする交信が大好きだ。
またちょっと言葉選びがズレてた気がするけど。
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