かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
26 / 89

海と空。タチと私。

しおりを挟む
 穏やかな夜風が、髪をさらう。
 見上げれば透き通る星空とお月様。
 静かな波音が心の根元を少し、切なくさざめかせる。

「風の大陸……楽しみだね」
 木製の手すりに両肘を乗せ、飽きることのない美しい景色を眺める。
 今私が人間だからこそ、感じられるのだろう。 
 切ないと。

「別段、代わり映えのする場所でもないがな」
 並んで空を眺めていたタチが、知った風な口を利く。
 退屈しのぎに、二人で一番輝く星を探す遊びをしていた。

「知ってるみたいに言うね」
「風の大陸の出だからな」
 ふーん、そうなんだ――

「えっ!?そうだったの?」
 サラっと頬杖つきながらしゃべるタチ。
 意外な情報を耳にして、私は彼女の顔を覗き込む。

「言ってなかったか?水の大陸には剣を取りに足を運んだだけだ」
「聞いてない!そういう事早くいってよ!」
 今まで聞いた話と言えば、どこそこの女は感度が良いだとか、なんとか族の男はアレがおっきいだとか……実りの無い情報ばかり。

「水の大陸に来たのが一年前程だ」
「野暮な話じゃなくて、そういう事教えてくれれば良かったのに」
 出歩く場所もない船の上、必然的に二人きりで話す時間が増えた。
 タチは主に下品な話だけど。

「こいつを手に入れたら聖地ケサに向かう予定だったんだがな」
 軽く、腰に差した神殺しを触るタチ。
 タチの見通しと違い、現在、風の大陸に出戻り中。
 私に付き合って、別の聖地――世にいう旧聖地を目指している。

「すっごい今更だけど、本当に良かったの?」
「もちろん。予定通りなどつまらん。ナナと一緒に居たいのだ」
 自分の思いのまま、その時、その気分で行動を決める……ずっとそうやって生きてきたのだろう。

「……ありがとう」
「好きにしているだけだ」
 出会った当初より、私もタチに興味と好意も抱いている。
 ただ、手持ち無沙汰に胸を触るのはやめて欲しいけど……今みたいに。

「どのあたりで生まれたの?国の名前とか聞いてもわからなそうだけど」
 私も風の大陸で生まれた事がある。……確か七回目の人生だ。

 魔の住処と言われる「カイツールの森」
 あふれ出る魔物を刈る戦士たちの一人、拒絶の弓使いと呼ばれていた。
 ある日、喉が渇いて井戸を汲んでる最中、井戸に落っこちて死亡した。

「私たちに国はない。遊牧の民だ」
「……なるほど」
 四大陸一大きな風の大陸は、大草原が有名だ。
 広がる平野には多くの動物と色々な人が住む。国の数も大陸一多く、生活様式も様々。
 その一つが遊牧民族だ。

 そうか、ちょっと納得してしまう。

「私たちは留まらない。大陸を移動し、肉を食い、乳を飲み生活している」
「ずっと走り回ってるの?」
「居つかないというだけだ。たまに街にもよる、毛皮や工芸品を取引するためにな」
 どんな暮らしなんだろう。言葉で聞いても想像が難しい。
 でも、馬に乗るタチは絵になりそうだ。

「いつ頃、離れて一人に?」
 質問続きになるが、興味がある。タチの昔に。

「六・七年前だな。突然嫌になって逃げだした。……なんとなくだ。なんとなく自由になりたかった」
「なんとなく……」
 なんとなくで家族と離れ、ずっと一人でいるのだろうか?寂しかったりしないのかな……。

「フル族は実力主義でな、女であろうと力があれば狩りもするし、指導者にもなる。私の母のように」
「タチの……お母さん」
 そうか、タチにも親がいるんだ。
 生き物なのだからあたりまのはずが、私にはまったくしっくりこない。
 
 神の私には永遠に手に入らない存在。親。
 きっとタチに似て気が強く芯の強い人なのだろう。

「知らなかったのだ。私たちの生活の方が、他の村や町…国に所属して生きるより遥かに自由だったという事を……」
 私が知っているのは今いるタチ。変態で、強引で、格好つけで、憎いが様になっている強い人。

「驚いたものさ……街で生活を始め、城で下働きをしてな。自分が削れていくのがわかった」
「大変だった?上下関係とか」
「と言うより、自分を見失ったな。……すぐに嫌気がさして、しらばっくれたが」
 ザザーと波音がした。広く大きな海の上。少し強めの海風が吹く。

「次へ次へと他を探し、体一つで歩き回った」
 結い上げた黒髪が風で舞い、タチの顔を隠す。

「だが、結局フルが一番ましだった。……私の血は、生まれた通りをの型を望んでいたわけだ、つまらんことに」
 何か声をかけたいけど、どういっていいのかわからない。
 ただ黒い海を眺める美しい人の、そばにいるだけで……よりそう事すらできずにいる。

「全てに腹が立ってな。フルに戻ることなく、一人流浪の剣士となったわけだ」
 そう言って私を見るタチの表情は、いつもよりちょっと寂しそうに見えた。
 夜のせいか、海のせいか、ただの勘違いかもしれないけれど。

「こんな話つまらないだろう。ギャルン族の舌使いの話の方が盛り上がる」
「私は聞けて嬉しかったよ」
 素直な感想を言葉にする。ちゃんと話を聞いてたよ。と伝えたくて。

「ステビチ嬢達の腰使いの話よりか?酒場では最高のおかず話だぞ?」
「私は嬉しかったの!」
 いつもの流れに持っていかれそうになるも、誰かさんの真似して強引に、自分を押し付けてみる。
 それぐらい嬉しかったのだ、タチの身の上話が聞けたことが。

「そうか……なら、たまにはいいかもしれんな」 
「そうだよ。綺麗な夜空の下だもん」
 一緒に探した一番輝く星。確かお月様の真下にあったはずだけど、今はもう見分けがつかない。
 タチの事が気になり過ぎて……

「私が一番嬉しいのはな、人とぶつかる時だ」
「ぶつかる時?」
「戦いでも、愛し合う時でも、体を重ねると心が通じる瞬間がある。相手と自分を感じる時が。それが好きだ」
「……本当にあるの?」
 どんなに近づいたって、他人は他人じゃないのだろうか?

 きっと私にはわからない。何度人生を繰り返したって感じたことなどないのだから。
 だって私は……

「ある。私が今一番感じたいのはお前だ」

 タチが私に向き直り、腰を引き寄せ、顎に指をかける。
 近づいてくるタチの唇――今まで何度も迫られ、その度拒絶してきた。

 雰囲気のせいか、そんな気はないのに、自然と瞼が落ちてしまう。

 黒い海と黒い空。広がる世界に、二人寄り添っていても、あまりにも小さく虚しい。


 優しく、ゆっくりと、ふたりは重なった。
 柔らかい感触と同時に、切なさが湧き上がる。心臓が締め付けられ、胸が痛んで高鳴りがとまらない。


 しっとりとした世界で、私は少しだけタチの事を感じられた気がした。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦力より戦略。

haruhi8128
ファンタジー
【毎日更新!】 引きこもりニートが異世界に飛ばされてしまった!? とりあえず周りを見学していると自分に不都合なことばかり判明! 知識をもってどうにかしなきゃ!! ゲームの世界にとばされてしまった主人公は、周りを見学しているうちにある子と出会う。なしくずし的にパーティーを組むのだが、その正体は…!? 感想頂けると嬉しいです!   横書きのほうが見やすいかもです!(結構数字使ってるので…) 「ツギクル」のバナーになります。良ければ是非。 <a href="https://www.tugikuru.jp/colink/link?cid=40118" target="_blank"><img src="https://www.tugikuru.jp/colink?cid=40118&size=l" alt="ツギクルバナー"></a>

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

処理中です...