かみてんせい

あゆみのり

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失意の者。

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 私たちは北西を目指し、大地を駆ける。
 今度はちゃんと一頭ずつ、馬にまたがって。

 黄昏時たそがれどき、広い広い草原を走っていると、まるで神話の世界に迷い込んだ気分になる。
 私神だけど。

「やはり雲行きがおかしいです。早めだが野営の準備をしましょう」
 先行し雨風をしのげる場所を探し出してくれたストレ。
 私の横に戻るなり、急かすようなしぐさを見せる。

「一応役にたってるな。えらいぞ」
 どこでも一番偉そうにしてるタチが、ストレにねぎらいの言葉をかけた。

「私の主人はチビ様だ。お前に褒められても嬉しくない」
 「様」をつけてもチビ呼びなのは彼女の意地なのだろうか……?
 別にいいけど。

 ストレとはテッドの街でお別れ予定だったのだけど、泣きすがる姿と、青い友人が抜け、寂しくなった旅仲間の埋め合わせで道案内として雇ったのだ。

 私が個人的に。

「ご苦労様。風読みができて凄く助かってる」
「ありがとうございます。チビ様」
 元は王室近衛兵。胸に手をあて、頭を下げる姿に凛々しさを感じる。

 泣き顔だけが彼女のお似合いじゃないようだ。
 一番あっているのは泣き顔だけど。

「ナナは私の女だ。だからお前は、私の下僕でもあるということだぞ」
 強引な理論で上下関係を強要するタチ。
 基本、主従でしか人間関係を認識できてない、残念な脳みそをお持ちのようで。

「チビ様を手に入れてから言うのだな」
 馬移動の最中交わした会話で、私とタチの関係を正確に把握してくれたようで助かる。
 そう、私はまだタチの女じゃない。

「唇は頂いた。あと少し全て頂くさ。だろう?ナナ」
 そんなこと当人に聞かないで欲しい。
「しーらない」
 空がゴロゴロと不穏な音を立てる中、ストレの見つけた場所へと馬を急がせた。
 湿った重い足音が、地面を削り取りながら、前へ――前へ、――と

 走り出したその先、進行方向に黒衣の人がいた。
 こんなただっぴろい野っぱらに、たった一人、深緑の絨毯にできたホクロのように。

 ――いつの間に?突然現れたように見える。




「全て……お前が原因なんだろう?」
 黒マントの下から見える、全身真っ黒の鎧。
 一目見ただけで背筋の凍る感覚。
 
 見たことのある深い黒だ……。

 神殺し。

「ナナ。下がっていろ」
 横並びで馬に乗っていたタチが、真面目な声で私に話す。
 いや、話しかけたのじゃない「指示」を出した。


「神様がいってたぜ?……お前が悪いって」
 黒衣の者が右腕をのばす。広げた手の平から火の玉が3つ飛び出した。

 私に向けて。

バシュ!バシュ!
 馬を飛び降りながら、タチが火の玉を水の剣で撃ち落とす。
 しかし、一つが落としきれずに、私の馬に当たった。

「わっ――!」
 馬の首元が焼けこげる。
 悲鳴と共に馬はあばれ、私を振り落して逃げ出した。

「チビ様!」
 ストレも馬を降り、野原に転げた私を助け起こす。
 突然なんで……!?わかることは明確な敵意と、それが私に向かってだという事。

「ストレ!ナナを守れ!!」
 タチが振り向かずに叫び、黒衣の者に斬りかかった。
 明確な殺意のある攻撃に、敵だと認識したのだろう、行動が素早い。

「邪魔だ」

ズラリ。
 黒衣の者も剣を抜き、二人が打ち合う。
 二合、三合――次々重なる斬撃と二つの黒い剣。

「タチと――斬り合ってる……!」
 黒衣の者は私に見えない速さで、タチと攻防を繰り広げていた。 

「馬鹿な……」
 戦闘力の無い私なんかより、実感が強いのだろう。
 ストレは開いた口も閉じず、頬に冷や汗を流す。

「お前のせいなんだろう…?なぁ――!!!」
 男が叫ぶ。
 私に向かって。

 その声に含まれた、黒い感情に体がすくむ。

「ないがしろにするほど余裕があるのか?」
 男が私に言葉をぶつけ、打ち合いの手が止まった瞬間。
 タチが重なる刃先をずらし、男の腹部に蹴りを入れた。

グラリ。
 
 強烈な打撃に体勢を崩す黒衣の者。
 その隙を逃さず、追い打つようにタチが神殺しで男の胸を突き刺す。

ブシュ!

 赤い血が。黒い刃をつたって地面に落ちた。
 黒い男から流れ出す赤。
 
 それは彼がまぼろしではなく、まぎれもなくヒトだと証明している。

「間抜けめ」 
「……それでも勝てるもんでね」  
 人間なら致命傷。完全に貫通した刃に膝をついたものの、男はニヤリとタチを見上げた。

ザシュ。

 男の振るった剣が、タチのわき腹を裂く。

「タチ!!!」
 そんなわけない。
「ダメだチビ様!」

 腹から血しぶきを上げ、崩れ落ちるタチ。
 駆け寄ろうとした私の体は、ストレに止められた。

「ただの女にしか見えないが……」
 男は私を見つめたまま、ムクリと立ち上がり胸に刺さった剣を抜く。
 
「どうでもいい。とりあえず殺してみるまでだ」
 ゆっくりと、こちらに歩いてくる。
 タチを斬った血に濡れる剣を手にして。

「時間を稼ぎます……そのうちに、私の馬で――」
 男に聞こえぬように、私に耳打ちをするストレ。
 こんな状況でも、冷静な判断で主人を逃がそうとする。
 
 きっと、立派な近衛兵だったのだろう。

「やだ…やだ!タチを助けなきゃ!」
「無理です――私たちの敵う相手ではない……わかるでしょう?」
 嫌だ。嫌だ。横たわったタチから目が離せない。
 あんなに血が流れてる……。

 大丈夫。タチがこの程度で負けちゃうわけなんてない。
 私が助けてあげなきゃ。


 ポツリ、ポツリと温かい雨が降り始めた。
 きっとこれから雨脚はもっと上げしくなるのだろう。

風情ふぜいだな」
 そう口にし天を見上げる黒衣の男を、私は全力で睨みつけた。
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